74話
「なにここ」
「けっこう広いなあ」
扉をあけ放ったそこには、元は鍛錬場として使われていた広場が広がっている。その中を覗き込んだアカリとリンリンが驚きの声を上げる。
広場は雑草を定期的に刈り取り、しっかり整備していたため、山奥の隠れ家とは思えないほど場違いに整った状態となっていた。
「もともと、盗賊が潜んでいた場所なんだけどね。その盗賊がいなくなってさ。ちょうど良いんで、俺が拠点として使わせてもらってるんだ」
そう言って俺は皆を敷地の中へと招き入れた。
「何日もアイゼンに姿を見せなかったときは、ここに居たんですね」
「こんな山の中に、これほどの施設があったのか……」
中に入り辺りを見渡しながら、ハジメとリーダーと思しき男が感心と驚き混じりの呟きを漏らす。
「さあ、こちらへどうぞ。テーブルと椅子は用意してあるんで」
俺は建物の前に設置した会談用のスペースへと皆を案内した。
全員が席の近くへ揃ったのを確認し、急造した石造りのコップに能力で並々と水を入れ、テーブルへ手際よく置いていく。
そうして皆が腰掛けたのを見届け、まずは挨拶代わりに自分から話し始めることにした。
「まあ、噂などで知ってはいると思いますが、ひとまず自己紹介から。俺はサトウ。能力は、今見てもらったとおり、コップ一杯の水を生み出すだけの能力です。旅人にはなかなかの好評をいただいてますね」
「たしかに、階段を登り疲れた体にこの冷たい一杯はええもんやなあ」
「リンリンさん、後半ハジメの盾の上で座ってただけじゃないですか」
「お前もな……」
リンリンのちゃっかりした発言にアカリがすかさずツッコみ、さらにハジメが容赦ない追い打ちをかける。
「戦地では綺麗な水の確保って本当に大変だったから……すごくうらやましい能力です」
シオリのその静かで小さな呟きに、俺は少し誇らしく嬉しい気持ちになった。
「よかった。ここでも好評をいただけて。さて、それでは、まずは名前から順にお願いしても? まあ、お互いに大体知っているとは思いますけど、先にアカリから行こうか」
そう言って、俺はアカリに自己紹介を促しながら自分の椅子に座る。
席の位置は、アカリの両隣にハジメと俺。対面には左から眼鏡の男、リーダーと並び、その隣にリンリンさんとシオリさんの順で座っている。
「それじゃ、私の名前は日野明、動物が大好きな十七歳よ。能力とかはもう知ってるだろうから省略ね」
自己紹介を終えたアカリは、すぐ右隣のハジメを見る。
「オレは岩崎一。同じく十七歳だ。……そういえばサトウさんは何歳なんですか?」
「ん? オレは二十三歳だよ」
その言葉に、対面のリンリンが即座に反応した。
「なんや同い年やったんか。あ、アタシの名前はもう知ってるだろうけど鈴林凛。こんな喋りかたやけど生粋の関西人じゃないで。関西は子供の頃に色々引っ越ししてたうちのひとつの滞在地や。急に面白いこと求められても対応できんで?」
そう言って隣に座るシオリの肩をポンポンと叩く。
「ほなシオリ、いこうか」
「あ、あの、私は門寺栞です。二十歳……です」
シオリはおそるおそるそう言って、次を促すように逆側の男性陣のほうへ視線を向けた。
「久米総士だ。二十四歳。この場では最年長ってことになるのかな。年齢は気にせず普通によろしく頼む」
そうして、最後に一番刺々しい雰囲気を纏ったリーダーの男が口を開く。
「柴田翔だ。二十二歳。……何か聞きたいことはあるか?」
その発言を聞き、俺は前々から確かめておきたかった疑問を思い出した。
「そういえば、あなたたちが異世界に召喚されたのは四年前ってことでいいんですか?」
「ああ、そうだが……。二年以上は王国からほとんど外に出なかったはずなのに、よく知っているな」
「まあ、いろいろと集まってきた情報がありましたからね」
カケルの答えによって、以前海洋都市で土の勇者と話し合って導き出した推論が補強された。やはりこの世界への召喚能力の発動には、一定の周期があるのだろう。
「さて、手紙で書いたように、お前たちには素直に王国に戻ってきてほしいという話なんだが……」
「戻る気なんて一切ないってのは、当然わかってますよね?」
カケルの言葉を遮るように、アカリが今まで見たこともないような低い声で冷たく返した。
「そもそも、基本的な話なんですが……なぜ王国はそこまでしてアイゼンに攻め込もうとしているんですか?」
事の発端となっている戦争の理由について、ハジメが冷静に確認をとる。
「北の魔人の国から、アイゼンへ向けて工作員が送られたという確実な情報があった」
「工作員じゃなくて、亡命者な」
カケルの言葉に、俺は間髪入れずに訂正を挟んだ。
「つまり、魔人の国の人間がそこに潜伏しているということだろう。王国としては、その存在を極めて重大な脅威として危険視している」
「ただ危険視しているっていうだけの理由で、街一つを攻め滅ぼそうとするの!?」
あまりにも理不尽な内容に、アカリがむっとした表情で声を張り上げる。
「それだけではない。以前、アイゼンの方向から王国へ向けて巨大な爆発攻撃があったと聞いている。そういった危険な攻撃手段を持つ都市が、魔人の国の者にそそのかされて王国へ侵攻してくるのではないかと危惧しているんだ」
補足するようにソウシが淡々と情報を継ぎ足した。
「あの爆発は、アイゼンでは元々ここに居た悪質な盗賊に対する『神の裁き』だって伝えられてるけどね」
こちらも、その爆発に関するアイゼン側の事実と認識をしっかりと伝える。
「そうそう! アイゼンの人たちは戦争なんて誰も望んでないし、毎日を普通に楽しく暮らしてるだけだよ!」
「お前たちは、そう洗脳されているのではないか? 魔人は恐ろしい魔法技術を発達させている。その魔人どもの手から、王国は人間を解放しようとしているんだ」
「人間ではなく、『猿人』な」
アカリの発言に対するカケルの言葉に、彼らの傲慢さの根源となる不快なキーワードが含まれていたため、俺は即座に訂正した。
「猿人だと……? バカにしているのか?」
「バカにしているのは王国側だろう。いや、正確には教会か。『獣人』、『森人』、『地人』、『天人』、それに『魔人』や俺たち『猿人』。ほかにもこの世界には様々な人種が存在している。お前たちは、そういった人たちと実際に会って話したことはあるか? そもそも、そういった多様な人種がいることすら知っていたのか?」
「……全て亜人だろ」
「それはそれで、他種族をバカにしすぎだろう」
人種に対する考え方の平行線に俺とカケルが互いに言い争う形となり、それを見ていたハジメが重いため息をついた。
「なんだか……少し前までの自分を見ているようです。自分も王国に都合よく洗脳されていた。……その強い能力ゆえに温室に囲われるようにして、とても大事に育てられてきたのですね」
「俺は実際に凄惨な戦場に立って、己のこの目で見ている! お前たちのほうこそ厳しい現実を見ていないのではないか!? 実際に命懸けの戦場に立ってみろ!」
「さっきも言ったけど! 王国の中だけじゃなくて、もっと外の広くて素晴らしい世界も見てみなよ!」
カケルの叫びに対し、アカリがバンとテーブルを叩いて立ち上がり、負けじと言い返す。
「うーん……なんだか平行線が続きそうやなあ。このままだと、最終的には力づくで決着をつけるってことになりそうやわ……」
激しい口論を見つめていたリンリンが、そう静かにぽつりと呟いた。
確かに、言葉だけで説得するのは不可能な状態だ。となれば――。
「それはそれで、いいのかもしれませんね」
どのみちやるべきことが変わらないのであればと思い、俺はその考えをさらに推し進めることにした。
「どういうことや?」
「聞いた話ではそちらには優秀な回復役がいるとのことですし、アカリも強力な回復能力を持っています。いっそ、ここで力ずくの勝負を実行してしまいましょう。勝ったほうが、負けたほうを『現実を見せる場所』へ連れて行くってことで」
「いいだろう! まあ、俺たちが負ける気なんて万に一つもしないがな!」
勢いよく立ち上がりながら、カケルが鋭い眼光でそう宣言する。
「それじゃあ、ハジメ。あとは任せた」
相手が完全に提案を了承したのを確認して即座に、俺は実戦の全責任をハジメに丸投げすることにした。
「……えぇ!? 俺に全部丸投げですか!?」
「だって、ここで正面から戦える能力持ってるの、ハジメくらいだろ?」
「任せて。死んでも生き返らせるから」
力強い笑顔で応援するアカリの無茶苦茶な言葉に、ハジメは頭を抱えてぼやくように呟いた。
「いや、うん。言ってることは正しいんだけど、ホントはその想定してる状況で使う言葉じゃないんだよなあ」




