54話:職人としての願い
「さて、と……」
まずはこれから解体作業を始めなければならないのだが、この山のような巨体を前にして、俺は腕を組んで考え込んでしまった。果たしてどの部位が一番価値があるのか、そもそもどうナイフを入れればいいのかがさっぱり分からない。ならば、その専門家に聞くしかないだろう。そう判断し、俺は先ほど投げ出されたアルバートを探しに行くことにした。
天竜鳥の巨体の裏側に回り込み、彼らが距離を取ったと思われる方向へ視線を向けると、遠くから化け物の死骸を見つめたまま立ち尽くす護衛兵と、その肩に寄りかかるようにしているアルバートの姿を発見した。どちらの表情も、やはりガストンと同じように魂が抜けたかのようにあっけにとられている。
「アルバートさん、無事ですか!?」
急ぎ足で駆け寄り、安否を確認する。
「え? ああ……サトウ殿。これはいったい、何が……」
「まあ、なんやかんやありまして、ひとまず無害化しました。で、その……さっそく解体を手伝ってもらおうかと思ったのですが。……その足」
声をかけた俺は、アルバートの左足を見て顔をしかめた。よく見ると、彼の足はあり得ない角度へと不自然に曲がっている。
「どうやら、荷台から投げ出された際に激しくやってしまったみたいですね……」
「大事じゃないですか!」
「なあに、最大の脅威はすでにいなくなったのです。これならゆっくり治療させてもらいましょう。まずは、後続の馬車へ集合いたしましょうか」
痛みをこらえたような、しかし笑顔でアルバートは提案する。
「あ、はい。……肩、貸しますね」
「ありがとうございます」
俺はアルバートの腕を自分の首に回し、半ば二人で担ぎ上げるような形で、ガストンたちの待つ後続の馬車へと運んでいった。
「アルバート! 無事だったか!」
ガストンが悲痛な声を上げる。
「旦那様、ご心配をおかけしてしまいましたようで……」
「なに、生きていることを喜ぼう。まずはその足の治療だな。ヒスタ、アルバートの治療を頼む!」
ガストンがすぐに同行していた回復術師に声をかけ、アルバートの治療を促す。しかし、アルバートはそれを手で制した。
「ああ、治療なのですが、できればあの天竜鳥のすぐ近くで行っていただけますか? 治療をしてもらっている間に、サトウ殿に解体の手ほどきをしてしまいたいのです」
「そんな、無理をせず安静にしておいた方が……」
彼のそのあまりに職人気質な献身ぶりに、俺は思わず遠慮してしまう。だが、アルバートは不敵に笑った。
「フフッ。無理などではないのですよ、サトウ殿。これほどの極上の獲物を前にして、遠くから指をくわえて眺めておくなど……職人として一生後悔してしまいます。非常に希少な魔獣ですから、天竜鳥についての知識は多少足りないところもありますが、ぜひ手伝わせてください」
「わ、わかりました……」
アルバートの並々ならぬ力強い眼光に気圧され、俺は渋々ながらも納得した。
再びアルバートを天竜鳥の死骸のすぐ前まで運び、痛む足をそっと伸ばすように座らせ、そこで回復術師による治療を開始してもらう。
「素晴らしい……」
間近で見る巨体を前に、アルバートがうっとりとした声を漏らした。
確かに、首を失って崩れ落ちたとはいえ、この白く輝く美しい巨体は圧巻の一言に尽きる。
「圧巻ですね。本当に、これがさっきまで空を飛んでいたと思うと……」
全体的なサイズに対して、肉体の線は意外なほど細い。しかし、その骨格や筋肉のラインはどこをとっても力強く鋭く、そして一切の無駄がない。まさに「空の王者」と称されるにふさわしい凄まじい貫禄だった。
「さて、どこから手を付けましょうか?」
「そうですね――」
アルバートが何かを言い合おうとした、その瞬間。バサッと、上空から非常に大きな複数の羽音が耳に飛び込んできた。
振り返ると、背中に大きな白い翼を背負った三人の人影が、風を巻き起こしながら俺たちのすぐ背後へと着陸するところだった。
天人だ。
「初めまして、我々の窮地を救ってくれた地上の人よ。私はスイ・セイ。一族を代表し、心からの感謝を」
先頭に立つ美しい天人が、気品のある所作でこちらに一礼する。あまりに急すぎる展開と高潔なオーラに、俺は完全に動転してしまった。
「あえ、ええと……サトウです。どういたしまして……って、ガストンさーーん!!」
処理しきれない事態に耐えかね、俺は情けない声を上げながら、遠くでまだ固まっているガストンへと全力で助けを求めたのだった。




