78話
静まり返る山頂の中、肉の焼ける香ばしい音だけがあたりに響き渡る。
「おおっと、これは焼けすぎや」
干し肉を通り越して炭に近くなっている肉を脇へとどけ、リンリンは手際よく新たな肉を追加する。
「で、どないするんや? 攻める理由が本格的になくなったで」
新たな肉を並べ終えた彼女は深くため息をつき、首謀者であるソウシに向かって尋ねた。
いまだ激しい衝撃に呆然としているソウシは、返す言葉が見つからないようだった。
「それに……攻めていったところで、このおかしな能力に皆殺しにされるんとちゃうんか?」
焼け具合を確認しながら肉を返していくリンリン。
「まあ、時間が間に合えばアカリちゃんが生き返らせてくれるかもしれんけど――」
「けど――『手っ取り早くここで始末してしまおうか』なんて言わないでくださいよ」
山側の確認から戻ってきた俺も、当然のように焼肉に参加しながらそう釘を刺す。
「大丈夫や、そんなことはチョットしか考えてへん」
「考えてるじゃねえか」
突っ込まれたリンリンはカラカラと笑いながら、焼き上がった肉を口へと放り込む。
「ま、現状はアカリちゃん次第やなあ」
「あぁ、わかる。本人はそうは思ってないだろうけど、ここで殺生与奪を握ってるのはアカリなんだよな……」
そう言いながら、俺は焼き上がった肉をツヤツヤの白米と一緒に口へ運んだ。……美味い。極上だ。
「っていうかサトウさん! できるのはウォータージェットだけじゃなかったの!?」
ここでようやく我に返ったかのように、アカリが素っ頓狂な声を上げた。
「今頃か……。まあ、あれは嘘だ」
新しい肉を鉄板に並べながら、俺は事もなげに答える。
「ええ……あれ、嘘だったんですか?」
「なんで!?」
ハジメとアカリが揃ってショックを受けたような声を上げた。
「そりゃあ、こんな能力持ってるやつが近くにいるなんて分かったら嫌だろう?」
「いえ……、そ、そんなことは……」
「なくもないとも言えなくもないような、そうでもないような……」
二人の複雑な葛藤が見え隠れするような、実に歯切れの悪い返事が返ってくる。まあ、俺としても隣にこんな物騒な能力者がいたら嫌だ。だが、持ってしまったものは仕方がない。宇宙から隕石が降ってくる確率のようなものだと思って、気にせず過ごしてもらうしかない。
そんなことを考えていると、ふと遠くの木々がざわめく音が耳に届いた。
「なんやあ?」
「なんだか……こちらに近づいてきている気がします」
リンリンの疑問に、耳を澄ませていたシオリが答える。
全員の視線が、この拠点へと続く階段がある入口の方角へと向けられた。
木々のざわめきは、地響きのような小さな振動を伴いながら、刻一刻とこちらへ近づいてくる。
「この肉の仲間が攻めてきてるとちゃうんか?」
リンリンが不吉なことを言いながら、焼き上がった肉をひょいっとつまみ上げた。
「いや、これは――」
俺が答えようとした瞬間、唐突にそのざわめきがピタリと止まった。どうやら目的地のすぐ手前、外壁の目と鼻の先まで到達したらしい。
「『これは』って、なんや?」
リンリンが重ねて尋ねてきた直後、高い塀を飛び越え、一人の男が陣地に侵入してきた。
「え……誰?」
アカリがぽかんと呟く中、塀を越えて歩み寄ってくる大柄な男は、俺に向かって片手を軽く上げ声をかける。
「ここがパーティー会場か?」
「タイショー!」
「よう、来てやったぜ!」
俺は駆け寄り――案の定、シオリの結界に痛烈に頭をぶつけ――額をなで回しながら解けた結解から、タイショーの上げた手と勢いよくハイタッチを交わす。
よし、ヤバい能力の話題をうやむやにするには格好のタイミングだ。
「あ! あの、お米作ってる人!」
俺の呼びかけを聞いて、アカリがハッと反応して声を上げた。
「ってことは、あんたが聖女のアカリちゃんか? どうだ、俺の作ったコメはうまかったか?」
「はい! 今もすごくおいしくいただいてます!」
「そりゃあよかった!」
炊きたてのご飯が入ったお椀を大切そうに抱え、満面の笑みで感想を伝えるアカリに、タイショーは豪快に頷いた。
「で、誰や? このおっさん」
「誰がおっさんだ! 俺はまだまだピッチピチの三十二歳だ!」
「言葉選びも含めて十分おっさんやんか!」
初対面とは思えないテンポで、リンリンとタイショーが爆笑し合っている。
「で、このお嬢さんたちが四代目ってことか?」
「ええ、あそこに居るハジメを除いて、残りが四代目ですね」
そう言ってハジメを指さしながら説明すると、彼は「ご飯おいしくいただいてます」とペコリと会釈をしてきた。
「そうか」
タイショーは場の面々をぐるりと見渡すと、ぶっきらぼうに自己紹介を始めた。
「初めまして、勇者もしくは聖女様方。俺は二代目の『土の勇者』、タイショーだ」
そう言うと、彼はつま先でトンと軽く地面を叩いた。
そのわずかな動作に反応するかのように、地面から岩の突起が鋭い牙となって勢いよく盛り上がる。
「こんな物騒な能力を持ってるせいで、昔、王国から『北の住民たちをぶち殺してこい』と強要されてな。嫌気がさして逃げ出した口だ。……で? お前さん方は今、俺たちの代で奪い取っちまった土地を取り戻そうと必死になっている連中を、ぶち殺してる最中ってわけだ。ご苦労なこったな」
「――は? 奪い……返す……?」
タイショーの放った衝撃的な言葉を聞き、カケルは信じられないといった様子で恐る恐る問い返した。
「元々は、いま王国がある場所が猿人どもの居住区の最北端だ。そっから北は全部、魔人たちが平和に暮らしていた土地なんだよ。彼らが故郷を取り戻そうとする切実な野望を打ち砕くために、お前さん方は王国に協力してるんだ。違うか?」
その紛れもない真実を突きつけられ、カケルは血の気が引いたような顔でただ呆然と立ち尽くしていた。
本日、二度目の完全撃沈である。
「タイショー、タイショー! オーバーキル! もっとオブラートに包んで!!」
完全に己の信じていたものが粉砕されたカケルの撃沈ぶりに、俺は慌ててタイショーの腕を引っ張った。
「すまん、すまん。ちょっと昔の王国に対する腹の虫が納まらんでな。……そういえば、三代目はどうしたんだ? お前さん方から見て先代の勇者のはずだが……」
「先代の勇者は……魔王に、殺されたと……」
途切れ途切れのかすれるような声で、カケルは何とか言葉を紡ぎ出す。
「まあ、そりゃそうだろ。他国に武力で侵攻するような奴は、いくら勇者だろうと討ち取られて当然だ。……まったく、逃げておいて正解だったな」
タイショーは「危ない危ない」とばかりに、心底ほっとした様子で胸を撫でおろした。
椅子に深く深く沈み込み、真っ白に燃え尽きた灰のようになっているカケル。その姿を見たリンリンは、ソウシのすぐ側に寄り添うと、小さな声で語りかけた。
「なあ、ソウシ……これ、やり直したほうがええんちゃう?」
時間を巻き戻して「何も知らなかったこと」にするか、という彼女の問いかけに、ソウシは額に拳を押し当てて激しく葛藤し、途切れ途切れの苦しい声で答えた。
「……他の俺たちが、あずかり知らない状況で真実を知ってしまうよりは……今のこの時に知ったほうが……対処、できると、思う……」
言葉の語尾に、にじみ出るような苦痛が混ざっている。
北との戦争を少しでも優位に進めるため、彼は何度も何度も能力で時間を戻し、味方に様々な工作や修正を施してきたのだろう。だが、彼自身も王国から知らされていた現状が、ここまで救いようのない嘘で塗り固められていたとは夢にも思っていなかったのだ。
「せやなあ。自分らの知らんところで唐突に真実を知って、自暴自棄になって取り返しのつかない事になるのも困るしなあ」
リンリンは深く頷くと、カケルの方へと静かに歩み寄った。
「カケル、アンタのせいちゃうで。暴走するアンタを止めへんかったうちにも、それを主導したソウシにも問題があるし、そもそもの話、そんな無茶な命令を出した王国が一番悪いんや」
そう言うと、口元に手を当てて不安そうに目を彷徨わせているシオリにも優しく声をかける。
「シオリも気にしたらあかんで。アンタはただ、必死に自分の身を守ってただけや。何も悪いことなんかしてへん」
そして再びカケルに向き直ると、その力強い手で彼の肩をぽんと叩き、親身な声音で言葉を紡いだ。
「まあ、ひとまずは戦うことを全部アンタに押し付けて仕切っとったソウシを、一発ぐーで殴っとき。話はまずそこからや」
(……リンリンさん、めちゃくちゃ自然に自分へのヘイトを逸らしたな)
俺は心の中でその世渡りの上手さにひそかに感心していた。
リンリンは今度はソウシの方へと顔を向け、確認をとる。
「ええよな? ソウシ」
「……仕方ない」
ソウシの顔が苦渋の表情から、すべてを受け入れた諦めの色へと変わる。
それを見届けるや否や、リンリンはカケルを無理やり立たせてソウシの前へと引きずっていき、背中をバシッと力強く叩いて威勢よく声を張り上げた。
「大丈夫や! たとえ死んでも、アカリちゃんが速攻で蘇生してくれるんやから! 思いっきり行ったれ!!」
その容赦なさすぎる一言に、その場にいた三人が同時に反応した。
「え!?」
「ちょっ……!?」
「チクショー!!!」
突然とばっちりを振られたアカリの悲鳴、そこまで加減なしの許可が出るとは思っていなかったソウシの焦り、そして今までの鬱屈した思いのすべてを爆発させるカケルの絶叫が重なる。
叫び声と同時に深く沈み込み、全身のバネを解き放つように跳び上がったカケルの入魂のアッパーカットが、ソウシの顎に見事な手応えで突き刺さった。
ソウシの身体は美しい放物線を描きながら、天高く舞い上がっていったのだった。




