65話:聖職者のイメージ
「ルルちゃーん、居るー? 冒険の時間だよー。ハジメもねー……って、サトウさんじゃん! 戻ってたんだ……って、え、何やってるの?」
工房の扉が勢いよく開き、アカリが元気よく飛び込んできた。
しかし、店内の異様な光景を見てピタリと足を止める。それもそのはず、ハジメは剛力の本領を発揮して、今にもハンマーを振り回そうとするディルバードさんを必死に押さえつけており、その目の前で俺は、殴られたはずの腕の袖を捲りながら「本当に痛くない……」と驚嘆の声を上げていたのだから。
「ん? ……アカリか。ちょっと頼んでいた防具を受け取りにね」
「サトウさん! ディルバードさんを怒らせないでくださいよ、ホント怖いんですから! 何ですか『お礼が言えるんですね』って!」
顔を真っ赤にして暴れる老人をなんとか押さえ込んでいるハジメが、必死の形相で俺に抗議の声を上げる。筒抜けだったらしい。
「それは、ディルバードさんも怒るよ……」
アカリも呆れたように肩をすくめる。
「まあ、おかげで拳骨どころかハンマーを食らったけどな。いや、面と向かって感謝されるのって、イマイチ慣れなくてさ」
「えっ、ハンマーで殴られたって……大丈夫なの!?」
「防具サマサマってところだな」
俺はニカッと笑い、殴られた方の左腕をぶんぶんと振り回して見せた。
「防具って……、ええっ!? それ、普通の服じゃなくて防具なの!?」
「すごいよな。触ってみるか?」
驚愕するアカリの前に、俺は躊躇なく腕を差し出した。
アカリは恐る恐るその黒い生地に触れ、指先で確かめるように押し込んでみる。
「ほんとだ、普通の服と変わらない見た目なのに、内側がちゃんと固い……。あ、でも、ここ少しほころんでるね」
アカリの指先が、ハンマーの直撃を受けた一点に触れた。
「ん? ああ、まあ流石に鍛造ハンマーで全力で殴られたからな、表面の生地が少し傷んだのか。あまりに衝撃がなさ過ぎて全く気が付かなかったよ」
「ほい、直ったよ」
アカリがその部分にそっと手をかざすと、淡い光が吸い込まれていく。
「……さすがのチート能力」
ほんの一瞬で、ハンマーによる表面のほつれは何事もなかったかのように完璧に修復されていた。
「でも、いいなあ……」
修復した部分を何度もなで、その独特な硬質感や強度、そして驚異的な軽さを確認しながら、アカリが心底うらやましそうに呟いた。
「どんなデザインになるかは知らんが、ディルバードさんがルルたち三人娘や、ハジメ、それにアカリの分の追加装備も作ってくれるって言ってたぞ? あの巨体だからな、素材は大量に取れるんだ」
「え、ホント!? ……でも、私そんなにお金ないよ?」
アカリは一瞬で目を輝かせたものの、すぐに申し訳なさそうに財布を気にし始めた。
「俺はもう自分の分を作ってもらったし、素材はアカリや孫娘さんたちの分も含めて全て提供済みだ。だから、タダで作ってくれるんじゃないかな?」
そう言って、俺は確認のためにディルバードさんの方を向いた。
ハジメの手を払いのけ、ようやく落ち着きを取り戻した頑固職人は、深く鼻を鳴らしてから頷いた。
「もちろんじゃ。これほどの至高の素材を丸々使わせてもらえるんじゃからな。小娘、金のことは気にするな」
「マジで!? やった」
アカリは飛び跳ねるようにして、小さくガッツポーズを取る。
「……あの、オレの分もですか?」
おずおずと尋ねるハジメに、ディルバードさんは真剣な目を向けた。
「当たり前だ。お前は能力の性質上、前衛の最も危険な場所に立つことになるじゃろう。毎度毎度、『アカリの世話になります』なんて情けないことにならないように、一級品の防具で固めておかねばならんからな」
「なんか知らないけど、ハジメが怪我することって滅多にないけどねー」
横からアカリが気楽に口を挟む。
「ふん、そうなのか。まあ、防具が嫌なら武器でもいいぞ。アカリも何か要望があるなら、今のうちに言っておいた方がいい。サトウの小僧は『動きが阻害されなければ何でもいい』なんて、大雑把な注文だったからな――」
「むしろ、その『何でもいい』って注文が一番面倒だったわい……」
「ほんとにのう、職人の泣かせどころじゃわ……」
ディルバードさんと地人の客人が、声を揃えてボソリと愚痴をこぼす。
「ま、まあ! 要望があるなら言っておいた方が、お互いのためってことだ。アカリ、何かあるか?」
俺は苦笑しながら話を軌道修正した。
「うーん、そうだなあ……。やっぱり、こう、聖職者っぽい感じかなあ? あとでイメージを紙に書いて渡すことにするよ!」
「わ、わかった……。できる限り対応しよう」
「聖職者、ねぇ……」
アカリの言葉に、俺とディルバードさんは揃って何とも言えない微妙な表情をしてしまう。ミニスカの聖女が頭をよぎったのだ。
「何? なんか文句ある?」
「「べ、別に……」」
彼女から放たれた一瞬の鋭い怒気に、俺たちは揃って一歩身を引いてしまった。
「ルルー、準備はできたっスかー?」
「あら、サトウさん、お久しぶりです」
ちょうどその時、後からやってきたのだろうシャノとミラの二人が店の中に入ってきた。
「きゃー! シャノちゃんオハヨー!」
さっきまで男たちを威圧していた怒気を一瞬で霧散させ、アカリは弾かれたように飛びつくと、シャノを後ろからギュッと抱きしめる。シャノは「またっスか……」と言いたげな、完全に諦めきった表情で無抵抗のままだ。
「随分と、不純な聖職者じゃの……」
「まったくの同意です」
その光景を見ながら、俺とディルバードさんは呆れたように言葉を交わした。
「ハジメも、ちゃんと要望を伝えておけよ。その方が作り手としてもやりやすいだろうしな」
「要望、ですか。何がいいですかね……」
ハジメが腕を組んで何かを考え込み始めた。その様子を見ながら、ミラが俺にトコトコと近づいて話しかけてくる。
「今日はサトウさんもご一緒してくださるんですか?」
その言葉に、シャノから離れたアカリも敏感に反応した。
「そうそう! サトウさんも来る? というか来てほしいなあ。今回はリベンジみたいな感じだから、サトウさんがいた方が多分安心感が違うと思うし!」
「リベンジ?」
「はい。初めてのボア退治の依頼の際は、私たちは無様を見せてしまいましたが、あれからいろいろと経験を積みました。ですので、今度こそはと思いまして。ただ、しっかりと安全を取ってアカリさんたちにも来ていただくのですが、そこにサトウさんも来ていただけると、より心強く……」
ミラは申し訳なさそうに、けれど真っ直ぐな目で告げてくれた。
彼女たちの成長を見守るのも悪くないし、何より俺にとっては、この出来立ての防具の性能を実戦で試すこれ以上ない絶好の機会だ。
「いいね。その依頼、俺もついていくよ」
「おいサトウ。防具を着込んだからと言って、調子に乗って無茶をするんじゃないぞ?」
俺の不敵な笑みから行動を読んだかのように、すかさずディルバードさんからの忠告が飛んでくる。確かに、強力な防具を手に入れて少し気が大きくなりすぎていたかもしれない。俺は落ち着くように大きく深呼吸をし、気を静めた。
「お待たせしましたー」
その時、工房の奥から、いつもながらの身の丈ほどもある大盾を背負った、重装備のルルが顔を出した。
「むっ。これだな!」
そのルルの姿を見た瞬間、ハジメは何かを閃いたようにポンと手を叩き、大きな声を上げた。
「ハジメさん、何がでございますか?」
不思議そうにミラが小首をかしげる。
「ディルバードさんに作ってもらう、オレの装備品だ! 皆を守るために、両腕でそれぞれ自在に操れる『巨大な盾』を二つ、作ってもらおう!」
「え? あ……! それじゃ、ルルとお揃いですね!」
ハジメのその言葉に、ルルがパッと表情を明るくして嬉しそうに声を弾ませた。
「むぅ……。ハジメさん、私とお揃いはお嫌ですか?」
すかさずミラが少し拗ねたようにハジメに言い寄る。ハジメは言葉に詰まりながら、難しい顔をして必死に考え込んだ。
「そ、そうではなくてな! 両手で操れる巨大な盾というのは、それを力任せに振り回せば、それ自体が強力な『剣』にもなり得るんだ。つまり、攻防二つの機能を持てるということで、だな……」
「わあ! それじゃ、私ともお揃いなのですね?」
「あ、ああ。そうなるな……」
「うれしいです!」
ルルと同じように、ミラも一瞬で満面の笑みを咲かせて声を弾ませた。
「……うまく躱したなあ、あいつ」
「まったく、大した軟骨野郎じゃ。……しかし、武器にも使える巨大な盾か。これまた大変な注文じゃのう」
「がはは! しかし、職人としてはやりがいがあるのう、ディルバード!」
ハジメと二人の女の子の微笑ましいやり取りを温かく(生温かく)見守りながら、俺と地人の親方二人は、呆れと期待の入り混じった呟きを静かに交わすのだった。




