56話:空を自由に飛ぶ願いは変わらない
世間話の体をとった情報共有の約束を交わし、方針が無事にまとまったところで、俺たちは天竜鳥の解体作業を再開することにした。
「アルバートさん、どこからどう解体していきましょうか?」
俺が問いかけると、地面に腰掛けたアルバートは少し思案するような顔つきになった。
「そうですね……。当初の予定では、特に重要で高価な部位だけを切り取って、残りの大部分は残念ながらここに残していくしかないと考えていました。ですが、アイゼンからの救援が来ると分かった以上は話が別です。それまでに、明日の馬車へスムーズに載せられる大きさまで効率よく解体することにいたしましょう」
そう言って、アルバートは実演を交えて説明するために立ち上がろうとした。しかし、治療が終わったばかりの足に力を入れようとした瞬間、鋭い痛みに顔をしかめて途中で諦める。
「動いちゃダメですよ! 治療したとはいえ、折れた骨の位置を魔法で無理やり矯正して繋ぎ合わせただけなんですから。まだ安静にしていてください」
そばにいた回復術師のヒスタからも厳しくお叱りを受け、アルバートは観念したように座ったままで、口頭による指示を出すことに決めた。
「頭部については、最悪そのままでも台車に載るでしょう。まずは、一番かさばる翼の解体からしていきましょうか。……確か、護衛の方の中に魔法を使える方もいらっしゃいましたよね? 申し訳ないが彼には一肌脱いでもらって、肉や素材の鮮度を保つために冷却系の魔法を定期的にかけていただきましょう」
アルバートはさすが熟練の職人というべき手際で、次々と解体や保存のための的確な指示を出していく。
その指示に従い、俺は骨の関節や皮の分割位置を詳細に確認しながら、能力をごまかすための短剣を構えた。狙いを定め、見えない『切断』を行い、それに合わせ刃を滑らせるように振り抜いていく。
ザシュッ、という軽い音とともに、天竜鳥の巨大な翼の根元が信じられないほど綺麗に切断されるごとに、周囲で見守っていた護衛兵たちだけでなく、天人の二人からも「おお……!」と地を這うような驚嘆のどよめきが沸き起こった。
「いやはや、さすがですねサトウ殿。天竜鳥の強靭な皮膚や骨を切断するには、普通であれば大の大人たちが何人もがかりでノコギリを引き、一苦労も二苦労もするものなのですが……こうもあっさりと両断してしまうとは」
アルバートからの惜しみない称賛の一声に、俺は心の中で「ちょっとまたやりすぎちゃったかな?」という苦笑交じりの思いが浮かぶ。だが、今さら手加減を模索するのも不自然なので、そのまま何食わぬ顔で作業を続行した。
切り離した一枚目の巨大な翼をみんなで安全な場所へと運び出し、続いて二枚目の翼を同じように滑らかに切断し終えたところで、ちょうどアイゼンへの連絡に向かっていた天人のシンが上空から舞い戻ってきた。
「隊長、ただいま連絡を完了いたしました」
「ご苦労」
着地したシンは、軽く羽をすぼめながら隊長であるセイに詳細な報告を伝える。
「アイゼンへと向かう道中でちょうどアイゼンの防衛部隊と合流でき、場所を正確に伝えておきました。防衛部隊は明日の朝にも到着とのことです。その後アイゼンの冒険者ギルドに伝えたところ荷馬車の調達も含めて、明日の昼頃にはこの場所に到着するとのことです」
「よろしい」
報告に満足げに頷いた天人のセイは、再びガストンの方へと向き直った。
「ベルモンド会長、お聞きの通りアイゼンからの救援部隊は明日の昼頃までにはこちらへ到着するようです」
「本当にありがとうございます、セイ殿。これで、せっかく海洋都市から譲り受けた貴重な物資を、一刻も早くアイゼンへと無事に届けることができます」
「いえ、我々の窮地を救っていただいたのですから、当然のことをしたまでです。――さて、我々も空で他の仲間たちが待っているため、そろそろ行かなくてはなりません」
「そうですか。名残惜しいですが、またいつか、良い世間話ができる日を楽しみにしております」
「ええ、またいつか。では――地上の勇気ある民に、空の祝福があらんことを」
そう言って、三人の天人たちは爽やかに振り向くと、わずかに散開した。そして、ほんの少しの助走ののち、背中の白い翼をダイナミックに大きく羽ばたかせ、あっという間に遥か高みへと飛び去っていった。
「行ってしまいましたね……。私、天人の方が実際に地面から飛び上がるところを、こんなに間近で初めて見ました」
後続の馬車の影で様子を見守っていたリナが歩み寄り、天人たちの去った青空を見上げながら、しみじみとガストンに話しかける。
「ああ。彼らは普段、翼の制約から直接地上で言葉を交わす人すら限られてくるからな。しかし、まさか王国の情報を得るための貴重なパイプラインが増えるとは、存外の、いや、これ以上ない大収穫になってしまったな……」
「そうですね。これであの怪しい王国の動きに対して、アイゼンとしても早めに先手を打つことができそうです」
俺も二枚目の翼を台車へと置き、額の汗を拭いながら二人の会話に加わった。
「しかし、この世界の住人じゃない俺からすると、天人の人たちのあの飛び立つ姿は、何とも言えず荘厳で絵になりますね」
「あら、私だって同じように感動していますよ。地上に住む私たちは、やっぱりみんな少なからず空への憧れを持っているものですから。……あ、そういえばサトウさんの元の世界では、みんなが当たり前のように空を飛べるって、出会ったばかりの頃に言っていませんでしたっけ?」
リナが、俺がこの世界に来て間もない頃に語った世間話を思い出して、悪戯っぽく微笑みながら尋ねてくる。
「あはは、あれは乗合馬車みたいに、ただ大きな機械の箱に乗って運ばれているだけだから、自分の意志で自由に風を切って飛ぶのとはやっぱり別物だよ。元の世界でも、自分の意志で自由に空を渡れるのは、特殊な訓練を受けた一部の人だけさ。まあ、その訓練をクリアして、飛ぶための専用の機械を持てば『誰でも飛べる』とは言えるかもしれないけどね」
「まぁ……それでも、本当に羨ましいお話ですわ」
そう言って、リナは改めて天人たちが消えていった遠い空の彼方を、どこか夢見るような目で見つめていた。
天人たちとの一連のやり取りに区切りがついたところで、ガストンが気持ちを切り替えるように手を叩き、周囲の護衛たちに向けて大きな声を張り上げた。
「さて、救援を待つ関係上、今日はここで急遽野営をすることになるだろう! そこでだ、サトウ殿。天竜鳥という魔獣は、その肉もまた天下一品の絶品だと噂に聞く。……もしよければ、今日の夕食にそのお肉を少し分けていただくことはお許し願えるだろうか?」
「もちろんです! むしろ、俺が一人でこんな巨体を持っていようとしても宝の持ち腐れですし、早く消費しないと本当に腐らせてしまいそうですからね。そんなに絶品だというなら、ぜひみんなで美味しく食べて、ついでにアイゼンへ持ち帰る荷物の総量も減らしてしまいましょう!」
そんな俺の気前の良い宣言に、周囲の護衛兵たちから「うおおおっ!!」「サトウ殿、最高だ!」と割れんばかりの歓声が巻き起こる。
「さあさあお前たち! ただで極上の肉を譲ってもらうだけでは男がすたるぞ! サトウ殿にしっかり協力して、全員で解体作業を手早く終わらせようではないか! そして今夜は、その絶品の肉を腹いっぱい味わおう!」
ガストンの見事な扇動により、護衛たちの士気はこれ以上ないほど最高潮に達した。
「ははは、現金なものだなぁ。まあ、これで俺も力仕事が楽になるし、何より美味い肉は楽しみだ。それじゃあ皆さん、しっかり作業を進めていきますか!」
――その日の夕食が、ガストンの宣言通り、そして一同の期待を遥かに超える、この世のものとは思えないほどの極上の旨味が詰まった絶品の肉料理に彩られたことは、言うまでもなかった。




