62話:お客様をお招きするには
アイゼンを出発してからしばらく山道を駆けて、俺は久しぶりに懐かしきアジトへと到着した。
天竜鳥という規格外の大物を討ち取った影響だろうか、また身体能力のベースが上がったようで、移動にかかった時間が以前よりもさらに短縮されたように感じられる。
しかし、山頂を登り切って目の前に広がった光景は、予想していたとはいえ、かなり荒れ果てたものだった。
誰か人が来て荒らしたというわけではない。ただ単に、二週間以上もこの場所を放置してしまったために、周囲の雑草や植物が主人のいない間に伸び放題となって敷地を侵食しているのだ。
「うわぁ、まずは草むしりからスタートか……」
俺はため息をつき、腰をかがめて手で一本ずつ草を抜いていく――が、その途中でふと、ある効率的な方法に気が付いた。
わざわざ手で抜かなくても、俺の能力を使えばいいじゃないか。
俺は生い茂った草むらの根元、地面擦れ擦れの高さに、水平に薄く『切断』の能力を展開した。展開した瞬間は草むらが一瞬だけ微かに揺れただけで、見た目には変化がないように思える。しかし、その草に指先でそっと触れてみると、何の実感もないまま抵抗なくパラパラと地面へ倒れていった。
「なるほど、これは草刈り機いらずだな……」
コツを掴んだ俺は、その後も連続で能力を展開し、敷地内の草をあっという間に綺麗に刈りきってしまった。
すっきりしたところで、今度はいつものように脳内でアジトのイメージを展開し、家庭菜園の畑に水をばらまく。
「……あれ?」
水撒き自体は、海洋都市にいた間も一日一回、ここを遠隔で位置指定して空間からばらまいていた。だけど、よくよく考えてみれば……。
そう思い至り、草刈りの必要性を感じていなかった敷地の最果ての端っこに対し、同じように遠隔で『切断』の能力を展開してみる。
すると当たり前のように、その部分の雑草も一瞬で根元から刈り取られ、支えを失ってパタリと倒れた。
「……空間指定ができるんだから、水撒きと一緒に、遠隔で草刈りの能力も発動させておくんだった」
今更後悔しても遅いが、これからはアイゼンの街に居ながらでも、このアジトの雑草をボタン一つ押すような感覚で一瞬で処理できる。そう確信した俺は、今後のために敷地内の正確な位置関係を改めて脳内に深く焼き付けた。
ひとまず敷地が綺麗になったところで、次は本来の目的である獲物の探索と、王国の観察に移る。
王国側がよく見えるお馴染みの見張り台へと上り、遠眼鏡を取り出して様子を確認するが、特に大きな変化は見られない。
前線から兵たちが戻ってきている様子もなく、もちろんこちらへ向けて新しく出撃するような不穏な用意も、今のところはなさそうだ。
「この調子だと、王国はやっぱり守りに入っているのだろうか?」
そんな考えが頭に浮かぶ。アイゼンや周囲の種族にとっては、攻めてこないでいてくれるのが一番だ。本当にこのまま大人しくしていてくれれば良いのだが……。
残念ながら、今日は周囲の山々にも大した価値のある獲物は見つからなかった。そのため、夜になるまでは別の作業を行って時間を潰すことにする。
まず考えるべきは、リナをこの場所に招待するための本格的な掃除と環境の整備だ。
刈り取った大量の雑草をまとめて一箇所に運ぶため、あちこち動き回っている中で、ふと以前に岩壁から切り出して放置してあった立方体の石のブロックを発見し、俺の手が止まった。
「……いや、家や敷地の中を綺麗にするよりも先に、まずはここまで上ってくる道のほうが必要かもな」
リナは俺やアカリたちとは違い、戦闘力を持たない普通の猿人の少女だ。かつて盗賊に捕らえられた時は無理やり担がれて運ばれたのだろうが、さすがに今度正式に招待するときに、リナを米俵のように担いでこの険しい山道を登る、なんて男気溢れる(デリカシーのない)真似はしたくない。
そう思い、アジトへと続く急な坂道を上から眺めてみる。
敷地内と同様に完全な放置状態だった坂道は植物が生い茂り、昔居た盗賊たちや俺がいつも通ることで辛うじて残っているだけの、細い獣道と化している。
「さすがに、これは女の子を歩かせる道じゃないな……。よし、作るか」
道を。いや、しっかりとした綺麗な『階段』をだ。
俺は能力を使い、坂道の斜面を綺麗に削り落とし、土を上から強力に押し固め、そこに切り出しておいた石のブロックを寸分の狂いもなく敷き詰めていく。これで一段。同様の作業を少しずつ位置をずらしながら繰り返せば、植物に覆われていたあの急な坂道が、見事な石造りの階段へと変貌していく。
この地味で単純な肉体&能力作業をひたすら黙々と繰り返し、アジトでの一日目が終了した。
翌日も、その次の日も、俺は斜面を削り、押し固め、石を敷き詰める作業を繰り返した。
もちろん、ずっというわけではない。定期的に良い気晴らしとして、王国側の様子を監視し、周囲の獲物を索敵する。時には少し珍しい希少な獲物を見つければ、作業の手を止めて狩りに出かけるという、充実した山籠りの日々を送った。
そんな奇妙な二重生活を続けた四日目のこと。
道幅も広く整え、特に急だった坂の部分には綺麗な階段が完成し、かなり麓のほうまで道が出来上がってきた頃――見張り台からの定期監視で、ついに『その時』が訪れた。
遠くの街道を、大量の兵士たちと立派な馬車の一団が、王国に向かって静かに進軍していくのが見て取れたのだ。
俺は遠眼鏡の倍率を上げ、その一団を注意深く観察する。
いくつかの馬車が行き交ううちの一つ。周囲をがっちりと精鋭の兵たちに守られるようにして、その荷台に、自分と同年代か、あるいは少し上くらいの黒髪の男女が並んで乗っているのが見えた。
「あれが……、四代目の勇者たちか?」
この世界において、黒髪の人間はそう多くはない。それがちょうど四人。
周囲から腫れ物を扱うように、かつ最重要人物として守られながら王国の城門へと入っていく様子を見る限り、間違いなさそうだった。
「勇者たちが、本当に前線から王国へと戻ってきたってことか……」
念のため、動きがあった次の日も、階段作りの作業の続きとアイゼンに戻るための荷造りをしながら王国を注視し続けたが、彼らが城壁内へと消えてからは、これといった変化は起きなかった。
「本当にこのまま、守りに入ってくれた……ってことだと嬉しいんだけどなあ」
今回のアジト滞在で確保した獲物の肉や希少な素材を背負い、アイゼンへ行く準備を完全に整える。
俺は最後に、静まり返った王国の城壁をもう一度だけ見つめてそう呟くと、この数日間の監視結果と新しい情報をガストンさんたちに報告するため、完成したばかりの綺麗な石段を一歩ずつ踏みしめながら、アイゼンの街へと向かって山を下り始めた。




