57話:極上の獲物は誰の手に?
極上の肉料理に舌鼓を打った翌朝。交代で周囲の警戒にあたりながら、俺たちは無事に何事もなく朝を迎えた。
早朝には、アイゼンの防衛部隊の先遣隊が現地へと到着。周囲の警備を彼らに引き継ぐと、夜通し張り詰めていた護衛兵たちもようやく一息つき、安堵の表情で休憩に入り始めた。
朝食は、昨晩に引き続き天竜鳥の肉を贅沢に使用したスープだった。
じっくりと煮込まれたことで、肉の凝縮された旨味がスープ全体へと惜しみなく溶け出している。それが携帯食の乾燥野菜にもじわじわと染み渡り、野菜本来の素朴な甘みと見事に融合して、驚くほど滋味深い味わいに仕上がっていた。一口すするごとに、長旅と戦闘の疲労が身体の芯からほどけていくのが分かる。
合流した防衛部隊の兵士たちとともに、この絶品スープを味わいながら今後の打ち合わせを行う。
天人からの報せにより、アイゼン本隊から大量の荷馬車を連れた救援がさらに追加で来ることが防衛隊へ伝えられた。それを踏まえ、まずは天竜鳥の巨体によって下敷きになっていた(一部は今も巨体の下に挟まれている)海洋都市からの大切な支援物資を、防衛部隊が乗ってきた荷馬車へ積めるだけ積み込む作業から始めることになった。
全員で手際よく作業を進めていると、やがて平原の向こうから、アイゼンの紋章を掲げた大量の荷馬車を引き連れる巨大な救援部隊が姿を現した。
「ガストン殿! ご無事で何よりです!」
部隊の先頭から、ひと際体格の良い男が声を張り上げながら近づいてくる。
「おお、これはギルド長! なんとも、なんとも……。幸か不幸か、帰路の途中でとんでもない大変な事態に出くわしてしまいましたよ。しかし、まさかギルド長直々に足を運んでくださるとは」
ガストンは親しげな口調で、救援部隊のリーダーへと歩み寄った。
「何を言いますか、ガストン殿。アイゼンの大恩人であるあなたのような人を迎えるのです、私が動くのは当然のこと。……ですが」
「おや、口ではそう言いながら、意識はすっかり別のところを向いているようですが?」
「おっと、これは失敬! とはいえ、ガストン殿も分かっていて言っているでしょう? あそこにある天竜鳥の死骸についてですが、ぜひ冒険者ギルドの方に……」
「おっと、それを決めるのは私ではありませんよ。あの天竜鳥をたった一人で仕留めたのは、あそこにいるサトウ殿です。彼に直接聞いてくだされ」
ガストンが苦笑しながらこちらを指さす。そんな交渉が繰り広げられている間にも、救援の後続馬車が次々と現場に到着していった。
その中の一台から、見覚えのある二人の人物が軽やかに下りてくる。
アイゼンに残っていたはずの聖女と勇者――アカリとハジメだ。
「サトウさーん、来たよー! 何か怪我人が出たって聞いて飛んできたんだけど、大丈夫!?」
なんとも緊張感のないのんきな声とともに、アカリが手を振りながらトコトコとやってきた。とはいえ、この状況で高度な回復能力が使える彼女が来てくれたのは本当に心強い。
「ああ、アカリ、ハジメ、助かるよ。アカリ、怪我人はこっちだ。あと、ハジメはあっちの天竜鳥の巨体を救援の荷台に詰め込む作業を手伝ってもらえるか? 人手がいくらあっても足りなくてさ」
「了解した。オレはそっちの力仕事に向かおう」
ハジメは短く応じると、すぐに防衛隊の男たちが群がる天竜鳥の死骸へと向かっていった。
俺はハジメと別れ、岩陰で楽な姿勢のまま座っているアルバートのところへとアカリを案内する。
地面に座り込んだアルバートを前にして、アカリは小首を傾げた。
「うーん、どんな状態?」
「馬車から激しく弾き飛ばされて、左足を骨折したんだ。同行の回復術師がその場で骨はくっつけてくれたんだけど、まだ安静にしているように言われててね」
「そっかぁ……。じゃあ、今回は『促進』かな?」
そう呟くと、アカリはアルバートの左足に向かってそっと両手をかざした。
淡い聖なる光がアルバートの足を包み込む。本人はおくびにも出さず痛みを耐えていたのだろう。光が収まるにつれて、アルバートの表情が目に見えて和らいでいくのが分かった。
「っと、どうですか……?」
「だいぶん……いえ、全く痛みを気にする必要がなくなりました。さて、と……」
アルバートは慎重に地面へ足を突くと、そのままゆっくりと立ち上がった。その場で何度か足踏みをしてみせる。
「ほう、これは驚いた……。何の違和感もなく、完全に元通り治っていますね。さすがは聖女様、といったところでしょうか」
「いやあ、喜んでもらえてよかったです! 『促進』って普段あんまり使わないから、ちょっとドキドキしちゃった」
「今回はいつもの『治す』じゃなくて、『促進』を使ったのか?」
アカリの独特な言葉選びが気になり、俺は思わず反応して尋ねた。
「だって、一度くっついた骨を無理に最初から治しちゃうと、またポキッと折れちゃうかもしれないでしょ?」
「たし……かに……? いや、どうなんだろう?」
すでに回復術で一度接合しているのだから、その状態を時間的に巻き戻して「治す」と、かえって折れた状態に戻ってしまうということだろうか。さすがに人間の身体でその理屈を実験するわけにはいかないが、この世界の魔法と能力の不思議な仕様として、頭の片隅に留めておこうと考え直した。
そんな思考を巡らせていると、背後からドスの利いた、だが陽気な声がかけられた。
「やあ、君が噂のサトウ君かい。うちの娘がいつも世話になっているようだね」
振り返ると、そこには一目で超一流の戦士だと分かる強靭な肉体を持った男が立っていた。太く逞しく流れるような獣の尾、そして頭の上でぴんと張った二つの尖った獣耳。その容姿を見て確信する。この人が、シャノの父親であり、この部隊を率いてきた人物だ。
「初めまして。ええと、ギルド長……でいいんですよね?」
「ああ、アイゼンの冒険者ギルド長という面倒な役職を押し付けられている、スウェインだ。よろしく頼むよ」
そう言ってガシリと右手を差し出されたため、俺もその手を握り返した。だが次の瞬間、凄まじい握力が俺の手を襲う。なぜか「絶対に獲物を逃がすまい」という、無言の凄まじい圧力が手のひらから伝わってきた。
「さて、サトウ君。単刀直入に言うが、あの天竜鳥の素材のことなのだがね……ぜひ我がギルドに優先的に卸してもらえるよね?」
「あ、圧! ギルド長、圧が強いです! あと普通に手が痛い、痛いですって!」
「おっと、これはすまない!」
スウェインはガハハと豪快に笑いながらパッと手を放し、おどけたように両手を上げてひらひらと振ってみせた。
「あまりの極上の獲物を目の前にして、つい興奮して力が入ってしまったよ。で、どうかな?」
「痛たた……。天竜鳥の件に関しては、アイゼンに戻ってからディルバードさんと相談して決めることになっています。もともと、彼への頼まれ物みたいなものですから」
「ディル爺さんか……! うわぁ、あの頑固ジジイの名前を出されると弱いな……。ふぅむ……」
ディルバードの名前を出した途端、それまでの強気だったスウェインの顔が分かりやすく渋いものへと変わった。
「まあ、俺個人の防具を作ってもらうための素材ですし、これだけの巨体ですから、さすがに余る部分はいろいろ出てくるとは思いますが……」
「よし分かった! その言葉が聞けただけでも十分だ。この件については街に戻ってからまたじっくり考えよう。今はとにかく、王国の件もあることだし撤収を急ぐとしようではないか!」
そう言ってスウェインは自ら腕をまくると、他の兵士たちに負けない規格外のパワーで、楽しそうに積み込み作業へと参加していったのだった。




