59話:発見!? 情報の確認
更新日 2026年08月01日 主な変更
:一話抜けていたため追加変更
「うまっ!」
「やっぱり米よね!」
アカリとハジメが、一口食べるごとに悶絶するような声を漏らす。
俺はすでに海洋都市の寿司屋で、酢飯とはいえ一足先に米を食べていたので多少の免疫はあったが、二人にとっては召喚されて以来、本当に久しぶりの米だ。その感動も一入なのだろう。ガツガツと猛烈な勢いで椀が空になっていく。
「いや、初めてだったから不安だったけど、うまく炊けて良かったよ」
俺がほっと一息ついて熱い緑茶をすすっていた、ちょうどその時。ガチャリと鍵が開く音がした。
家主の帰還だ。
「おや、随分と懐かしいにおいを部屋中に漂わせてるねえ」
「あ、ライラさんお帰りなさい!」
「お邪魔してます。ライラさんも食べます? ちょうど今炊き上がったところなんです」
俺は立ち上がり、ライラさんに夕食を勧めた。
「そうだね、そこまで言うなら一つもらおうか」
その言葉に、俺は「じゃあ干物を追加で焼いてきますね」と立ち上がろうとしたが、ライラの手によって制された。
「干物はいいよ。あんなの若い頃に嫌というほど食い飽きたからね。アタシはその漬物だけで十分さ。しかし、米なんてねぇ……わざわざ海洋都市のほうから大金を叩いて取り寄せたのかい?」
「ああ、いえ。取り寄せたっていうか、海洋都市にいる二代目の勇者が、山の中にある田んぼで丹精込めて作ってましたよ」
「グホッ!!」
俺の何気ない言葉に、お茶を飲んでいたアカリが盛大に喉を詰まらせた。
「ゲホッ、ゲホッ……! ゲフッ……!」
「汚いねえ。一応は聖女様なんだろ? 女の子なんだからもっと上品に食えないもんかねえ、この子は」
ライラから辛辣な言葉をかけられるが、アカリは激しくむせ返るばかりで、とても言い返せる状態ではない。
「勇者って……サトウさん、どういうことです?」
今度は、ぽかんとした顔のハジメが不思議そうに尋ねてきた。
「あれ? 言ってなかったっけ。これ、海洋都市で隠居生活を送ってる二代目勇者さんからの贈り物なんだよ」
「言ってないよ!!」
ようやく呼吸を取り戻したアカリが、顔を真っ赤にして抗議の声を上げる。
「まあ、王国から逃げ出したもの同士、あっちで意気投合してさ。他にアイゼンにも日本の召喚者がいるって話をしたら、『じゃあ若い子たちにお土産だ』って持たせてくれたんだ」
「そんなことあるんだ……」
「俺も驚いたさ。なんか妙に本格的な寿司屋があるなと思って入って食べてたら、大将がいきなり『日本はどうだい?』なんて話しかけてくるんだから」
箸を進めながら、俺は土の勇者であるタイショーに出会った時の状況を二人に詳しく話して聞かせた。
「随分、大胆な人ですね……」
「っていうか、異世界に寿司屋って!」
「ああ、ちゃんとした素晴らしい寿司屋だったよ。……ただなぁ。醤油が足りない!」
「わかる!!」
俺の呟きに、アカリが身を乗り出して大きく同意した。
「本当は、このスープじゃなくてお味噌汁が欲しかった。圧倒的に味噌が足りない!」
隣に座っているハジメも、深く、切実そうに何度も頷いている。
「なんだい、その『ミソ』ってのは。さっきから聞いてりゃ『ショウユ』だの何だの」
一人だけ、日本人ではないライラが怪訝そうに尋ねる。
「っていうか、ライラさんはコメの存在を知っていたんですね」
「ああ、昔さ。……この街ができるよりもっと大昔にね、物好きな森人が育ててたのさ。ただ、目的はあんたたちみたいに主食として食うためじゃなくて、飲むためだったけどね」
「飲む? お米を?」
アカリが生米をそのまま喉に流し込むような奇妙な想像をしたのか、顔をしかめて尋ねる。
「なんかまた変な想像をしてそうだねえ。酒さ。発酵させて、酒にして飲むのさ」
「ああ、日本酒みたいなものか……。納得です」
「で、さっきあんたたちが血眼になって求めてた『ミソ』ってのは何なんだい?」
「調味料ですよ。大豆っていう豆を発酵させて、塩なんかと混ぜて作るんです」
「ふうん。発酵ねぇ。……なんかその酒好きの森人が、つまみの肴にしてたドロドロしたものに、作り方が似てるねえ」
「え!? それ、どんな味なんですか!?」
ライラの言葉に、アカリが野生的な勢いでガタッと身を乗り出した。
「知らないよ。アタシは食べたことがないんでね」
「なんで!?」
悔しそうに、アカリが両手でバンッと机を叩く。その尋常ではない執着心に驚き、ライラは若干引き気味に、おびえるように答えた。
「な、なんでってあんた……。ほら、色や形、それに妙な粘り気がね。まさに、その……『アレ』みたいだったからね……。とても口に入れる気にはならなかったのさ」
その、年配の女性が言いづらそうに濁した『アレ』という不名誉な表現。しかし、日本の伝統的な発酵食品の見た目を表す言葉として、これほど合致するものはない。
三人は顔を見合わせ、声を合わせて叫んだ。
「「「それだーーーっ!!」」」
「え、マジ!? 味噌手に入るの!?」
「場所です、サトウさん。まずはその森人の場所を聞きませんと!」
「ライラさん、その人は今どこにいるんですか!?」
アカリの動揺とハジメの冷静な大興奮を受け、俺はライラに問い詰めるように尋ねた。
「知らないよ。さっきも言っただろ、この街ができる前の大昔の話だって。森人だからまだ生きてるとは思うがね。移動していなければここより南の森人の集落にいるだろうけど、とっくに別の場所へ移り住んでいるかもしれないし……」
「むーん。そっか……」
「そう簡単に探すのは難しそうですね」
二人は一瞬で落胆して肩を落としたが、俺の考えは違った。
「なに、味噌の存在――いや、この世界で作られているってことが分かったんだ。それだけでも十分すぎるほどの大発見さ。今まで、あるかどうかすら分からなかったんだからな」
「あ……そっか。ないんじゃなくて、私たちがまだ見つけてないだけだもんね!」
「ええ。探したり、調べたりすれば、いつかは……」
「最悪、その森人に『アレ』の製法を聞き出せれば、自分たちで作れるかもしれないしな」
俺たちはその輝かしい希望に向かって進むことを、互いに力強く頷き合って確認した。そんな俺たちの様子を見て、ライラは呆れたように肩をすくめる。
「そんなに、その『ミソ』とやらが大事かねえ」
「大事ですよ。日本人には特にね。身体はコメと大豆で出来ていると言っても過言ではないですから」
「いや、過言、過言。サトウさん、それはさすがに過言ですよ。成分的に」
ハジメが的確な突っ込みを入れてくる。
「まあ、味噌の話はひとまず置いておくとして。ライラさん、さっきの会合ってどうなったんですか?」
「ん? ああ、さっきあんたが言った『二代目勇者』からの情報の確認さ。ギルド長たちとね。あいつらも年を取ったからって、抱え込んでる知られたくない情報はあまりないみたいだけどねえ」
「え? 二代目勇者からの情報って……何それ? 米のことだけじゃなくて? っていうか、二代目って何?」
アカリが、ご飯を口に運ぶ手を止めて不思議そうに尋ねてくる。
「そういえば、二人は他の勇者の話しや、俺たちをこの世界に召喚した一代目の話は知らないのか?」
「いえ、聞いたことはないですね。アイゼンとの戦に向けて必死でしたから、王国の歴史や内情まではまったく……」
「私も知らない。ほかに勇者がいるなんて、今ここで初めて知ったよ」
「そっか。まあ知ってたからって今すぐ何かあるわけでもないんだけど。あ、ちなみに俺たちは『五代目』の勇者らしいよ」
「五代目ですか? そうすると、過去にも結構な数がいるんですね。なんだか腕が鳴ります」
「いや、鳴らさなくていいから。というか、二代目勇者が言うには各世代に四人ずつ召喚されていて、彼の同世代は全滅したか王国から逃げ出したか。だから、多く見積もっても現在王国に残っている勇者は、合計で八人だろうってところらしい」
「それって、私たちのすぐ上の三代目と四代目ってこと?」
「そう。で、今その『四代目』と思われる勇者たちが、前線から王国へと引き返しているって情報が海洋都市経由で出てるんだ」
「また、大きな争いになるんですか……?」
先ほどアカリが漏らした心配を、ハジメも同じように深刻そうな表情で口にした。
「それは、実際どうなるか分からない。王国が守りを固めるためなのか、それともアイゼンを完全に潰すための準備なのか。まあ、実際に事が動くまでは、こっちはちょっと頭の片隅に気に留めつつも、今まで通りの生活を送るしかないさ」
「そういうことだねえ」
俺の言葉を引き継ぐようにして、ライラがゆっくりと話し始めた。
「こういう物騒な話は、あんたらみたいな子供が心配することじゃない。心配して、裏で胃を痛めながら動くのは私アタシら大人だけで十分さね。まあ、気にするなって言われても無理かもしれないがね。生きてりゃ日々はなんだかんだ仕事や遊びで忙しいんだ、あんたたちは目の前のそっちに集中してりゃいいさ」
そう言って、ライラは小気味よくい音を立てながら浅漬けを食べ、ご飯を口へと運んだ。
「しかし、この米ってのは腹に溜まっていいねえ。サトウ、またあっちの海洋都市に行った際は、ぜひともお願いするよ」
「まあ、あっちの勇者タイショーに頼んでみますよ」
俺はそう言って、残り僅かになったお椀のご飯をきれいに掻き込み、温かいスープを飲み干した。
「はあ、美味かった」
「本当、やっぱり落ち着くのは日本食ね」
同じく満足そうに食べ終えたアカリに、ハジメも深く頷く。
「それじゃ、片付けますか」
俺たちは夕食の締めくくりとして、食卓の前でしっかりと手を合わせた。
「「「ごちそうさまでした!」」」




