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追放勇者とコップ一杯の水 -神様はアホなのか?-  作者: ねこ


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42話

 その後もライラから地理や歴史の簡単な講義を受け、外の陽が傾き始めた頃にお暇することにした。

 帰り際、ライラが思い出したようにガストンへの伝言を頼んできた。


「今回は干物はいらないよとガストンに伝えておくれ。いい加減、食べ飽きてきたんだよ」


「え? 私、干物食べたい!」


 アカリが食い気味に反応する。


「なら、俺が市場で買ってくるよ」


「やった! よろしくね、サトウさん!」


 そんな他愛のない会話をして別れ、俺は市場で適当な串焼きを買い食いしながら城壁へと登った。

 暇つぶしに遠距離狙撃の練習がてら狩りができないかと試してみたが、自由都市周辺の魔物はすっかり影を潜めていた。結局、夕食の足しになる程度の小さな獲物が数匹取れるのみで、平和そのものだ。


 出発までの数日間は、そんなのんびりとした日常を過ごした。

 もっとも、その中にはライラに「数学」を教えるという、予想外にハードな時間も含まれていたのだが。


「……ええと、ここを x とおいて……」


「サトウさん、そこ x じゃなくて y じゃない?」


「いや、y はこっちだろ……たぶん」


 教える側のはずの俺がアカリと一緒に頭を抱えて悩み、「現役高校生のハジメを連れてくればよかった」と後悔する。だが、すぐ横で唸っているアカリも現役女子高生だったことを思い出し、そっと視線を逸らした。

 さらに、ライラから「で、この『びぶん』とやらは、一体何に使うんだい?」と根本的な問いを投げかけられ、とっさに答えられずに「……まあ、使える人に託しましょう」と、お茶を濁したりもした。


 そんなドタバタとした、けれど穏やかな時間はあっという間に過ぎ去り、ついに海洋都市への出発の刻限がやってきた。


   *   *   *


「……前と違って、今回は護衛に獣人が多いな」


 出発の準備が整った荷馬車の周りを見渡し、俺は隣にいたリナに独り言のように漏らした。


「どうしたの?」


「ああ、いや。前回の王国の時と随分メンツが違うなと思ってさ」


「それはまあ、王国に獣人を連れて行くわけにはいかないから……。そのせいで戦力が偏って、盗賊に隙を見せてしまったのかもしれないわね」


「確かに、言われてみれば……」


 この世界の複雑な種族事情が、商売の防衛線にまで影響しているらしい。そんな話をしていると、御者台からガストンの威勢の良い声がかかった。


「そろそろ出発するぞ。みんな乗ってくれ!」


 見れば、ガストン本人が手綱を握っている。


「乗ってくれって、護衛の俺も御者台に乗っていいのか?」


「もちろんですわ。サトウさんには夫のすぐ近くで守っていただきたいのです」


 後ろから見送りのマリーダが太鼓判を押してくれた。俺は「そっか。それでは」と、ガストンの隣の特等席に腰を下ろす。リナは既にガストンの反対側にちょこんと座っていた。


「夫と娘を、どうかよろしくお願いいたします」


「わかりました。任せてください」


 短い挨拶を交わすと、ガストンが手綱を振った。


「それじゃ、出発だ!」


 今回はガストンが操る荷馬車と、その先を行くもう一台の計二台編成だ。


「それにしても、ガストンさん自ら御者をするんですね」


「ああ、これは私の数少ない趣味でね。少し期間が開いたが、腕は鈍っていないはずだぞ」


「お父様ったら。こういう時は本当に張り切るんだから」


 リナの呆れ顔とは裏腹に、ガストンは久しぶりの行商に子供のように生き生きとした表情を見せていた。


 街の喧騒が遠ざかり、心地よい荷馬車の揺れに体が慣れてきた頃、俺はふと思い出した疑問を口にした。


「そういえば、獣人と猿人って、戦力としてはそんなに違うものなんですか?」


「基本的な身体能力としては、猿人よりも獣人の方が遥かに優れていますね」


 ガストンが前を向いたまま答える。


「種族によって、得意分野がはっきり分かれている感じかしら」


「そうだな。獣人は肉体が強く、森人は魔法適性が高い。そして猿人は……傾向として計算能力や事務処理能力が高いと言われているね」


 リナの補足にガストンがさらに情報を付け加える。


「そういった意味で、猿人は商業を営むことが多いのさ」


「なるほど、適材適所の役割分担があるんですね。……となると、魔法を使えるのは森人だけ? いや、他にも使っている人はいましたよね」


「ああ、もちろん猿人にも獣人にも使える者はいる。全員ではないがね」


「リナは?」


「私は全然だめ。全く使えないわ」


「……そもそも、魔法って何なんですか?」


 俺は腰のコップを手に取り、いつものように『置換』で一杯の水を満たしてみせた。


「これも魔法と言えるのかな?」


「そうだな……一般的には『魔法とは実体を伴う幻覚』と言われているね」


「幻覚……ですか?」


「そう、幻覚だ。時間が経てば跡形もなく消えてしまう。だから、サトウ殿のその水は、魔法とは一線を画す代物だよ」


 横からリナが詳しく教えてくれる。


「幻覚って言っても、出ている間は本物と同じなの。だから、魔法の火で負った火傷は、魔法が消えても傷として残るし。大量の水を生み出されてその中で溺れてしまったら、魔法が消えても死んだ事実は変わらないわ」


「なるほど。短時間なら魔法と見分けがつかないってことか」


「まあ、そういうことだね。しかしサトウ殿、聖女や剛力の勇者がこの街で受け入れられたのだし、そろそろサトウ殿も『勇者』だと明かしても良いのではないかね?」


 ガストンの提案に、俺は少し照れくさくなって頭を掻いた。


「いやあ、今は別の意味で明かせないですよ。『俺は勇者です。能力はコップ一杯の水を出せます』って……なんだか格好がつかないじゃないですか」


「ハハッ! 確かに。誰も気にしないとは思うが、癒しの聖女や剛力の勇者に比べると、地味に見えるかもしれないなあ」


「お父様ったら! こんな綺麗な水を生み出せる力、旅をする私たちにとってはまさに奇跡の力じゃない! 水の確保に困らないなんて、行商にとっては神様みたいなものよ!」


「おお、確かに! 旅の命綱だな。今後ともよろしく頼むよ、サトウ殿」


「ええ、こちらこそ」


 笑い声と共に、馬車は西の海洋都市を目指して進んでいく。俺の地味な「コップ一杯」の価値を誰よりも理解してくれる仲間たちとの旅は、幸先の良いスタートを切ったようだった。


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