45話
街中に入ると同時に、ガストンは目まぐるしく仕入れのための行動を開始した。
その引き締まった横顔を見ていると、彼がただの優しいおじさんではなく、修羅場をくぐってきた一線の商人なのだと実感させられる。
「サトウ殿、申し訳ないが私たちはこれから戦後の物資調達のために各所を駆け回らねばならなくてね。案内する余裕もないのだ。サトウ殿はどうされるかね?」
聞けば、連れてきた護衛の半分はガストンの警護に同行し、残りの半分は自由行動にするらしい。リナも父親の補佐として書類を抱え、すでに忙しそうにペンを走らせている。
「俺は自由行動で構いませんよ。せっかくの海洋都市ですし、ぶらぶらと見て回ります」
「そう言ってもらえると助かる。では、今晩の宿はここにしてあるから、時間になったら集まってくれ」
そう言ってガストンから手書きの地図を渡された。
「リナ、一応この場所であっているか確認してもいいか?」
「ええ、合ってるわよ。大通りの突き当たりを右に曲がってすぐのところにある『潮風亭』ね」
手書きの地図の距離感や目印は人によって大きくズレることがあるため、前世の営業職時代の癖で、できるだけ複数の人にダブルチェックしてもらうようにしているのだが、リナが問題なしと太鼓判を押してくれたのなら安心だ。
俺はその地図を懐にしまい、さっそく海洋都市の散策へと繰り出した。
目的地は決まっている。ひとまずは海だ。
港へ向かうと、そこは実に見事に整備された空間だった。遠くから見つめた通り、数隻の巨大な帆船が堂々と係留されている。
「よく考えれば、本物の帆船を見るのなんて初めてだな……」
思わずそんな呟きが漏れる。前世のテレビ画面越しではない、潮風にたなびく巨大な白帆とウッドデッキの迫力は凄まじい。しかし、大型船の周囲はクレーンや大荷物を抱えた労働者たちでごった返していた。下手に近づくのは邪魔になりそうなので、少し離れたエリアへと移動する。
どうやら漁船の係留所は別に分かれているらしく、そちらの朝の喧騒はすでに一段落しているようだった。海面に目を向けると、小さなボートの上でのどかに釣りをしている人たちの姿が見える。
「そういえば……」
ふと、自分の腹をさすった。時計はないが、太陽の位置からしてもちょうどいい時間だ。
「昼食はどうするかな。せっかく海に来たんだから鮮魚、それこそ『刺身』なんてものが食えれば最高なんだが……」
異世界の調理法だと生食文化があるかどうか怪しいが、淡い期待を抱きながら港の通りを適当に歩く。
すると、とある建物の前に置かれた立て看板が、突如として俺の視界に飛び込んできた。
『すし』
脳の処理が一瞬バグる。平仮名だ。
しかも、掠れた墨の風合いといい、独特のハネといい、前世で見慣れたいかにも和食の「寿司屋」って感じの形をした二文字だった。
(いや、落ち着け。たまたま形が似ているだけの異世界文字かもしれない。それか、何かの魚の絵や記号がそう見えているだけかも……)
必死に理性が言い訳を探すが、日本人のDNAが刻まれたこの眼が、それを見過ごすことなどできるはずがなかった。
俺はまるで不可視の糸で引っ張られるように、その立て看板が掲げられた店の中へと、吸い込まれるように足を踏み入れた。




