69話
ギルドの奥に佇む重厚な円卓の部屋。そこにずらりと並ぶ街の有力者たちの厳格な顔ぶれを見回し、俺は引きつった笑いを浮かべながら、おどけたように口を開いた。
「え? なんですかこれ? もしかして、俺たちの弾劾裁判とかですか?」
「そんなわけあるかい。いいからさっさと、そこに座んな」
俺の軽口を即座に叩き潰すように、ライラが顎で空いている席を指示する。
円卓にはライラをはじめ、ディルバードさん、ガストン商会のガストン会長など見知った顔もいるが、その他にも初めて見る人物が三人ほど座っていた。
「ええと……これは何の集まりなんですか?」
あまりの物々しい雰囲気に、ハジメが気圧されたように不安げな声を漏らす。
「そうだな。本題に入る前に、まずは紹介と行こうか……」
スウェインさんの先導で、その場にいるこの自由都市アイゼンの重鎮ともいえる人物たちの紹介が始まった。
初めて目にする三人のうちの一人は、ミラの父親であり、この街の防衛を担う衛兵隊のトップであるラミレスさん。
もう一人は、この都市の城壁内外における農業、すなわちアイゼンの生命線である食料のかなめを統括する代表のイリーナさん。
そして最後の一人は、この街の教育・学術機関のトップを務めるティアーノさんとのことだった。
「うちの娘がいつも世話になっているね。ありがとう」
紹介の際、防衛のトップであるラミレスさんが、穏やかな笑みを浮かべて俺たちに声をかけてくれた。体つきは戦士らしく極めて引き締まっているが、眼差しは優しそうなおじさん、といった印象を受ける。
「あ、いえいえ! 今日もちょうど一緒でしたけど、しっかりとした成長を見せていただいて、本当に驚きましたよ」
俺がそう返すと、ラミレスさんは父親らしい誇らしげな笑みをこぼした。
「さて、紹介も終わったところでだ。本題であるこの手紙の話をしようか」
スウェインさんが、先ほど俺たちに見せた豪奢な手紙の封筒を円卓の中央に掲げた。
「この手紙は、王国から届いたものだ。事態が事態ゆえ、先に我々の方で内容を確認させてもらったよ」
その言葉に、ハジメとアカリが敏感に肩を揺らした。
「王国から……?」
「やっぱり、私たちに戻って来いって命令ですか……?」
確かに、俺たちの居場所が王国に知られているのだとすれば、そうした強制的な送還や身柄の要求といった可能性は十分に考えられた。だが、スウェインさんは首を横に振った。
「いや、王国からといっても、王国という組織からではない。これを出したのは『勇者』からだ」
「勇者、から……?」
その言葉に、俺は少し意外な驚きを覚えた。
「サトウ君の話から推測するに、いわゆる四代目の勇者ってことだろうね。内容は、要約すれば『君たちと話し合いがしたい』というものだ」
スウェインさんから差し出された手紙を、俺たちは円卓の上で広げ、三人で頭を突き合わせて読み進めた。
手紙の文面には、自分たちが同じ日本人であること、そしてそれを証明するかのような現代日本の具体的な話題が綴られていた。さらに、俺たちがこの自由都市アイゼンに滞在しているであろうことはすでに想定内であること、これから王国軍を率いてこの街に攻め入ること、そして同じ日本人同士、できれば俺たちとは戦いたくないこと――そのために、戦火が開かれる前に一度、個人的な話し合いの場を設けたい、という旨が丁寧な筆致で書かれていた。
「…………」
「…………」
「……それで?」
アカリとハジメの重い沈黙を破り、俺が円卓の重鎮たちに向けて確認を取る。
「読み終わったかね? まず我々から先に言っておこう。王国とこの自由都市アイゼンの争いに、君たちを巻き込むつもりはない。君たちが自ら我々の敵となって刃を向けるというのであれば全力で戦うが、そうでなければ、我々が君たちに戦えと何かを強制するつもりもないのだよ」
スウェインさんの言葉を引き継ぐように、ガストン会長が静かに、だが温かい声で後に続いた。
「そうだ。サトウ殿、アカリ殿、ハジメ殿。君たちはこの街にとどまる必要などない。いざとなれば、この戦いが始まる前に、別の街へ移住していただいても構わないのだ」
「――そんなの、できるわけないじゃないですか!」
ガストン会長の提案に、アカリが強い口調で即座に反論した。
「私も同じ気持ちです。オレは、王国にいる時にひどい過ちを犯してしまった。それなのに、この街の人たちはオレを受け入れてくれた。その恩を無視して、自分たちだけ逃げるなんて絶対にできません」
ハジメもアカリに続くように、まっすぐな視線で宣言する。
「まあ、あんたら二人はそう言うと思ったよ。で、サトウは? 実際のところ、その手紙の内容はアカリとハジメ宛てだろう? 王国の奴らは、あんたのことなんてとっくに忘れているんじゃないかい?」
ライラが頬杖を突きながら、俺に確認してくる。
「まあ、そもそも俺が彼らと同じ『勇者召喚』の枠でこの場にいること自体が不思議ではあるんですけどね」
「ハッ。すまないねぇ、あんたが実は最初の勇者だってことは、あたしの口から喋っちまったよ。――と言いたいところだけどさ。日頃からこれだけ色んなところで暴れ回って、しかもそのチートな二人と仲良くしてるんだ。もう、公然の秘密ってやつさ」
「まあ、そりゃそうですね」
俺は苦笑交じりに肩をすくめた。
「ただ、そうですね……正直な話、俺はこの『話し合い』の提案は、かなり面白そうだと思っています」
「ほう?」
俺の言葉に、ライラが面白そうに目を細めた。
「彼らは魔人や魔王という王国の都合のいい言葉に囚われ、体よく利用されている可能性が極めて高い。彼らと直接会って対話することで、その偏った認識を根底からひっくり返せるチャンスが転がり込んできた、とも言えます」
「確かにのう。向こうから対話を求めてきた今回の件は、見方を変えれば非常に好都合というわけか」
俺の意図を察し、ディルバードさんが腕を組んで深く頷いた。
「しかし、君たちはまだ若い子供たちだろう? そのような世界の命運に関わるような重い責任を、彼らだけに背負わせるべきでは……」
農業代表のイリーナさんが、母親のような心配そうな眼差しで俺たちを見つめる。
「なあに、彼らがそこまで気負う必要はありませんよ、イリーナ殿。ガストン殿も先ほど言った通り、この街のことは我々に任せておけばいい。むしろ、話し合いが行われるということは、その対談の日が来るまでは勇者たちの軍勢がここに攻め込んでくることはない、という証明でもある。その間にこちら側の防衛体制をさらに盤石に整える準備時間が取れる。それだけでも、我々防衛側にとってはこれ以上ない十分な成果なのですから」
防衛トップのラミレスさんが力強く笑う。
「確かにのう。勇者たちの持つ規格外の『能力』についても、ようやく具体的な情報が集まりつつある。それらをじっくり解析すれば、さらに有効な手が打てるかもしれん。まあ、話し合いの約束を口実にして、できるだけ日数を伸ばしてくれると非常にありがたいのだがね」
教育機関のトップであるティアーノさんが、知的好奇心に目を輝かせながら楽しげに告げた。その言葉に、俺は思わず身を乗り出した。
「……勇者の能力について、具体的な情報が分かったんですか?」
「ああ。王国からの亡命者や、魔王国の独自のルートから情報が届けられてね。実際の戦闘状況の報告が伝わってきているんだ」
ティアーノさんの言葉を引き継ぎ、ラミレスさんが詳細を付け加える。
「彼らの戦闘スタイルは、驚異的な高速で移動する一人の勇者が最前線へ攻め込み、敵陣を文字通り一瞬で制圧するという手法らしい。尋常ではない速度で守備兵の群れを一気に戦闘不能に陥れ、無力化された戦場へ王国軍の兵たちがなだれ込んで制圧を完了する、という恐るべき流れだ」
「速度重視の特化型能力、ですか……」
「そのようだ。さらに厄介なことに、もし魔人側の攻撃が奇跡的に直撃したとしても、次の瞬間には何事もなかったかのように無傷で復活して再び攻め込んでくる。彼らを罠にかけようとしても、まるでそこに罠があることが事前に分かっているかのように、すべて完璧に回避されるらしい」
「何事もなかったかのように治るって……私と同じような、回復魔法かな? それも広範囲の」
『復活』という言葉に、アカリが敏感に反応する。
「そうだな……ただ治っているのではなく、アカリと同じように戻しているのかもな。いや、本当に『時間を巻き戻して』いるのかもしれないな。対象物は個人だけじゃなく、世界の可能性もある」
「時間を巻き戻す……? どういうこと?」
「罠を完璧に回避しているっていうのも、一度罠にかかってダメージを負った事実そのものを、時間を少し戻すことで『なかったこと』にして、別のルートでやり直していると考えれば辻褄が合う」
「時間操作なんて……そんなの、ただのチートじゃないですか!」
俺の仮説を聞いたハジメが、不満そうに顔を歪めた。
「なるほど、時間を戻す能力か……。ただ、弱点らしき挙動も報告されていてね。戦闘中、たまにその勇者の動きが極端に鈍くなる瞬間があったらしいのだ。この一瞬の隙を突くことができれば、勝機はあるかもしれないと睨んでいるのだが……」
ラミレスさんの追加情報に対し、今度はアカリが疑問を投げかける。
「なんでそんな一瞬の隙ができるんだろう? 能力の持続時間に制限があるのかな? ハジメは、そういう時間制限の感覚ってある?」
「いや、オレの身体強化や軽量化には、特に時間制限みたいな感覚はないですね。やめようと思わない限りはずっと維持できます」
二人のやり取りを聞きながら、俺は脳内でピースを組み立て、一つの仮説を口にした。
「……いや、原因は逆かもしれないな」
「逆?」
アカリが不思議そうに首を傾げる。
「ああ。勇者本人の能力が時間経過で落ちたわけじゃなく、別の召喚者が勇者の能力を強制的に底上げ(バフ)していて、その効果が一瞬途切れた瞬間に動きが鈍くなった、と考えられないか?」
「なるほど、つまり他の能力者による強力な支援効果が一時的に切れた、ということですか?」
「かもしれない。もしそうなら、狂ったような速度で突っ込んでくる勇者本人を相手にするより、後ろに控えている支援役をどうにかして引き剥がす方が先決だな」
それさえできれば、無敵に思える勇者であっても多少は攻略の糸口が見えてくる。
「我々もそうしたいところなのだが……どうも彼らの周囲には、あらゆる物理攻撃や魔法、状態異常すら完全に弾き返す『絶対結界』のようなものが常に展開されているらしく、近づくことも遠距離から干渉することも叶わんのだよ」
ラミレスさんが、非常に厄介そうにため息をついた。
「圧倒的な速度を持つ近接アタッカーに、時間操作による実質的な無限回復とバフ。そしてその二人を完璧な防御力で守護する無敵の結界、ですか。それは……思った以上に、嫌な組み合わせだな」
「完全に隙のない、お手本のようなパーティー連携ですね……」
「うわあ……。何それ、ただの無理ゲーじゃん」
俺の想定に、ハジメは逆に敵ながら感心したように嘆息し、アカリは絶望したように両手で頭を抱えてしまった。
「ほっほ、なるほど! 勇者殿たちの視点から見ると、あの無敵の進撃もそのような連携能力として解釈されるわけですな。いやはや非常に興味深い。我々現地の人間には、到底思いつきもしなかった斬新な発想だ」
ティアーノさんは、別世界から流れてきた俺たちの画期的な分析に、感心した様子で楽しそうに顎を撫でていた。
「とはいえ、実際に戦うとなるとかなり厳しい状況には変わりないですね……」
「なあに、心配はいりませんよ。君たちがその話し合いとやらで時間を稼いでくだされば、我々現地組もあの手この手、裏道、邪の道、ありとあらゆる作戦を絞り出すものですから」
少し気落ちしかけた俺たちに対し、ライラがいつもの豪快な笑みを浮かべて言い放った。
「だいたいさ、そんなに肩肘張る必要なんてないんだよ。ちょっとした遠足やピクニックにでも行くような軽い気分で行ってきな。久しぶりに故郷の同じ人間に会うんだろう? 気負わずに、ちょっとした同郷の集まりを楽しむ程度でいいんだよ」
「その通りですな。街の防衛や王国の対策は、すべて我々大人たちに任せておきなさい。君たちは、ただ故郷の人たちとの再会を楽しんできなさい」
ガストン会長も、ライラの言葉に優しく賛同してくれた。この温かい大人たちに囲まれていると、不思議と張り詰めていた心の緊張がすっと解けていく。
「ふふ、そっか……。そう考えると、なんだかちょっと楽しみになってきたかも。……あ、でも! もしもの時のための用心として、私にも早く専用の防具を作ってほしいなあ、なんて……」
アカリが便乗するように、ディルバードさんに向かって物欲しそうな上目遣いで要望を口にした。そのおねだりに、ディルバードさんは豪快に笑い飛ばした。
「ハッハッハッ! もちろん、とっくに請け負う準備はできているとも!」
「本当にいいの? 私たち、話し合いの結果次第では、ここからいなくなっちゃうかもしれないのに……」
「何を言うか。我々がサトウや君たちから受け取ったものの価値の方が、遥かに大きすぎるのだ。アカリとハジメ、二人分の特製防具を作ったとしても、まだ十分に素材もお釣りも余るほどだからのう!」
「じゃあ、オレの防具も作ってもらえるんですか!?」
ハジメも、今度こそ自分専用の装備が手に入るのだと気づき、期待に満ちた目をキラキラと輝かせてディルバードさんを見つめる。
「おうよ! お前さんには、これまでしっかりとこの街のために働いてもらった分を、何倍にもして返さんと男が廃るからな。大いに期待して待っておれ!」
最初は最悪の弾劾裁判か、はたまた重苦しい戦争会議かと思われたこの部屋の空気は、気づけばいつの間にか、まるで新しい未来へ向けた明るい準備を確認し合う、前向きで活気溢れる場へと変わっていたのだった。




