44話
旅は至って順調に進み、二日目の夜はさらさらと流れる川のそばで野宿となった。
夕食は、久しぶりとなるリナの手料理だ。初めて会った盗賊のアジトで、彼女が緊張しながら振る舞ってくれたあの料理が、もう遥か昔のことのように感じられる。
今回はあらかじめ長期の旅が予定されていたこともあり、馬車には十分な食材が積み込まれていた。リナが手際よく仕上げた温かい食事が、旅の仲間たちの疲れを優しく癒していく。
※ ※ ※
翌朝も、荷馬車は快調に街道を進んだ。
次第に周囲の木々が減り、視界が開けて広大な平地が広がり始める。それと同時に、遮るもののなくなった風が、心なしか強く吹きつけてくるように感じられた。
そしてその風に乗って、前世の記憶にある、懐かしい香りが鼻腔をくすぐった。磯の香り――海の匂いだ。
その匂いに誘われるようにしてさらに馬車を進めると、ついに遠方の丘の向こうに、壮大な街並みと、どこまでも続く真っ青な水平線が姿を現した。
「あれ、か……?」
「ええ、そうよ! あらがこれから向かう海洋都市よ!」
俺の呟きに、リナが我がことのように嬉しそうな声を上げる。
遥か広がる海には、風をいっぱいに孕んだ大きな帆船がゆったりと浮かび、港には数隻の大型船が停泊しているのが見えた。それらの間を縫うように小さな漁船も行き交っており、ここが海上交易と漁業によって栄える一大拠点であることが一目で見て取れる。
「大きいな……」
圧倒される俺の呟きに、手綱を握るガストンが深く頷いた。
「アイゼンの数倍の規模はあるだろうね。やはり、一度に運べる物資の量が陸路とは桁違いだ。集まる富に比例するかのように、人も情報も集まってくるのさ」
確かに、物が集まる場所に人が集まるのは、どの世界でも変わらない不変の道理だった。
やがて馬車は海洋都市の堅牢な城門へとたどり着き、入街のための審査を受けることになった。すると、書類を確認していた防衛兵の一人が、ガストンの顔を見るなり驚愕の声を上げた。
「ガストン殿! ご無事でしたか!」
「ああ、お陰様でこの通りピンピンしているとも!」
「アイゼンが王国軍を追い返したという噂は聞いていましたが、情報が少なくて心配しておりました。本当に……本当によくご無事で……!」
「多くの幸運が重なった結果だよ。本当に、日頃の行いが良かったと信じたいね」
「違いない! あなたのような善人が死んでたまるもんですか!」
兵士は我が事のように大喜びしている。どうやらガストンは、この海洋都市でもかなりの信用と人望を得ているらしい。
「さて、今回の取引だが、いつもの特産品に加えて、先の戦争で消費した物資の補給が主な目的だ。逆に、こちらから持ち込めた売り物が少なくて申し訳ないのだがね……」
「滅相もない! あなたがたアイゼンの方があの土地にいることで、王国の心配をせずにこの都市も成り立っているのです。補給の件については、私どもの方からもギルドや役所に色をつけて連絡を通しておきますよ」
「そうか、それは助かる。ありがとう」
荷馬車の積荷を素早く確認し終えた兵士たちが一歩下がり、ガストンに向けてピシッと敬礼を交わした。
「審査完了です。どうぞ、海洋都市へお入りください!」
「それじゃ、失礼するよ」
ガストンが軽快に手綱を引くと、馬車はゆっくりと門をくぐり抜けた。こうして、俺たちを乗せた一行は、大きなトラブルに見舞われることもなく、活気と潮香に満ちた海洋都市へと無事に到着したのだった。




