77話
回復の前に、手足を頑丈な縄で雁字搦めに縛られたソウシがゆっくりと目を覚ます。
「クソっ……またここか! クソっ!!」
最初にその口から飛び出したのは、抑えきれない毒づく言葉だった。
「待った甲斐があったみたいだな」
つまり、彼がどれだけ過去に時間を巻き戻そうと、次からスタートするのはこのタイミングから、ということだ。
「な。言うた通りやったやろ?」
「もう、ほんとやめてよね。三時間待てとか、本当に心臓に悪いんだから……」
リンリンの呼びかけに、アカリは胸に手を当てながら深く安堵の息をつく。
「でも、六時間ぐらいは巻き戻しても大丈夫だったんだろ?」
「そうだけどさあ……。お別れの言葉を言いたいからって、あの時は本当に微妙な気分だったよ。すぐ死ぬことが分かってる状態に戻すのは。結果的にはよかった……のかなあ」
アカリが複雑な過去の思い出に浸っていると、それを遮るようにソウシの愕然とした声が響いた。
「……三時間、だと……?」
「ああ。また時間を戻されるのも面倒だったんでね。さあ、料理もできていることだし。せっかくの出会いだ、楽しい会話でもしながら食事を楽しもうじゃないか」
そう言って俺はソウシを縛っていた縄を切断し、テーブルのほうへと視線を向けた。
テーブルの上には、所狭しと豪華な料理が並べられている。
事前準備として買い込んでおいたものが多くを占めているが、他にも焼き上がった肉や、これから焼くために切り分けた極上の肉が用意されていた。
ソウシが倒れていた間、俺は他のメンバーに魔法の望遠鏡を見せ、アイゼンの現在の様子を確認させていたのだ。
そこに映し出されていたのは、獣人や猿人など多様な種族が垣根なく混ざり合い、和やかに暮らす平和な都市の風景だった。それを見たリンリンは納得したように頷き、シオリは複雑そうな表情を浮かべていた。そしてカケルだけは「魔法による捏造映像だ」と頑なに言い張り、事実を受け入れようとはしなかった。
俺も念のため自分で望遠鏡を覗き直し、普段と変わりないアイゼンの街並みを確認した。だがその際、俺の目は決して見逃せない「ある貴重な存在」を捉えていたのだ。
白銀鹿――。
角が極めて高価な素材となることで有名だが、それ以上にその肉が飛び散るほど美味かった記憶が鮮明によみがえる。気がついた時には、俺の能力でその首を切断していた。
流石に山から下りて自分で回収しに行くには時間がかかるため、ソウシとリンリンにお願いして獲ってきてもらったのだ。
望遠鏡で指定した場所には首を切断された白銀鹿が転がっており、回収して戻ってきたカケルは気難しい顔をしながら、不貞腐れていた。
俺が白銀鹿を手際よく解体している間に、アカリには米を炊くようお願いした。その米が炊き上がった際、四代目の女性陣からあがった歓声は凄まじいものだった。
まあ、歓声の熱量に関しては初めて炊いたあの時の俺たちも似たようなものだろう。
どうやら王国では米の流通がなく仕入れられていなかったらしく、彼女たちもアカリたちと同様、四年以上もの間米を口にしていなかったようだ。
現にシオリは今、大粒の涙をポロポロと流しながら、炊きたての銀シャリを夢中で口へ運んでいる。
その様子を確認していたソウシは先ほどの会話を思い出してリンリンへ視線を向けた。
「言った通りだと……!? リン、貴様、時間を教えたのか!?」
叫ぶような問い詰めに対し、リンリンは解体され適度な大きさに切り分けられた白銀鹿の肉を、十分に熱せられた鉄板の上に置きながら「まあなあ」と軽く流す。
「なぜだ! なぜそんな余計な真似を……!」
「せやなあ。やっとあの息苦しい王国から逃げられると思ったからってのもあるし――」
そう言って、リンリンはテーブルについている二人の仲間に目をやった。
「シオリもカケルも、もうそろそろ限界や」
肉から染み出した上質な脂と水分が混ざり合い、熱によってバチバチとはぜる香ばしい音が周囲に響く。
「見てみい。シオリなんか、もう限界が来て泣いてしまっとるやろ?」
(……いや、久しぶりに食べる本物の米に感動してるだけだと思うけどな。多分)
しっかり焼き色のついた肉をひっくり返しながら、リンリンは話を続ける。
「カケルもや。あんな複雑な顔をして遠くを眺めとる」
(……あれは勝負に負けた俺に命じられ、獲物の鹿を取りに行かされたことにぶーたれてるだけ気がするなあ。多分)
焼き上がった肉を一つ箸でつまみ、リンリンはひょいっと口に放り込んだ。どうやら彼女は少しレアな焼き加減がお好みのようだ。
「ひょろひょろ、はんはえはあおあんあえないほなあ」
「ああっ、もう! 真面目な話をしてるんだから、食いながら話すな!」
「んぐ……ああ。すまんすまん、この肉やたらと美味くてなあ。まあ要するに、自分たちの考え方を変える時期に来とるって話や」
「――だが」
「ついでに、あんさんがうちらの考えを操っていたことも示唆しといたで」
「なっ。――そんなことは……」
「実際にしてるかどうかは関係あらへん。実際、うちはそのことも考えて戦うという選択に対し、反対はせえへんかったしな。まあ、能力的に一人で逃げ出せなかったってのもある。とはいえ、積極的に北の討伐を推し進めていたあんさんとは同罪やろな……」
そのリンリンの言葉に、ソウシは苦虫を噛み潰したような顔で少し考え込む。
「ーーいやしかし、あの『大爆発』の件はどうするつもりだ? 王国軍として、さすがに放置はできないだろう!」
「そ、そうだ! アイゼン側に潜む魔人が、示威行為としてあれを引き起こした可能性は絶対に排除できない!」
カケルがここぞとばかりにその話題に乗っかってくる。
「そういえば、結局あの爆発って何だったんですか?」
「あの時は別に『爆炎』が何かやったってわけでもなさそうだったしね」
ハジメの疑問に当時の状況を思い出し、アカリが捕捉説明を付け足す。
「ああ、あれなあ……。アイゼンでは『神の怒り』ってことになってるんだけどね……」
このままでは話が不毛に長引きそうな気がしたため、俺は直接種明かしをすることにした。
「シオリさん、おいしくご飯を食べているところ申し訳ないのですが、俺たちの周囲に結界を張ってもらってもいいですか?」
「ふぁい!? え、何ですか!?」
涙を拭いながら夢中でご飯をかきこんでいたシオリが、突然の指名に驚きの声を上げる。
……別にあんなエグい倒し方をしたからって、俺が怖がられてるわけじゃないよな?
「いえ、周囲へ結界を張ってほしいな、と」
「あ、はい! ちょっと待ってください。……できました」
シオリが特に派手な動作をしたわけではなかったが、俺が試しに山頂の端へ向かって歩くと、唐突に見えない壁にぶつかった。
前と同じように、ぶつかったおでこを指でなでながら、一歩引いて山奥の誰もいない方角を指さす。
皆が「一体何が始まるんだ?」と怪訝な顔で見守る中、俺は以前やったのと全く同じ要領で、山の裏側の同一空間に『追加』の能力を発動させた。
直後。
――閃光。
――轟音。
そして、激震。
それらが一気に襲いかかり、シオリの張った結界の壁を激しく叩いた。
「まあ、なんていうか……。まったく同じ空間に二つのコップ一杯の水を生成したら、核融合したのか、耐えきれなくて弾けたのか――。ひとまず、アイゼンの魔人がやったんじゃないことだけは俺が保証しておくよ」
突如として引き起こされた天災規模の破壊を前に、皆が絶句し、盛大にドン引きしていた。
「……ちょっと待ちや。こんなヤバい能力与えた神様は、本物のアホちゃうんか……?」
振動が収まり静まり返った山頂に、リンリンの呆れ果てた呟きだけがポツリと響き渡った。




