60話:魔人と北からの亡命者
一話抜けていたため59話を丸々変更追加し元の59話は60話へ
翌日は、朝一番からディルバードさんの工房へ行くことにした。海洋都市からの帰路で仕留めた天竜鳥の素材が手に入ったという、事前の連絡と打ち合わせのためだ。
まだかなり早い時間帯であるにもかかわらず、工房へ向かう大通りで、昨夜別れたばかりのアカリとばったり出くわした。
「ん、アカリ。おはよ。こんな朝早くからどうしたんだ?」
「あ、サトウさん、はよー! 私はこれからギルドの依頼のお手伝いで、ルルちゃんと合流する予定なの。あ、それと、前にディル爺さんが『防具を作ってやる』って言ってくれてたから、それの受け取りも兼ねてね」
「そっか。アカリはある意味、このパーティーの『要』だもんな。ディルバードさんとしても、孫の安全のために一刻も早く最高の防具を渡しておきたくて作らずにはいられなさそうだ」
そのまま彼女の受ける依頼内容などの世間話をしながら、二人で並んで工房の前までやってくると、何やら中から屋根を震わせるような大声で討論する声が聞こえてきた。
ただ事ではない雰囲気に顔を見合わせ、急いで中に入ると、そこにはディルバードさんともう一人、彼とよく似た頑固そうな地人の老人が激しく言い争いをしており、それをハジメが間に入ってこれ以上の手が出ないように必死に抑え込んでいるという、混沌とした光景が広がっていた。
そのすぐ横では、ハサンが「やれやれ」といった感じで呆れ顔を浮かべ、壁に寄りかかっている。
「こんな高価な天竜鳥なんて素材を、何の見通しもなしにガンガン詰め込むとは呆れるわ! もっと別の素材を厳密に選別して、コストを抑えるべきだろうが! こんな馬鹿げた価格のものを、一体どこの誰が買うってんだ!」
「うるせえ! 着るものの命がかかっとる戦いなんじゃ! 職人なら四の五の言わずに、その時できる最高品質のものを渡すのが筋ってもんじゃねえか!!」
見知らぬ地人の辛辣な言葉に、ディルバードさんが顔を真っ赤にして言い返す。
「……ハサン。これ、一体どういう状況?」
俺は壁に寄りかかっているハサンにそっと近づき、小声で確認を取った。
「おう、サトウ。この状況か? まあ見ての通り、頑固ジジイ共の意地の張り合いってところだ。どっちも譲らない超一流の職人だからなあ。昨日からずっとこれだぜ」
「そりゃあ、放っておいたら永遠に収拾がつかなそうだ。だけど……」
俺は小さく息を吐くと、この不毛な言い争いを一瞬で止めるための「特効薬」を懐から取り出した。手提げ袋の中から確保しておいた天竜鳥の骨や鱗の素材を取り出し、わざと分かりやすいように、ゴトッ、コンッと大きな音を立てて頑丈な作業机の上に並べていく。
二人の地人はその乾いた音に敏感に反応し、最初はちらりと不機嫌そうにこちらを見た。だが、次の瞬間、まるで二度見するようにお互いに目を見開き、机の上に置かれた物体の異様な質感とオーラを凝視した。
「こ、こりゃあ……」
「嘘だろ、天竜鳥じゃねえか!!」
それまでの怒号が嘘のように止まり、二人は吸い寄せられるように素材を手に取ると、食い入るようにその輝きを確認し始めた。
「ディルバードさん。約束通り、しっかり討ち取ってきましたよ」
「はあ!? 大した奴だ。お前さん、まさか本当にあの空の化け物を取ってくるとはなあ!」
ディルバードさんは驚嘆の声を上げると、勝ち誇ったようにその白い骨の素材をもう一人の地人の目の前に突きつけた。
「どうじゃ! これだけの超一級品が手に入ったんじゃ、素材の選別もコストも関係ねえ! これで文句はあるまい!」
そう言われたもう一人の地人は、完全に呆気にとられた顔のまま固まり、何も言い返せないようだった。
「天竜鳥の本体一式は、今、冒険者ギルドの倉庫に預けてあります。防具に必要な分はそちらで自由に確保してください。……あ、ギルド長のスウェインさんがかなり欲しそうに目を光らせていましたよ」
俺がそう伝えると、ディルバードさんはフンと鼻息を鳴らした。
「あの業突く張りの小僧め、相変わらず抜け目のない……と言いたいところじゃが、さすがにこれほどの巨獣を一匹まるまるワシらだけで独占する意味はないの。分け前はギルドに任せるわい」
「というかディルバードさん、昨日はこの情報の共有も含めた緊急の会合があったはずなのに、もしかして知らなかったんですか?」
昨夜はライラさんも呼び出されていたので、てっきりディルバードさんにも話が通っていると思い、何か言われる前にと朝早くに来たのだが。
「知らん。ギルドの使いの奴なら門前払いで追い返したわ。こっちには大事な客人がいたんでな」
「客人?」
俺がもう一人の地人に視線を向けると、ディルバードさんは短く顎をしゃくった。
「こいつのことじゃ」
予想に違わず、この言い争っていた頑固そうな地人が客人だったわけだが……。
「あの、失礼ですが、どなたですか?」
「亡命者じゃよ。遥か北方にある国からのな」
王国に攻め込まれ、北側の戦線がかなり追いやられているとは聞いていた。目の前の老人は、その戦火から逃れてきた難民のような立場ということらしい。
「それは……本当に大変でしたね。風の噂では聞いていましたが、やはりあちらの現状は、かなり良くない状況なのですか? 王国軍から新しい『勇者』が出たとか……」
「勇者、勇者か……」
もう一人の地人は、忌々しそうに、かつ深く絶望するようにつぶやいた。
「王国が送り込んできた勇者と言われる化け物どもは、ワシらの国の軍勢が過去に二度は打倒したのじゃがな……」
そう言って重いため息をつくと、近くの粗末な丸椅子にどっかりと腰を下ろした。
「今回の、三度目の勇者に完全にやられた」
男はもう一度、今度はさらに深い溜め息を漏らす。
「ワシたちの国は、防衛線ごと全体的に北へと後退を余儀なくされておる。……どうも今回の勇者どもは、魔人に対して並々ならぬ恨みでもあるのか、戦い方が異常じゃったな。一切の容赦がなかった」
「魔人?」
隣で静かに聞いていたアカリが、その聞き慣れない単語にひっかかり、怪訝そうに尋ねる。
「ワシら地人と同じように、この世界に生きる種族の一種じゃよ。元々魔力の保有量が多く、魔法の扱いに極めて長けておる。その生まれ持った性質のせいで、周囲から魔人と呼ばれておるのじゃ」
ディルバードさんから、補足の分かりやすい説明が入る。
「北は昔から魔人の多く住む地域じゃ。当然、国を守る防衛軍の多くが魔人になり、ワシら地人や他のものは武器の製造や後方支援が主な役割じゃったのだが……あの容赦のない進撃の前には……」
その話を聞き進めるうちに、アカリの顔がみるみるうちに曇り、何とも悩ましそうな、嫌な予感を察した顔になっていく。
「……サトウさん。なんか私、もの凄く嫌な予感がするんだけど」
「ああ、奇遇だな。俺も全く同じことを考えていたよ……」
きっと、二人して同じように苦虫を噛み潰したような表情になっていただろう。元の世界のゲームや物語のテンプレートを考慮すると、最悪のパズルのピースが綺麗に噛み合ってしまう。俺は恐る恐る、一番肝心なことの確認を取ることにした。
「ちなみにその北方の国って……もしかして、王様のような存在が治めていたりしますか?」
「ん? ああ、そうじゃ。ワシら地人も、魔人の同胞たちも、大いなる敬意と親愛を込めて、その国の統治者を『魔王様』と呼んでおるが……それが何か?」
「「あちゃー……」」
俺とアカリは、一糸乱れぬ完璧なタイミングで同時に頭を抱え込んだ。
「な、なんじゃお前さんたち、急に揃って頭を抱えたりして」
突然の奇妙な行動に、ディルバードさんが目を白黒させて驚く。
「ええと、ですね……。アカリ、ハジメたちのような勇者が元いた世界では、『魔』の付く名前の種族や存在は、絶対に倒すべき『悪いものの象徴』みたいな、もの凄く強い固定観念があるんですよ」
「そうそう! それでいて国のトップが『魔王』とか、もうそれだけで完全に物語のラスボスじゃん! 諸悪の根源、悪の親分じゃん!」
俺の冷静な説明に、アカリが頭を抱えたまま、半ばヤケクソ気味に情報を付け足す。
それを聞いた亡命者の地人は、ぽかんと口を開け、あっけにとられたような顔をした。
「すると、何か……? 王国のあいつらは、ただその『名前の響き』だけでワシらを絶対の悪だと決めつけて、全軍で攻め込んできておるというのか?」
「正直に言って……」
「……その可能性は、極めて高いと思います」
アカリが言い淀んだ不条理な結論を、今度は俺がきっぱりと言い足した。
「そんな馬鹿なことがあってたまるか! ワシらはただ、自分たちの生まれ育った土地を守り、過去に王国に不当に奪われた土地を取り戻そうと必死に戦っているだけなのに……!」
「残念ですが、それすらも王国側が都合の良く解釈して『悪い奴らが攻めてきて土地を奪っている』という風に、勇者たちに伝えて目を歪ませて見せているんでしょうね。向こうの勇者は自分たちを正義の味方だと盲信しているからこそ、容赦がないんです」
「なんてことだ……。ただの、名前の勘違いで、国が滅ぼされかけているというのか……」
亡命者の老人は、今度は自らが絶望で頭を抱えてしまった。
「許せん……! そんな、名前の印象だけで相手を悪い奴だと勝手に決めつけて、話し合いもせず一方的に攻め滅ぼすなど……絶対に間違っている!!」
今まで怒りをジッと溜めるようにして一言も喋らず、地人たちの諍いを止めていたハジメが、ここにきて正義感に満ちた熱い声を張り上げた。
その、あまりにも盛大なブーメラン発言に、俺とアカリは同時に彼を指さした。
「「お前が言うな!!!」」
この世界に召喚された直後、ろくに事情も知らないまま「アイゼンは悪い魔物の街だから滅ぼさなければならない!」と、盲目的に突撃してきた過去を持つ元・王国の勇者のセリフに対し、俺たちは本日一番の息の合った声量で、容赦のないツッコミを叩き込むのだった。




