52話:海人のコンサート
海洋都市に戻ったのは昼前だった。
活気あふれる城壁の門をくぐったところで、タイショーと別れの挨拶を交わす。
「またいつでも来てくれよな」
「ええ、必ず。今度はアイゼンにいる他の二人も連れてきますよ」
「おう、楽しみに待ってるぜ」
そう言って、お互いの手のひらに力を込めて固い握手を交わした。別れた後は、抱えた二十キログラム近いコメの入った紙袋の重みを感じながら、いったん拠点としている宿へと戻ることにする。
部屋の扉を開けると、ちょうどリナが机の前で両手を上に突き上げて背伸びをしているところだった。
「ただいま。仕事の方はどう?」
抱えていた米の袋を床にそっと置きながら確認する。
「あ、お帰りなさい! ちょうど一区切りついて、ひと段落したところです。サトウさんはどうでした?」
「時間もちょうどいいし、これから昼食をとってから海人の歌でも聞きに行こうかなと思ってさ」
「まぁ、海人の歌ですか! 私も書類の処理に区切りがつきましたし、もしよければご一緒しても?」
「もちろん。一人より二人の方が楽しいしね」
宿に待機している他の護衛のメンバーに一言伝言を頼み、俺たちは連れ立って再び街へと繰り出した。
ひとまずは昼食をどうするか話し合う。せっかくならこの街らしいものがいいなと漏らすと、リナが目を輝かせた。
「それなら、いろいろ見て回るのにぴったりな、凄くいいお店がありますよ!」
そう言って彼女が案内を申し出てくれた。リナに連れられて向かった通りには、多種多様な飲食店が軒を連ねており、その中の一軒の屋台のような店の前で彼女が足を止めた。
「おじさん、二つお願い!」
手際よくお金を支払うリナ。
「あいよ、毎度!」
どうやらこの店はメニューがその一種類しかないらしい。それだけに店主の手際は恐ろしく素早く、あっという間に「熱いから気をつけろよ!」と、油が染みた二つのコーン状に折られた包み紙を渡してくれた。
手元でまだしっかりと熱を保っている包み紙を覗き込む。中にはたっぷりの細長いポテトのフライと、その黄金色の芋に囲まれるようにして、大ぶりの何らかのフライがおさめられていた。
その出来立てのフライに、リナが普段の清楚な雰囲気からは想像もつかないような豪快さでガブリとかぶりつく。
ハフハフと息を漏らす彼女につられるようにして、俺も同じようにフライにかじりついた。
サクッとした小気味よい衣の食感の後に広がったのは、驚くほど柔らかくジューシーな白身魚の旨味だった。ポテトのフライの香ばしい匂いが衣に移っており、その独特なおいしさを香りの面からも極限まで引き立てている。
「んっーー!」
口いっぱいに含んでいるからそれしか声が出ないが、限界まで見開いた俺の表情から、これがどれほど美味しかったかは十分にリナへと伝わったようだ。
「ふふ、結構いいでしょ?」
リナは嬉しそうに微笑むと、添えられているポテトを指でつまんで口に運ぶ。
「このお店、お魚はもちろんだけど、ポテトが特に美味しいの」
そう言われて、自分も揚げたてのポテトを一本口に放り込んだ。
さっくりとした絶妙な感触のあと、イモ本来の甘みと香ばしさが口いっぱいに広がる。
「確かに……! 油がいいのか、それともポテトの切り方がいいのか。いや、絶妙な塩加減も素晴らしいし、いいところが多すぎるな、これ」
「でしょ? この街に来たら、私は一度は必ずこれを食べることにしているの。それに、いろいろ見て歩きながら食べるのにちょうどいいから」
食べ歩きを楽しみながら街をゆく彼女の姿を見て、商会の娘だけあって新しいものに対する好奇心が旺盛なんだなぁ、と改めて感心してしまう。
その後も、リナの丁寧な案内を受けながら、徐々に潮風が強くなる漁港のエリアへと向かっていった。
漁港の最奥、ゴツゴツとした岩場が剥き出しになっている一角に、ひと際大きな人だかりができているのが見えた。そして、まだ距離があるというのに、遠くからでもはっきりと伝わってくる美しい歌声。その歌声は、聞く人すべての心を強烈に魅了するかのような艶やかな音律となり、耳へ、そして脳へとダイレクトに伝わってくる。
「すごいな……。これだけ人が集まるのも納得だよ」
「海人ならでは、ですよね。彼女たちはこの広大で遮るもののない海原で、遠く離れた他者に思いを伝えるためにその声の力を使いますから」
「なるほど。海人は陸の上みたいに集団行動をしたりはしないのか?」
「どうなんでしょう? ただ、陸の上のように目で直接情報を確認するには、水中だと色々と限界があるのではないかなって思います」
「ああ、だから視覚じゃなくて『音』が発達したのか」
そんな納得の会話を交わしている間に、次の曲が始まった。
先ほどとは別の海人がきらめく海面上へと姿を現す。見れば、彼女は陸人とは異なる複数の手を器用に操り、見たこともない形の弦楽器を爪弾いていた。その独特で激しい音色に乗って、次は先ほどの艶やかなものとは一転し、胸を焦がすような力強い歌が始まる。
さらに、別の場所の水面下から流れる、腹の底にビリビリと響くような重低音が彼女の歌を支えだした。彼女はその大音響の伴奏を背に受け、堂々と熱唱する。
そして歌が最高潮に達したその瞬間、彼女の背後の海面が爆発したかのように大きく盛り上がった。
現れたのは、歌い手の何倍もの体躯を誇る、巨大な体を持った海人の男だった。男は空中で全身の筋肉を躍動させ、腹に響く重低音の衝撃波を周囲に撒き散らしながら、豪快なバク転中返りを披露してみせた。
ザッパァァァン!! と激しい音が響き渡り、降ってきた巨大な水しぶきを気にも留めず、周囲の観客たちからは割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。街全体が熱狂に包まれる瞬間だった。
「い、いまのは……!?」
唖然とする俺に、リナが水滴を拭いながら声を張る。
「海人の中でも、特に巨大な種族の方ですね! 先ほどから周囲に響いていた音楽のベースを生み出している重低音も、あの彼の演奏によるものなんですよ!」
ダイナミックすぎる彼らのライブパフォーマンスを目の当たりにして、自分たちが「陸人」と呼ばれ、区別される理由を心から再認識させられた。
陸に猿人や獣人、森人がいるように、あの深く青い海の中にも、同じように多様で壮大な世界が広がっているのだろう。
「しかし、観客は大喜びだけど……」
「……ええ。私たち、結構濡れちゃいましたね……」
頭から大量の海水を浴びて、服から雫を滴らせているお互いの哀れで滑稽な惨状を見つめ合いながら、俺とリナはどちらからともなく、おかしそうに苦笑しあったのだった。




