51話:見たことのない懐かしい光景
鬱蒼とした森を突き抜けたその先で、俺の視界は一気に開けた。
そこに広がっていたのは、大地の起伏に沿って美しく、そして幾重にも折り重なる見事な棚田の光景だった。
季節としてはすでに収穫が終わっており、今はなだらかな段々畑の地形が残るのみ。だが、もし春や夏にここを訪れていたなら、なみなみと水を張った田に青々と植えられた美しい稲や、秋の風に吹かれて黄金色に輝く階段のような絶景が見られたことだろう。ただの土の斜面をここまで変貌させた光景は、またその時期に必ず来ようと思わせるほどの圧倒的な魅力に満ちていた。
「どうだ?」
これ以上ないほどのドヤ顔を見せるタイショーだったが、まったくもって文句のつけようがない。
自分がアジトの裏庭でちまちまとやっている家庭菜園とは、規模も洗練さも何もかもが違いすぎた。
「すごい……」
言葉を失った俺の口からは、かろうじてその一言だけが絞り出される。
「自分の能力で一体何ができるのか、どこまでやれるのかを死ぬ気で研究してな。今じゃあ、苗を植えるところから収穫の刈り取りまで、ほぼ全自動だぜ?」
タイショーはそう言いながら、足元に何気なく生えていた草を能力で田んぼの中心へとで移動させた。そして、また滑らかに元の位置へと戻してみせる。
「な? まったく、能力様様だぜ」
その軽口に対しても、俺はただただ深く頷くことしかできなかった。
いくら強力なチート能力が与えられたとしても、この荒れた斜面をここまでの大農地に変える作業には、並々ならない努力と歳月があったはずだ。それはもう、元の世界の故郷に対する「執念」としか思えないものだった。
「すごい」
同じ言葉を、もう一度呟いてしまう。
「よくここまで……」
「まあ、時間はたっぷりとあったからな。そういった意味じゃ消費できないほどの情報があふれている現代社会じゃなく、技術も情報も何もないこっちへ来たからこそ成し遂げられたってのもあるかもな」
「ああ、確かに。それは分かる気がします」
自分自身、たっぷりとある時間と能力で石や木を削って実用的な小物を作ったりしている。この世界で数年も過ごせば、ここまで壮大ではなくとも、他人を心の底から驚かせるようなものを作り出しているかもしれない。
「よし、それじゃあコメを取りに行かないとな」
タイショーはそう言うと、棚田から少し離れた岩山の斜面に向かって歩き出し、何の変哲もない岩肌がむき出しになった場所で歩みを止めた。
「開け、ゴマ! ってな」
おどけた言葉とともにタイショーが手をかざすと、ズズズ、と地響きを立てて岩肌が横へとスライドした。そこには、綺麗に整えられた人工的な洞窟が隠されていた。
「これも作ったんですか?」
「ああ、農地をここにしたのも、この岩山と土がいい感じの配置であったからだな。何とか加工して、保管庫として仕上げたってわけだ。正直、田んぼを作るよりこっちの洞窟をくり抜いて整える方が苦労したかもな」
苦笑いする彼に続いて中に入る。
内部は岩を滑らかにくり抜いたような空間で、ひんやりとした天然の冷気が心地よく漂っていた。右側の壁にはよく分からない奇妙な窪みがあり、左側の壁には頑丈な木の棚が整然と置かれている。その棚の上には、米と思われる物が詰められた紙製の袋が、いくつも丁寧に積み重ねられていた。
タイショーはその紙袋を一つ手に取ると、「ほいよ」とひょいっと俺に向かって投げてよこした。
おいおい、大人が気軽に投げ合っていいサイズじゃないだろ、とは思いながらも、強化された身体能力のおかげで危なげなく両手で受け止める。
腕にズシリと感じるその確かな重みは、だいたい十キログラムといったところか。
「今年採れたばかりの新米だぜ。まあ、一袋でだいたい十キロだ」
重さを確かめている俺に、タイショーが予想通りの数値を言ってくる。とはいえ、この状態で保存されているということは……。
「これ、もしかして玄米ですか?」
俺が確認すると、精米の手間を想像して少し頭が痛くなった。元の世界で昔見た記憶では、一升瓶に米を詰めて棒でザクザクとひたすら突いていく、あの気の遠くなるような作業だったか。手作業でやるとなると、結構な重労働だ。
「おおっと、そうだったな」
タイショーは俺の表情を察してニヤリと笑うと、棚からもう一袋を担ぎ上げ、反対側の壁にあったあの不思議な窪みへと豪快にコメを流し込んだ。すると、窪みを塞ぐように重厚な岩の板がゴゴゴと下降し、洞窟の奥から重低音の駆動音が響き始めた。
「何ですか、この音は……?」
「ん? ああ、精米してるのさ。これの仕組みを作って思い通りに動かすのに、本当に時間がかかってなぁ」
「動かす?」
「石や岩を細かく動かすのと同じ要領さ。この窪みの中で平らな石を高速回転させてな、土を動かして作った強風をぶつけることで、摩擦と風圧で綺麗に精米してるのさ」
身振り手振りを交えて細かい構造を熱心に解説してくれるが、もはや能力の使い方の次元が、俺の「コップ一杯」の認識を遥かに超越してしまっている。確かに、畑を作るよりこちらに時間がかかったという言葉にも、大いに頷けた。
「まあ、こんなもんか」
やがて駆動音が止まると、タイショーは隣にある、下部が突き出た穴の下に新しい紙袋をセットした。直後、さらさらと小気味よい音を立てて、精米が終わったばかりの、白く美しく輝くコメが紙袋の中に納まっていく。
「これで良し。そっちの玄米は、まあ街に戻ってから上手くやってくれ。長期保存するなら、間違いなく玄米のままの方がいいだろ?」
「そうですね、頑張って手作業で試してみます」
本当に手作業でやるのか……という一抹の不安を抱えつつも、手に入った最高のお土産の重みを感じながら、俺たちは充実した面持ちで帰路に就くことにした。




