66話
更新日 2026年08月24日 主な変更
:一部表記と表現が間違っていたため修正。
手に入れたばかりの防具はそのままに、その上からいつものマリーダさんからもらったコートを羽織る。腰のベルトには愛用の短剣やコップ、遠眼鏡などの各種道具をしっかりと取り付け、俺はいつでも動けるように準備を終えた。
「みなさん、準備はよろしいですか?」
今回のリーダーであるミラが、引き締まった表情で全員の様子を確認する。皆の準備が万全であることを確認すると、彼女は力強く頷いた。
「それでは出発いたしましょう」
ミラの先導で、俺たちはかつて一度向かったという、街の郊外に広がる深い森へと歩みを進めた。
アイゼンの堅牢な城壁から外に出た後、今回の主役である三人の依頼進行を後ろから邪魔にならないよう、見守るような形で俺たち三人がついていく。
森に入るまでの平坦な道中は特に危険もないため、俺は移動の合間を利用して、気になっていたハジメの能力の確認を行っておくことにした。
なにせ俺の『コップ一杯の水』やアカリの『癒し』のように、神様とやらに押し付けられた能力はどれもどこか頭の悪い、文字通りのチート性能ばかりだ。ハジメの能力も、きっと一筋縄ではいかない隠された仕様があるに違いない。
「オレの能力は、自身の身体を固くして力を倍増させる能力と、逆に触れた対象の物質を軽くして強度を下げる能力ですね」
説明を聞いて納得した。ハジメの能力も、俺やアカリと同じように二つの異なるベクトルが合わさった方向性になっているようだ。確かにそれなら、攻防一体の『剛力』として一人で無双できるのも頷ける。というか、彼自身があまり怪我をしないというのは、自分の出力に身体が負けてバラバラになってしまうのを防ぐための、肉体強化能力の副作用だったわけか。しかし――
「すごいね。うん、本当にすごいんだけど、なんて言うか……」
アカリが言葉を濁したのを引き継ぐように、俺が率直な感想を口にする。
「思ったよりも普通だな」
「うん、そうね……」
「あれ!? オレ、今もしかしてダメ出しされてます!?」
二人のあまりに薄い反応に、ハジメはあからさまに戸惑いの表情を見せる。
とはいえ、もし俺の『水』のように倍々ゲームで無限に膨れ上がるタイプなら、それこそ恐ろしい事態になっているはずだ。念のために詳細な数値を確認しておく。
「ちなみに、その倍増って実際どれくらいなんだ?」
「ええと、感覚的な話になりますが、今はだいたいですが『百十倍』って感じです」
なるほど。元々ハジメの素の肉体が十キログラムの物体を軽々持ち上げられるとするなら、その能力を使えば一トン以上のものを軽々と扱える計算になる。さらに相手の重量を軽くする軽量化能力も併用できるとなれば、確かにあの初戦闘の時のように、数トンはある大岩を地面から引き抜いて砲弾のごとく投げ飛ばすことも物理的に可能だろう。
「すごいな。確かにすごいんだけどさ……なんて言うか……」
今度は俺の言葉を引き継ぐように、アカリが苦笑いを浮かべた。
「思ったより普通だね」
「うん、まあな……」
「なぁ! オレ、やっぱり今めちゃくちゃダメ出しされてるよね!?」
ハジメの戸惑いはさらに悪化し、悲壮感すら漂い始める。
「いや、なんて言うか、アカリの能力に比べたらすごく想像の範囲内というか」
「そうそう、ある意味で健全な常識の範囲内っていうかさ」
とはいえ、あの時に投げつけられた大岩の威力は本当に危なかった。
彼の能力はあくまで『触れている間だけ』対象を軽くするのだろう。つまり、手から離れた瞬間に大岩の重量は本来の数トンへと元通りに戻る。その超重量物が、軽量化されていた瞬間のトップスピードを維持したまま飛んでくるのだ。喰らえばただ事では済まない。本当に恐ろしい戦闘スタイルであることは間違いないのだ。
「そういえば、サトウさんの能力って『コップ一杯の水』なんですよね? 正直、それで本当に大丈夫なんですか?」
自分の能力の評価が微妙だったのがよほど悔しかったのか、ハジメが少々ムキになった様子でこちらの能力の確認を求めてきた。
「まあな。お前のことを偉そうに悪く言えない程に地味な能力だが……」
俺はそう言いながら、足元に落ちていた手頃な石ころを一つ拾い上げた。そして、かつてアカリに見せた時と同じように、手のひらの上でウォータージェットに見せかけたの実演してみせる。
指先を拾い上げた石に向けなぞるように指を動かす。と、同時に能力で薄い膜を展開。切断され、断面がなめらかに水で濡れた石ころが地面へと落下する。
「――これくらいのことはできる」
「すごいよねー。ウォータージェットだっけ? 圧縮した水を信じられないくらい細く放出して、何でも切り裂いちゃうんだから」
「……綺麗な断面ですね。あれ? もしかしてあの時、俺の腕が信じられない勢いで切り離されたのって……」
ハジメがこの街に攻めてきた時のことを思い出したのだろう。あの時俺は、前線の衛兵がハジメの腕を剣で斬り落としたかのようにタイミングを見計らい、陰からこの水膜で彼の腕を切断したのだ。
「――あの時は、本当にスマン」
俺はばつが悪そうに両手を合わせ、ハジメに向かって頭を下げた。
「どおりで……。あの時のオレの防御力なら、普通の鉄剣くらいなら余裕で弾き返せると思っていたのに、一瞬で切り飛ばされたから本当に驚きましたよ」
すでに腕はアカリの魔法で元通りに繋がっているため、ハジメは特に根に持っている風でもなく、純粋に納得した様子で当時を振り返った。
「まあ、元はと言えばハジメが王国の嘘に騙されて、暴走してここに攻めていったのが原因だしね! 気にしなくていいよ、サトウさん」
「おま……アカリ、被害者であるオレの前でそれを言うかよ……」
アカリのあまりに容赦のない正論に、ハジメが不満そうに声を漏らす。
そんな賑やかな話を後ろで繰り広げていると、前方を歩いていたミラがふと足を止め、こちらを振り返った。
「みなさん、森の入り口に到着しました。目標への接敵はまだ少し先になるかと思いますが、ここからは緊張感を持っていきましょう」
ミラは同行するシャノとルルの二人に向かって、キリッとした声で視線を送る。
「サトウさんたちも、私たちが万が一、本当に危機に陥った際のフォローをよろしくお願いいたします。もちろん、今回はそんな最悪の事態にならないよう、事前の準備と対策は怠っておりませんが」
そう毅然と言い放ち、彼女は再び森の奥へと視線を向けた。
「初めての冒険のリベンジです。慎重に、確実にやり遂げましょう!」
「「おおー!」」
ミラの頼もしい宣言に、シャノとルルの二人が武器を握り直して力強く声を上げる。その成長した背中を見つめながら、俺たち三人もまた、静かに緑の深淵へと足を踏み入れた。




