01/24 Mon.
□
また―― 夜が来る。
オオカミ狩りもできないまま、カイトは彼女を抱えて眠る。
眠る?
カイトは、即座に疑問を覚え否定した。
違う。
横になっているだけだ、と。
昨日も、結局眠れないままで。
朝方うつらうつらしたと思ったら、もう起きる時間になってしまった。
確かに、納期前は会社で徹夜なんかをすることが、これまでしばしばあった。
だから、少々の睡眠不足くらい、カイトは平気だった。
しかし。
これは、種類が違う。
ただ、仕事に打ち込んでいて朝を迎えるのとは、精神的な疲労度が段違いだ。
時計の秒針の音が、くっきりと聞こえるほど静かな中、メイの息づかいと柔らかさを感じながら、ただ横になっていなければならないのである。
安心したように眠っている彼女を、それでも手放せないまま、彼はため息をついた。
自分とは、全然違う生き物と一緒に生活するということは、こんなにも不意打ちなことが次から次に起きるのか。
メイに、自分の身体のことを告白されたのが、土曜日のことだった。
土、日、月。
カイトは指折り数える。
いわゆる、彼女は3日目ということになった。
彼は、女性の生理について、詳しいワケではない。
小学生の時にあった性教育の話なんて、これっぽっちも覚えていなかった。
あとは、いろんなメディアからの耳知識だけである。
それらは、どれも正確な表現ではなかった。
だから。
彼女が一体何日間、その症状に拘束されるのか、よく分からなかったのだ。
1週間くらいか?
いや、10日くらいかも。
頭の中で、いろんな数字の可能性がぐるぐるとめぐる。
しかし、どれも本当のようで違うようで―― 誰に聞くことも出来ない内容だけに、カイトは心の中でうなった。
ということは、次に彼女に触れられるのは、今週の土曜か日曜。
ヘタしたら、もっと先ということになってしまうではないか。
今日は、まだ月曜の夜でしかないのに。
かなり遠く感じて、カイトはぐらぐらした。
インターネットや医学全書でも開けば、どこかにそれについて書いてあるのだろうが、探し出して確認する気にはなれない。
自分が、とんでもなく下世話な人間に、なってしまったような気がするからだ。
メイのことは知りたいが、女性特有のことについて詮索するのは、彼女を冒涜しているようにさえ思える。
その上、調べている時の自分の姿の情けなさは、折り紙つきだ。
自然の摂理が起こす、当たり前のことなのだから、自然のなりゆきのまま終わるまで待った方がいいのだろう。
でないと、『今日終わるか』、『明日終わるか』などという、飢えた目で彼女を見てしまう。
それではまるで、メイの身体が目的のようではないか。
そうではないのだ。
彼女の身体は、あくまで彼女の心についてくるおまけのようなもので。
いや、もちろん身体もメイそのものなのだから、愛しくてしょうがないのだが。
しかし、基本は『心』であり、『魂』であり、『何もかも全て』なのである。
身体の方ばかりに傾倒しては、まるでサカリのついたオスのケダモノに成り下がってしまう。
もし、そんなことになったら、メイは。
軽蔑の目を想像しそうになって、慌てて振り払う。
カイトは尊敬されたかったし、彼女にカッコイイと思ってもらいたかったし、好きだとずっと思って欲しかった。
わずかな亀裂も疑いももたれずに、安心して頼って欲しかった。
それなのに、女性の生理ごときで、落ち着かなくなってしまうなんてバレたら。
途端、メイの信用を失ってしまいそうな気がした。
ダメだ、ダメだ!!
いま、手近に壁があったら、きっとガツンガツンと自分の頭をぶつけただろう。
いっそ、そうして気絶してしまった方が、自分のためかもしれなかった。
気絶と眠りは、イコールではないかもしれないが、結果的に同じになればそれでいいのだ。
そうでもしないと、仕事にも身体にも差し障りが出そうである。
そして、気づいたことがあった。
毎月、こんな思いをするのか!?
自分の首に縄をかけて落ち着かせようとしているのに、同時にそんなことを思って呆然とする。
1週間としたら、月の1/4。
10日だったら、月の1/3。
ただ、抱きしめて眠るだけになるのだ。
人生の1/4や1/3――そう考えると、どうあってもこの現象に慣れなければ、彼が生きていくのとプライドを守るのに支障が出そうだった。
「ん…」
なのに。
冬の温かい布団の中で、更に温かいものを求めるかのように、メイがすり寄ってくる。
眠っている時に、無意識におきる現象だ。
その行動は、カイトに何もかも無防備に許しきっている証で、いつもなら大喜びのはずだった。
クソッ。
それは、自分に言ったのだ。
コントロールできない、自分が腹立たしかった。
結果的には、我慢は出来ているのだが、こんなにまで苦しんで我慢しなければならないということに腹が立つ。
本当に懐の広い男なら、こういう時は彼女の事情をきちんと理解して、余裕で抱きしめて眠るだけという、大技をやってのけなければならないのだ。
それが出来ない自分が腹立たしい。
ソウマなら。
そう思いかけて、ムッとしてやめた。
確かにソウマなら、こういうコントロールは得意に違いない。
しかし、その比較は、自分が男としてソウマより劣るという証拠のように思えて―― 許せなかったのだ。
ムカついた余り、彼女の身体をぎゅっと抱きしめる。
ふわんっ。
カイトに当たった身体の感触が、あまりに柔らかくてリアルで、彼は心臓が飛び出しそうになるほど驚いた。
今日だけ特別ということではないが、暗いせいや目が冴えているせいで、触覚が敏感になっているようだ。
クソッ、クソッ!!!
この手を、離せばいいのだ。
離して眠れば、少しはマシなのである。
吐息も感触も、カイトを苦しめる力を緩めてくれるに違いないというのに。
しかし、彼は導火線に火のついた爆弾を抱えたままだった。
一生懸命、短い導火線を継ぎ足しながら、爆発しないように耐え続けるのだ。
先に彼女が眠ってしまった金曜日も含めて、今日で禁欲生活四日目。
目の前にあって、触れられて―― でも、思いの丈をぶつけられないシスターのような存在になっている。
汚れた思想を抱くだけで、バチが当たりそうな感じだ。
カイトは、ぎゅっと目をつむった。
何が何でも、眠ろうと思ったのだ。
またオオカミが、尻尾を揺らしながら登場しないように、猟銃を構えて羊を守らなければならないのだ。
ガオー。
ズドーン!!!




