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追放勇者とコップ一杯の水 -神様はアホなのか?-  作者: ねこ


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67話

 森の中へと足を踏み入れる。

 先頭をゆくシャノが周囲を広く探索し、何かあってもすぐに連携して対応できるよう、ミラとルルの二人がそのすぐ後ろを一定の間隔を保ちながら歩いていく。


 前回はグレートボアの形跡を確認すると同時に、二人が先行してしまい、結果として最悪の出合い頭の状況に陥った。今回はその苦い経験を活かした対策なのだろう。シャノが途中で素早く木に登り、高い視点から周囲の確認を行った際も、地上に残った二人は互いに木を背にするようにして、死角を無くしながら周囲の警戒に当たっている。


「前方に巨大な獣が通った跡を発見したっス」


 するすると滑らかに木から降りてきたシャノが、声を潜めてそう報告した。


「確認しましょう。場所は?」


 ミラの静かな指示に従い、再びシャノが先導してその形跡が残る場所へと静かに移動する。


「この辺りから、あっちの奥に向かって草木が激しく乱れてるっス」


「……この足跡、グレートボアっぽいね」


 草むらにしゃがみ込み、湿った地面の足跡を指先でなぞって確認していたルルがそう告げた。


「数はどうかしら? 群れ?」


「一頭ってことはないとは思うけど、それでも大群が移動したって感じの荒れ方ではないかなあ」


「そうっスね。足跡の重なり具合から見ても、多くて四、五頭ってところだと思うっス」


「そう……」


 ミラはそう言って小さく頷き、思考を巡らせるように魔獣が向かった暗い森の奥を見つめた。


「もし五頭以上を確認した場合は、無理をせず即座に撤退しましょう。四頭以下であれば、予定通りの作戦を実行しますわ」


「うん」


「わかったっス」


 彼女たちは短く言葉を交わすと、より一層慎重に足跡をたどるようにして森の深部へと向かう。

 その見事な連携と緊張感を見守りながら、俺たち三人は彼女たちの行動の邪魔や負担にならないよう、少し離れた位置から気配を消してついていった。


 しばらく進んだ時、先頭を行くシャノが唐突に足を止め、獣のような耳をピクリと動かしながら、後ろに向けてスッと掌を突き出した。停止の合図だ。

 彼女は素早く周囲を確認すると、一本のひときわ高い大木の元へと身を隠す。そこから音もなく慎重に上へと登り、周囲を見渡した。降りてくるときも驚くほど慎重で、木の葉一枚すら鳴らさずに着地する。


「居たっス。数は三頭。あっちの方向の開けた場所に固まってるっス」


 シャノが指さした先、木々の合間をぬった遠い木漏れ日の中に、かすかに目標であるグレートボアの巨大な灰色の身体が見え隠れしていた。


「退路の確保は?」


 ミラが振り返り、今自分たちが歩いてきた道を鋭い目で見返す。


「足場もそこまで悪くなかったし、いざとなれば身を隠せる障害物もそこそこある。ルルの大盾も邪魔にならない広さだから、戦闘になっても問題なさそう」


 ルルの確かな見立てに、ミラの瞳に強い決意の光が宿る。


「よし、やりますわよ」


「わかったっス」


 その言葉を合図に、各人が一斉に準備を始めた。

 シャノが再度、今度は斜めに傾いた木へと素早く登り、矢を番えて弓を引き絞る。

 地上ではミラが大きな赤い布を取り出して広げ、そのすぐ後ろでルルが身の丈ほどもある大盾をがっしりと構えた。


「準備できたわ。シャノ、お願い」


 ミラの鋭い合図とともに、シャノの手から放たれた矢が綺麗な山なりを描いて空を裂いた。

 その矢は、のんびりと佇んでいた三頭のグレートボアのちょうど中央辺りの地面に突き刺さると同時に激しい破裂音を立てた。先端に炸裂薬を仕込んだ特殊な矢なのだろう。


 突然の破裂音に驚いた魔獣たちは、パニックを起こしたようにそれぞれバラバラの方向へと逃げるように走り始めた。


「いい場所に落ちたっス! 一頭、こっちに向かって右に十歩辺りの位置へ走っていったっス!」


 上空からの知らせを的確に受け取り、ミラとルルが瞬時に指定された迎撃位置へと移動する。ミラが派手な赤い布を大きく広げて魔獣の目を引きつけ、その真後ろでルルが大盾の裏に身体を完全に隠して待機した。


 突進の軌道上に現れた赤い布に気が付いたグレートボアは、激昂したように鼻息を荒くし、一気に速度を上げて猪突猛進の突進を仕掛ける。その標的が完全に固定されたのを見計らい、ミラは直前で鮮やかに後退。布の後ろに居たルルが一人残された。


 激しい地響きとともにグレートボアが激突するその瞬間、ルルは大盾をわずかに斜めに傾け、受け止めるのではなく流すようにして、グレートボアの突進の内側へと滑り込んだ。

 凄まじい推進力を維持したままのグレートボアは、傾けられた大盾によって前脚を無理やり押し上げられ、勢いよく反転するようにして体勢を崩す。


 その一瞬の隙を見逃さず、布を投げ捨ててすでに大剣を抜いていたミラが、跳躍とともに全体重を乗せるようにして、魔獣の仰向けになった無防備な首元へと刃を深く突き刺し、力任せに捻り込んだ。

 深い手応えを確認するや否や、ミラは間髪入れずに剣の柄から手を放し、反撃を受けない位置へと素早く距離を取る。


 首元を致命的に穿たれたグレートボアは、大量の鮮血を撒き散らしながらも巨体をひねり、足を激しくバタつかせて再度立ち上がろうと藻掻いたが、やがてその激しい動きも次第に収まっていった。


「はあ、はあ……、や、やれた、かしら……」


 予備の短剣を油断なく抜き放ち、まだ見ぬ残りの魔獣を警戒しながら、ミラが荒い息の下から呟く。

 シャノが木から軽やかに下りながら、念のために二の矢を番えて横たわる魔獣の胴体に打ち込んだ。ボスッと鈍い音がして突き刺さりはしなかったが、その衝撃を受けても、魔獣はピクリとも動かない。


「たぶん……大丈夫っス」


 体勢を立て直したルルが、大盾を慎重に構えたまま魔獣へと近づき、盾の端で巨体をぐっと押し込んで生存確認を行う。


「うん、大丈夫みたい。呼吸もないし、出血も多い。ちゃんとやれてるよ」


「……や、やれましたわ!」


「うん、完璧にやれたっス!」


「できたね……!」


 三人はお互いの顔を見合わせ、ようやく安堵の表情を浮かべた。

 後ろで見ていて思わずこちらまでハラハラしてしまったが、彼女たちの初めてのリベンジ狩りは、どうやら一寸の狂いもなく無事に大成功を収めたらしい。

 素晴らしい成長ぶりに感心しながら、俺たち三人も「お疲れ様」と言おうと彼女たちの元へと歩み寄った。


 ザッ、と草を踏みしめる微かな音を聞きつけた瞬間、三人が一斉に鋭い目付きになり、俺たちの方向へ向かって一切の躊躇なく武器や大盾を構えた。

 その徹底した警戒ぶりに一瞬気圧されたが、相手が俺たちだと分かると、彼女たちはふぅ、と一気に身体の力を抜いた。


「すごいな。……本当にすごい。めちゃくちゃ成長したんだな、三人とも」


 戦闘中の無駄のない動きだけでなく、最後の最後まで気を抜かない戦後の対応も含めて、驚きと称賛しか出てこない。


「もう、後ろで見ていてハラハラしちゃったよー! でも本当にかっこよかった!」


「見事な連携だったな。オレも勉強になったよ」


 アカリとハジメも、目の前で繰り広げられた見事な狩りに対して各々感動を口にする。


「ありがとうございます、サトウさん。でも、素材を無事に街へ持って帰るまでが冒険者の依頼ですから」


 ミラはまだどこか引き締まった表情を崩さずにそう言った。


「そうだな。よし、解体を手伝おうかと思ったが……」


「大丈夫。おじいちゃんやギルドの先輩たちから、やり方はしっかり学んできたから!」


 そう言って、ルルが腰の袋から手慣れた様子で解体用のナイフを三本取り出した。きっと、ディルバードさんから贈られた、切れ味の鋭い良いナイフなのだろう。

 三人はそのナイフを手に、周囲への警戒役を交代で回しながらも、驚くほど手早く、かつ的確に巨体を解体していった。その手際の良さは、以前ガストン商会の鑑定人であるアルバートさんから解体を習った俺よりも、よっぽど迷いがなく素早いものだった。


「よし、ギルドへの納品に必要な部位はこれくらいですわね」


 このグレートボアの巨体を丸々全部持って帰れるわけもなく、彼女たちは素材として最も価値が高く重要な部分だけをしっかりと見極めて切り出し、戻る際に移動の邪魔にならない程度にまで、要領よく荷物の体積を抑えていた。そのあたりの引き際の見極めも本当にしっかりと考えられている。


 地面に残された、まだ大量の肉や使えそうな皮が残る部分を見つめながら、俺はハジメに声をかけた。


「ハジメ、これ、お前なら全部持っていけるか?」


「ん? これのことですか?」


「ああ。彼女たちが持っていくのはあくまでギルドの依頼としての成果物だけど、この残りの部位はさ、ハジメが担いでディルバードさんのところにでも持って行ってやったらどうだ? 討伐の記念品としてさ、なんか作ってくれるんじゃないか?」


「あ、いいねそれ! ディル爺さんも絶対に喜ぶよ!」


 俺の発言に対し、アカリが手を叩いて賛同する。


「なるほどなあ……! 確かにそれは良い記念になるなあ。わかりました、オレが全部持っていきます!」


 ハジメは能力を発動させて残された部位を触ると、一瞬で重量を極限まで軽くし、その巨体の残骸を軽々と両腕で抱え上げて持ち上げた。


「あ、ありがとうございます……! そこまで気を使っていただいて……」


 三人が、俺たちに向かって少し恐縮したようにお礼を言ってくる。


「なに、気にするな。俺はただ口を出しただけで、実際に荷物を持って歩くのはハジメだしな。あとは、ミラが言った通り『素材を持って帰るまでが依頼』だ。帰り道も油断せずに気を付けてな」


「「「はい!」」」


 彼女たちはハジメにもしっかりともう一度お礼を告げた後、来る時と同様に周囲への索敵を怠らない慎重な陣形のまま、確かな足取りでアイゼンの街へと歩き始めた。その誇らしげな背中は、最初に出会った時よりも何倍も大きく、頼もしく見えるのだった。

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