70話
「それじゃ、これの返事でも書くか」
そう言って、俺はテーブルの上の手紙を取り上げた。
「まずは場所から?」
「さすがに王国に行くわけにも、こっち(アイゼン)に来てもらうわけにもいかないよな?」
アカリとハジメが交互に確認してくる。さすがに今の不穏な情勢で、どちらかの陣営に深く踏み込むのが危険だということは二人とも分かっているようだ。
「まあ、いい場所はあるよ。王国側のあたりには良く狩りに行ってるからな。ちょうど、俺が良く使っている拠点があるんだ。そこにしてしまっていいか?」
あのアジトであれば、綺麗に草刈りをした広場もある。話し合いをするための即席のテーブルや椅子なんて、俺の能力で石を切り出せば一瞬で用意できる。それに――。
「そこって、遠いの?」
アカリの疑問に、俺はニヤリと笑って答える。
「国境辺りだ」
「いいですね。お互いの勢力範囲からちょうど等距離くらいだし、おあつらえ向きだ」
ハジメもその提案に深く賛同した。王国側からしても、アイゼンの防壁の目の前よりは合流しやすいはずだ。
「それじゃ、場所は国境の拠点付近に決定と。あとは日時だな……。ディルバードさん、二人の防具はどれくらいで仕上がりますか?」
「そうじゃの。ワシとこいつの二人で不眠不休で叩けば、急げば六日もあれば行けるじゃろ」
俺の問いかけに、ディルバードさんは隣のドワーフの客人と不敵に笑い合いながら、手早く明確な日数を返してきた。
「それじゃ、余裕をもって七日。そこに俺たちと向こうの移動時間を合わせて、十日後くらいでいいかな」
「十日後、キリがいいね!」
「まあ、この返事の手紙を送って、向こうに届いてからになるから、厳密な日数は向こうの受け取り次第であまり関係ないけどな」
「あ、それもそうか」
アカリがてへへと笑う。
日時と場所がまとまったところで、俺はスウェインさんに頼んで羊皮紙とペン、それに封筒を借りた。同じ日本語の文面で、こちらの指定する日時と場所、そして「同じ日本人として、戦火を交える前に一度腹を割って話そう」という趣旨を簡潔に綴り、封蝋でしっかりと封をする。
「それじゃ、これ。配達、頼みます。そこまで急ぎの便じゃなくてもよいので」
そう言って、俺は封をした手紙をスウェインさんに手渡した。
「ああ、預かろう。次に天人の使者が接触してきた時にでも、王国の勇者たちへ確実に届くよう手配しておくよ。さて……今回はなかなか実りのある話し合いだったと思うが、いつまでも若い君たちをここに拘束しておくのも、この街の気風に反するな。そろそろお開きでいいかな?」
手紙を受け取ったスウェインさんが、今回の秘密会合の終わりを告げた。
「まあ、全体の合意は取れたわけじゃし、あとはそれぞれが持ち帰って、各人で細部を話し合えばいいことじゃの」
「あんたらも、突然こんな小難しい場所に呼び出しちまって悪かったね。それじゃ、アタシはさっさと帰らせてもらうよ」
ライラが肩をほぐしながらすっと席を立つ。それに続いて、普段から同じ家で暮らしている居候のアカリが、慌てて後を追いかけていく。
「あ、ライラさん! 帰りに夕食のお買い物、一緒に寄っていきませんか?」
「何だい、お前さん、今日はアタシに何か奢らせる気かい?」
そんな賑やかな会話を廊下に響かせながら、二人は部屋を出ていった。
「まったく、ライラさんも相変わらずせわしないな。……しかし、あのアカリさんの将来の姿は、なんだか数年後のライラさんそのものになりそうだ」
スウェインさんが遠い目をしてこぼした、十分にあり得そうな未来予想図に、円卓のあちこちからドッと小さく乾いた笑いが起こる。
「それじゃ、俺たちも失礼します。……あ、そういえば忘れるところでした。今日のミラたちのグレートボアの狩りなんですけど、余った肉や骨の素材をここで預かってもらっています。ディルバードさん、あれを使って、彼女たちのために何か初討伐の記念品でも作ってあげてください。今回は、俺たちの手出しは一切なしで、本当に彼女たちだけの力で成し遂げた戦果ですから」
俺が去り際にそう言い残した瞬間、静まり返っていた部屋の中に、にわかに猛烈な熱気が立ち上った。
「な、なんと……! ルルの奴、ついにそこまで!」
「おお、ミラが! 怪物相手に遅れを取らず、ついにそこまでやったか!」
「ああ、さすが私の娘だ。シャルは昔から筋が良いと思っていた」
「いやあ、末恐ろしい……! 誰に似たのか!」
防衛トップのラミレスさん、ディルバードさん、そして他の重鎮たちまでもが、一瞬にして親バカ・孫バカの顔を剥き出しにして身を乗り出し、大はしゃぎし始める。
そういえば、この街のトップ連中は揃いも揃って極度の親バカ・孫バカだったな……と今更ながらに思い出し、俺はハジメと顔を見合わせ苦笑いしながら、そっと静かに会議室の重い扉を閉めて外へと逃げ出した。




