64話:予想以上の防具
翌日は、朝からディルバードさんの工房へと向かった。
天竜鳥の素材を渡してから数日。俺のために打ってくれているという特製の防具が、そろそろ仕上がっているのではないかという確認のためだ。
工房の扉を開けて中に入ると、珍しく奥の作業場ではなく、手前の薄暗い店内にディルバードさんの姿があった。
「ようやっと来おったか、サトウの小僧」
「待ちくたびれたぞ、まったく」
声を揃えたのはディルバードさんと、先日知り合ったばかりの北方からの客人――あの頑固な亡命者の地人さんだ。
早朝のまだ人が少ない時間帯、店内の古びたテーブルで二人は難しそうな図面をいくつも広げ、熱心に議論を重ねていたところだったらしい。
「おはようございます。あの、頼んでいた防具のほうは……」
「おう、もうでき通るぞ。――おいハジメ! サトウ殿の防具を持ってこい!」
ディルバードさんは俺の言葉を最後まで聞かずに、大声で作業場の奥へと声をかける。
その間髪入れない呼びつけ方に、ハジメがこの数日間でしっかりと職人たちにコキ使われているな、と心の中で微笑ましく確認した。
やがて、奥からハジメが恭しく抱えて持ってきたのは、上下が落ち着いた黒色で統一された一着の衣服だった。ぱっと見は、どこにでもある普通の布製の服のようにしか見えない。
「……これですか?」
とてもではないが強固な「防具」には見えないその薄い服を前にして、俺は思わずディルバードさんの顔を見て確認を取ってしまった。
「まあ、四の五の言わずに触ってみろ」
ディルバードさんが不敵に笑い、その横で客人の地人さんも楽しそうにニヤニヤとした表情を浮かべている。
促されるまま、俺はその黒い生地に手を触れてみた。――驚いた。確かに見た目はただの布なのだが、感触が全く違う。拳で軽く叩いてみると、コンコンと硬質な金属を叩いたかのような、しかし表面に薄い布が張ってある分だけ鈍い音が返ってくるのだ。
「表面はお前さんが今着ている、その布と同じ素材じゃ」
ディルバードさんが、以前マリーダさんからもらって今も愛用しているフード付きコートを指さす。つまり、あの強靭な『レイル・スパイダー』の糸と布地を表地に使用しているということか。
改めてズボンを持ち上げてみると、その硬質感からは到底考えられないような、質量を疑うレベルの狂った軽さに、やはり強烈な戸惑いを覚えてしまう。
「ははっ、驚くほど軽いじゃろう? 寸法は事前に計ってはおるが……。まあ、まずは一度、履き替えてみろ」
そう言われ、俺は現在履いているものから、その特製の黒い防具へと着替えることにした。
実際に脚を通してみて、さらに驚愕する。全体が細かな鱗のように精密に張り合わされているのか、膝や股関節といった可動部を大きく動かしても、一切の突っ張りや阻害感がない。そればかりか通気性も決して悪くはなかった。肌の接触部分はさぞ硬いのだろうと身構えていたのだが、決してそうではない。柔らかいとは言えないが、肌を滑らかに包み込むような、なんとも不思議な極上の着心地だった。
「内側のこれ……一体、何が仕込んであるんですか?」
ズボンの裏地に触れながら尋ねると、客人の地人さんが誇らしげに胸を張って説明を加えた。
「内側にはな、外からの衝撃を無効化するために、特殊なスライムから抽出・加工したゲル状の繊維が特殊な織り方で組み込まれておるのじゃ。表面の硬質部分で受けた圧力を、瞬時に全体へ分散して吸収する、ワシとディルバードの自信の一品じゃよ」
なるほど、試しに装備を着込んだ太もも辺りを外側から強めに叩いてみる。すると、叩いた一点の衝撃が硬質部分を伝わり、内側のゲル状の繊維全体へと一瞬で逃げていくのが分かった。足や腰の広範囲で衝撃を極めて柔らかく受け止める構造になっているのだ。
もしかすると、これなら大型の魔獣に正面から突進されて踏みつけられても、大した怪我にはならないかもしれない。そんな全能感に浸りながら、続けて上着にも袖を通していく。
「……おい、ニヤついておるな? 過信は禁物じゃぞ?」
俺の頭の中を見透かしたかのように、ディルバードさんから鋭い注意が飛んできた。
「あはは、すいません。しかし、これだけ軽いうえに身体の動きに全く邪魔が入らないなんて……本当に凄いです」
腕を大きく回し、その場で軽くステップを踏み、高く飛び跳ね、身体を左右に深くひねってみる。どれだけ激しく動いても、まるで上質な普段着を着ている時と変わらない自由な動きが可能だった。
「ふむ、寸法はどこも問題ないようじゃの」
「ほっとしたわい。さすがにこれほど精密な構造だと、後からのサイズ直しはクソきついからのお」
「本当に素晴らしい出来栄えです。このまま普段着としてずっと着ていたいくらいですよ」
あまりの軽さ、嵩張らなさ、そして完璧な防御性能に対する驚きを、俺はそのまま素直な感情に乗せて称賛した。今後、山へ狩りを行う際どころか、街中での日常生活でも積極的に装着しておきたいレベルだ。
「さて、サトウ殿。そこで一つ相談なんじゃが……あの天竜鳥の素材、お前さんの防具を作ってもまだ結構な量が余ってな。もし良ければ、ワシの孫娘のルルやシャル、それにアカリたちの追加装備に回してしまっても構わんかの?」
「ああ、それなら全然問題ないですよ。むしろ使ってください」
「そうか、助かる。……して、素材の追加支払いについての相談なんじゃが……」
ディルバードさんが少し言い難そうに費用の話を切り出そうとしたので、俺はそれを手で制して笑った。
「いやいや、代金なんて気にしないでください。これほど素晴らしい防具を仕立ててもらえましたし、正直、前線に立つアカリの防御力が底上げされるのは、俺としても安全面で大きくプラスですから。もしもの時のための『保険のアカリ様』って感じですよ。俺のほうから頭を下げてお願いしたいくらいです」
「……そうか。わかった。重ねて、ありがとうな」
よほど大切な孫娘や、街を守るアカリたちの身が心配だったのだろう。ディルバードさんはいつになく真摯な表情で、深く頭を下げてお礼を言ってきた。
その神妙な空気がなんだか面痒くて、俺は少しからかうような口調で茶化した返事をする。
「へえ、ディルバードさん。素直にお礼、言えたんですね」
「なにおうっ!!」
瞬間、いつもの短気な頑固ジジイへと激高したディルバードさんが、傍らにあった大きな鍛造ハンマーをひったくり、もの凄い速度で俺の脳天めがけて殴りかかってきた。
俺は咄嗟に新しい防具に包まれた左腕を突き出してそれを受け止める。
鋭い衝撃音が響く。
が、驚いたことに腕に受けた衝撃は一瞬でゲル状の繊維へと霧散し、痛みどころか響くような感覚すらほとんど感じなかった。
「お、おお……」
自分の腕を見つめて驚く俺の後ろで、ハジメが「何やってるんですか!」と慌ててディルバードさんを止めに入る。
本当に、言葉通りさすがの腕前だった。俺はこの最高峰の防具の感触を噛み締めながら、異世界の職人技の凄みに、改めて深く感嘆するのだった。




