50話
「よう、おはようさん」
朝、清々しい空気の満ちる城門前に向かうと、すでにタイショーが腕を組んで待っていた。
「おはようございます。いや、本当に早いですね」
一般的な店が始まる前、まだ遅い人ならようやく朝食を食べ始めていそうな時間だ。
「まあ、最初は人が少ないほうがいいからな」
そう言って手際よく城兵たちの確認を終え、俺たちは城門の外へと出た。
「それに、場所も結構遠そうですしね」
「なあに、そんなに時間はかからねえさ。用事を早く済ませて、午後は南の漁港で海人の歌でも楽しんでいけばいい」
「え、本当にいるんですか?」
「港街だぜ。海人達とも交わる場所でもあるんだ。気のいい奴らで陽気に歌ってるから一度は見ておいたほうがいい。――っと、ちょっと走るぜ。ついてこれるか?」
城門から少し離れた場所でそう言いながらも、タイショーはすでに移動を開始していた。一般の人からすれば、目を見張るようなかなりの速度だ。
「まあ、何とか……。やっぱり、勇者の身体能力自体がすごいですよね」
「それな! これのおかげで、畑仕事でも何でも随分と助かったぜ」
「わかります。本当に助けられました」
俺は、あの王国軍の襲来を知らせるためにアイゼンまで全力で走った時のことを思い出す。レベルの上昇によるものだろうか、これによって身体が大幅に強化されていなければ、あの時も防衛対策を練る余裕はもっと少なくなっていただろう。
周囲の草木が徐々に深くなり、背後の城門や兵士の姿も遠く豆粒のようになった頃、タイショーは滑らかに速度を緩め、歩みを止めた。
「ま、この辺でいいだろ」
その言葉とともに、タイショーが地面に軽く足を打ち鳴らす。すると、地中から人が上に立てそうな手頃な大きさの平らな石が、二つニョキッと出現した。
「それじゃ、その石に乗ってくれ。落ちるなよ?」
言われるがままに石の上に立つと、不意にその位置のまま、ゆっくりと、だが確実に前方へと動き出した。
「え!?」
驚いたのは、石が動いたことに対してではない。石の進行方向の地面が、まるで意思を持っているかのようにめくり上がり、綺麗に二つに割れてその間を俺たちの乗る石が滑るように進んでいくのだ。振り返ると、通り過ぎた後の地面は何事もなかったかのように元の平坦な状態に戻っている。
そして、その移動速度はグングンと上昇していった。馬車よりも、下手をすると元の世界の車のように速い。
「えぇ……?」
「よし、ちゃんと乗ってるな」
俺の困惑をよそに、タイショーは顔を横に向け、並走する俺に対してニカッと笑顔を浮かべる。
「な? これならあっという間だろ」
「チートじゃん!」
俺の盛大な文句に、タイショーがあきれたように眉を寄せた。
「お前が言うな。詳しく探るつもりはねえが、その身体能力。コップ一杯の水が出せるからってだけで身につくわけねえだろ」
「……」
その言葉に、見事に図星を突かれた俺は何も言い返せなかった。
「まあ、今はこの山と海に挟まれた長閑な平地に広がる農地を楽しんでくれ」
タイショーはそう笑うが、楽しむ間もなく、あっという間に開拓の手が入っていない鬱蒼とした森が目前に迫ってきた。しかし、そんな緑が生い茂る森もお構いなしに、盛大な音を立てながら、まるでモーセが海を割るかの如く、大地を激しく割りながらそこを疾走していく。
だが、その森が割れる凄まじい音の中に、別の異音が混じった。
――魔獣が吠える声だ。
割れた大地の隙間に飛び込むようにして、左右、そして正面から複数の魔獣が一斉にとびかかってくる。
石の急な減速の衝撃に耐えながら、俺は即座に腰の短剣を抜き放ち、眼前の魔獣に対し振り下ろした。一匹目を能力による『切断』で瞬時に両断したのを確認し、すぐさま二匹目に対しても短剣を振るう。
素早く二匹に対処し、残りの魔獣はと反対側へ視線を向けると、そこには驚くべき光景があった。地面から鋭くせり上がった土製のスピアに、残りの魔獣が三体まとめて串刺しにされ、完全に処理されていたのだ。
「「おっかねえ……」」
目の前の惨状を見た二人の口から、全く同時に同じ言葉が漏れ出た。
「何か隠してるとは思ってたが、お前、戦闘に関してもそこまでやれるとはな……」
「いやいや、防御や移動だけじゃなく、普通に攻撃まで完璧に行けるって、それこそ……」
「「チートじゃん……」」
そして声をそろえて互いに言い合い、どちらからともなく苦笑いを浮かべたのだった。




