73話
「疲れたー。この山どんだけあるの?」
石のブロックで造り上げた階段の横に据え付けた手すりにもたれかかり、アカリが心底ぐったりとした様子で声を上げる。
「なんや、アカリちゃん。もうへばってるん?」
「えぇ……、なんでリンリンさんはそんな元気なの。別にハジメみたいな戦闘民族ってわけじゃないんでしょ?」
「まあ、ね。でも、この世界で生きてくならレベルあげしといたほうがええで。今みたいな時でも便利やし。とはいえ結構登ったなあ。サトウさん、まだあるん?」
そう言ってリンリンと呼ばれた女性がこちらを振り返った。アカリが遠くから手を振った際、楽しそうに振り返してくれたあの女性だ。何とも気さくな人柄で、アカリとはすっかり意気投合している。本名は鈴林凛と言うらしく、「気軽にリンリンって呼んでね」と言っていた。ちなみに彼女曰く「リンリンリン」と3回続けて呼ぶと命の保証はないらしい。気を付けよう。
「あと半分くらいですよ」
俺は歩調を崩さずに軽く返した。
確かにリンリンの言う「レベル上げ」という概念は一理あるし、基礎的な身体能力を高めておく行為はこの世界で生き抜く上で日常的に何かと便利だ。ただ、無駄な殺生や生き物全般が大好きなアカリにレベル上げを強制するのは少々難しそうだな、とも思う。ミラたち三人娘と一緒に依頼に出かけたりするうちに、必要に迫られて上がっていくかもしれないが……。
「半分か……。結構長いなぁ」
リンリンが息を整えながら呟くと、アカリが何かを思いついたようにパッと顔を輝かせた。
「そうだ! ハジメに運んでもらおう!」
「おお、ええ考えやな。そのデカい盾、座るのにちょうどええ質感やん」
突然指さされたハジメは、その巨大な盾を抱えたまま『マジっすか?』と言いたげな顔で二人を見つめる。
「……マジっすか?」
心の声がそのまま口から漏れ出ていた。
「別に減るもんやないし、ええやろ?」
「そうそう。苦しむ可憐な女性たちを助ける名誉を、ハジメに与えてあげようじゃないか」
ハジメは女性陣の圧力には逆らえないと悟り、深く大きなため息をつくと、両腕の巨大な盾を座りやすい位置まで下ろして水平に倒した。
「……どうぞ。座った後に持ち上げて運びますので、落ちないようにしっかり掴まっててくださいね」
丁寧に促すハジメの姿を見て、アカリが調子に乗って軽口を叩く。
「まったく、そういう誰にでも優しい無自覚なところが、女性を二人も泣かせた原因なんだぞ」
「泣かせてないから! というかそんな文句言うなら乗らないでください」
「まあ、乗るけどね。ほらほら」
アカリは自分が座りやすいよう、もう少し盾を下げるよう手でジェスチャーする。
「シオリもほら、乗りい。あんたも実は結構きつそうやったんやない?」
「うん……実はちょっと……」
リンリンに促され、後ろで静かにしていたもう一人の女性――シオリが、申し訳なさそうに倒された盾の端へちょこんと腰掛けた。
「それじゃ、持ち上げますよ? ちゃんと掴まっててくださいね」
ハジメは腰を落とすと、片方の盾にアカリ、もう片方の盾にリンリンとシオリを乗せたまま、何事もないかのようにひょいっと持ち上げた。
「おおう! 絶景かな、絶景かな! いやあ、見晴らしが良くていい景色だねえ」
ハジメの肩の高さまで持ち上げられた盾の上で無邪気にはしゃぐアカリとは対照的に、リンリンが少し心配そうにハジメへ声をかけた。
「大丈夫? 重くない? ……まあ『重い』言うたら殴るけどな。せや、これで……どや?」
リンリンが何か軽い補助能力を使用したのか、ハジメが目を丸くする。
「お、おお。なんか急に軽く感じますね」
「せやろ? アタシら三人はみんな『軽い』んや。……ええな?」
「は、はい! めちゃくちゃ軽いです!」
脅迫めいた圧力をかけるリンリンとハジメのやり取りを、眼鏡をかけた男が苦々しい顔で見つめていたが、見なかったことにしておくことにした。
「……なあ」
すると、先頭を歩いていたリーダーの男が、重いため息をつきながら盾の上のアカリを見上げて声をかけた。
「なんで、お前はそんな楽しそうなんだ?」
「ん? そりゃ、この世界を毎日楽しんで生きてるからに決まってるじゃん」
アカリは一切の迷いなく即答した。
「むしろ、あんたたちは何にそんな不満があるの? いや、私だって不満はあるよ。こっちはアイゼンで平和に楽しく過ごしてるのに、あんたら王国軍が勝手に攻めてくるっていう大問題がさ」
「はあ!? 平和だと……? この残酷な異世界が、か!?」
男は激高し、血管を浮かび上がらせて声を荒げた。
「王国の中に閉じこもってないで、自分たちの目でもっと世界を見なよ」
「お前こそ現実を見ろ!」
「現実って何さ。確かに私とあなたでは見ているものは違うでしょうけど、王国だけにとどまってる人より私のほうが現実が見れていると思うけどね」
「この世界に来て一年も経っていない世間知らずが、知ったような気になるなよ!」
バチバチと火花を散らすかの如く、二人は強く睨み合う。
「ハイハイそこまで! そういった難しい話は上に着いてからにしよか。持ち上げてるハジメちゃんが気まずすぎるやろが」
リンリンが間に入って手でパンと音を立てると、二人は同時に「ふん!」と顔を背けた。リーダーの男は苛立ちを隠そうともせず、一人で大股に階段を先へ先へと登っていく。
「……なんか、うちのリーダーがスマンなあ」
「いえ、私も言いすぎました。彼らが置かれている苛烈な環境と、私の環境が違いすぎるのに……」
「アカリちゃんはホントええ子やなあ……」
リンリンはハジメの頭越しに手を伸ばし、反省するアカリの頭を優しく撫でた。
「というか、俺たちも急ぎましょうか。一本道だから迷うことはないと思いますけど、あの勢いのまま先に行かれて、拠点の入口の扉でも壊されたら、たまったもんじゃないですから」
「あはは、流石にそこまではせんやろうけど……まあ、追いつくために急ごか」
俺の提案にリンリンが笑って応じ、そこからはハジメもペースを上げて小走りで階段を登っていった。
やがて鬱蒼とした木々が拓け、山頂の開けた広場へと順調に到着する。
先回りしていたリーダーの男は、頑丈な外壁の前で腕を組み、険しい顔でこちらを待っていた。
「――ようこそ、俺の拠点へ」
俺はそう告げると、手塩にかけて作り上げた拠点を囲む塀の扉を、静かに大きくあけ放った。




