47話
「タイショーだ。今はそう名乗っている。……一応確認だが、あんた、勇者だよな?」
「サトウです。……あなた『も』、ですか?」
「ああ、俺『も』だ」
張り詰めていた短い緊張の後、どちらからともなく、ふぅ、と深い息を吐き出した。お互いに腹の探り合いをする必要がないと瞬時に察したのだ。
「ああ、遠慮せず食ってくれ。美味いだろう?」
タイショーが俺の手元に残った一貫を指差す。俺は遠慮なくそれを口に運び、咀嚼して飲み込んだ後、確信を込めて告げた。
「ええ、めちゃくちゃ美味いです。……しかし、やっぱり醤油が足りない」
「それだァ!」
タイショーがバン、と激しく膝を叩いた。その顔は、長年求めていた理解者にようやく巡り会えたような歓喜に満ちている。
「魚、コメ、そこまでは執念で形にした! だが圧倒的に醤油が足りない! サトウ、もし旅の途中で醤油似た物を見つけたら、いや、見つけなくても何らかの製法や情報の噂を掴んだら、すぐに俺に連絡をくれ!」
「もちろんです。醤油があれば、この寿司はまさに完成しますからね。全力で探しますよ」
「ああ、頼む! ……って、そうじゃない、そうじゃない。本題を忘れるところだった」
タイショーは頭を振ると、自分で持ってきていた湯呑みのお茶をずずっと一杯すすり、真剣な目をこちらに向けた。
「今、王国がどうなってるのかが聞きたいんだ」
「どうなってる、と言いますと?」
「その前に、そもそも本当に勇者、なんだよな? ……いや、サトウは何代目だ? って言っても、来たばかりじゃ分からないか……」
タイショーはもう一度お茶をすすり、少し考えるように視線を落とした。
「……よし。まずは、俺の話からしていった方が状況が分かりやすいし、あんたも話しやすいかもしれんな」
そう言って、タイショーは自分がこの世界に召喚され、そして王国から逃げ延びるまでに起こった波乱の半生を、静かに語り始めた。
「まず、俺は『土の勇者』だ。端的に言うと土を動かせる能力だな」
タイショーは自身の大きな手のひらを見つめながら言った。
「あ、俺は『コップ一杯の水の勇者』です。コップ一杯分の水が出せます」
そう言って、俺は飲み終えた自分の湯呑みの上の空中に、能力で水を生成し落としてみせた。
「だはは、なんだそりゃ!」
「笑わないでくださいよ! このしょぼい能力のせいで無能扱いされて王国を追放されたんですから」
「すまん、すまん。いや、だがむしろ大当たりのラッキーな部類じゃねえか。あのイカれた国から五体満足で放り出してもらえたんだろ?」
「それは……否定はできないですね」
そう答えて、俺たちは王国の身勝手さと理不尽さに苦笑いを交わす。
「俺のこの土の能力は、大学の作業中に土砂に飲まれたのが原因だろうな」
「大学の作業で、ですか?」
「ああ。農業系の大学に通っててな。傾斜地にある農地の実地作業中、運悪く地震でそこが崩れちまってよ……」
「うわー、それは……大変でしたね」
「ああ、大学には本当に申し訳ないことをした。今でも心苦しいよ」
「いやいや、そこは自分の心配をするところでしょ」
「いや、俺が危険な場所だって分かっていながら、のほほんと作業してたせいだからな。大学の今後の評判とか予算とかを考えると本当に胸が痛む。あの時は、土砂をかき分けてでも意地で生還してやろうと思ってたんだがな」
タイショーは本気で大学を心配するように、ふぅと深いため息をついた。
「で、気が付いたら、見たこともない変な部屋で目を覚ましたんだ。なんか周りの神官だか役人だかの奴らが、やたらと驚いた顔をして俺を見ていたな」
「自分の時はそこまで驚かれませんでしたね。部屋の外にポイッと放り出されたくらいで」
「どうも、俺たちが召喚された時は『二代目』だったらしいからな」
「達?」
俺の疑問に、タイショーは頷く。
「ああ。俺の他にもう三人、一緒にその辺の床に転がってたりしたからな。話によると、どうやら『一代目』の日本人が、この世界で俺たちを召喚する能力を得たらしいんだ」
「それは……怒ればいいのか、死んだ俺たちを召喚してくれたことに感謝すればいいのか、複雑ですね」
「難しいところだな」
二人して渋い顔でお茶をすすっていると、部屋の外から引き戸を叩く音が響いた。
「タイショー、できましたよ。開けていいですかい?」
「ああ、構わんぞ」
「では失礼して」
店員が扉を開け、注文された大皿に乗った寿司をテーブルへと置いた。ついでに新しく淹れ直した湯呑みも並べてくれる。
「では、ごゆっくり」
「おう、ありがとな。……っと、まあ遠慮せず食ってくれ。こっちも勝手に食いながら勝手に話すからよ」
「それじゃあ、ごちそうになります。いただきます」
俺は並んだ寿司に目を落とした。タイショーが「ちなみに、出汁巻き卵には自信がある」と胸を張る。
「寿司じゃねえのかよ」
「よく分からん異世界の魚の寿司に、最初から自信があるって言われても困るだろ?」
「たしかに……?」
俺は手前にある綺麗な白身魚の寿司を手に取りながら、「それで、召喚された後はどうなったんですか?」と先を促した。
「ああ、そうだった。召喚された後は、すぐに『隣国と戦争中だから助けてくれ』と言われてな。無理やり戦闘訓練をさせられて、あっという間に戦場に放り出されたよ」
「え? なんか随分と雑くないですか?」
「実際雑だったし、思い出したくもないから雑に語ってるってのもある。あの時は人殺しなんか真っ平御免だったから、俺の能力で塹壕と土壁ばっかり作ってたなあ。おかげで味方の負傷者が激減して、かなり勝ち進んじまったのは、喜べばいいのかどうか……」
「複雑ですね……。あ、このタマゴ、マジでうまいです」
「だろ? この出汁を作り上げるのには相当の力を入れたからな。……まあ、戦の方も力を入れた結果、最後はとんでもねえやばい状況に陥ったんだがな」
「やばい状況?」
タイショーの顔から笑みが消える。
「いや、普通に考えろよ。魔法があるこの世界で、ちょっと特殊な能力があるからってそんな無敵になれるわけねえだろ。こっちはただの素人だぞ?」
「それは、まあ……」
「相手国の逆鱗に触れたのか、前線の限界を超えたのか、マジで火の玉の雨あられが降ってきたんだ。こっちは生身の人間だっつーの! 焼かれたらその部分が使えなくなるか、最悪一瞬で死ぬんだよ!」
「回復魔法とかは使えなかったんですか?」
「そんな高度な魔法を使えるやつなんざ一握りで、全員後方の安全圏で待機だよ。前線で泥をすすってる俺たちの治療に回ってくる余裕なんてあるわけねえだろ」
「あ……回復できる勇者や、聖女はいなかったんですね」
「そんな都合のいい奴いるわけねえだろ」
「いや、いましたよ。俺ん時の召喚された中に。瞬時に骨折も欠損も治してましたし、場合によっちゃあ蘇生もできるんじゃないかなってレベルの聖女が」
「チートじゃん!!」
「それは全く同意します」
タイショーは羨ましそうに天を仰いだ。
「まあ、俺の時にはそんなチート野郎なんて居なかったからな。そもそもこの戦い自体に疑問もあったし、いよいよ自分の命が危なくなった。だから、すでに爆撃で焼かれて死んでいた身元不明の死体を俺の能力で地中に埋めておいて、上手くその真上にでっかい火の玉を喰らうように敵を誘導したんだ。で、爆発の煙に紛れて自分の体と死体を入れ替えたってわけさ。あとはそのまま地中を掘り進んで王国から脱走ってところだ」
そう言ってタイショーは一息つき、満足そうにお茶をすすった。




