33話
アジトでの数日間、俺は久々のスローライフを心ゆくまで堪能した。
とはいえ、前回の蓄えがあったので、追加で手頃な獲物を数体狩る程度ののんびりした行程だ。二日後、王国軍が再び攻めてくる気配がないことを念入りに確認し、俺は獲物を背負ってアイゼンへと向かった。
街のガストン邸に到着するやいなや、待ち構えていたアカリと三人娘に捕まった。
「いたー!」「どこ行ってたのよ!」「いつまで待たせるのよ!」と非難の嵐を浴び、荷物を置き休む間もなく、そのまま冒険へと引きずり出される羽目になった。
(……俺、ここ数日歩き詰めでそろそろ休みたいんだけどな)
という切実なぼやきは、当然のように華麗にスルーされた。
* * *
今回の依頼は薬草採取。
場所は街からほど近い草原で、基本的には安全だが、時折「凶暴なウサギ(ホーンラビット)」が出るため、その駆除も兼ねている。
現地に到着し、ミラたちが手慣れた様子で採取を始める。俺は見守り役だが、アカリも今回は新米冒険者として、まずは彼女たちの動きを確認する側に回るらしい。
手持ち無沙汰になった俺たちは、暇つぶしに自己紹介を始めた。
俺は前世でブラック企業の会社員だったこと、外回り中に暑さにやられて……という話をすると、アカリは「今年、異常に暑かったもんね」と同情してくれた。
「アカリの方はどうだったんだ?」
「私は高校生。動物を救うボランティアの帰り道だったかな。怪我した猫が道路を渡ってて、そこに車が来たから、慌てて庇おうとして……」
あの猫を治せなかったのが心残りだ、と寂しそうに笑う彼女に、猫のために命を懸けたのかと驚くと、「何言ってるの。お猫様を救うためなら当然じゃない」と即答された。
「まあ、あの時は焦って周りが見えてなかっただけだよ。普通はそこまで無謀じゃないって」
そんな話をしていると、一匹のウサギがミラたちの元へ突進していくのが見えた。
「おーい、一匹行ったぞ!」
「大丈夫ッス! 確認済みッス!」
シャノからの返答が来る前にルルが重厚な大盾を構えて迎え撃つ構えをとっていた。その後ろからシャノが放った矢がウサギの動きを鈍らせ、最後はミラが鮮やかにトドメを刺した。
「うまい連携ね」
「一度死にかけた経験があるからな。必死に訓練したんだろうよ」
そう言い終えた後、アカリがふと思い出したように、「そういえば、ライラさんが言ってた話だけど」とつぶやいた。
「ライラ? 誰だそいつ」
「何言ってるの、あの老エルフの名前よ」
「そうか、そういえば名前聞いてなかったな」
「それでね、あの時ライラさんが言ってたその短剣、本当は何でも斬れるわけじゃないんでしょ? どうやってるの?」
あまり触れられたくない話題だが、隠し通すのも限界がある。俺はその辺の小石を拾い上げた。
「『ウォータージェット』って知ってるか?」
「水で硬いものを切るやつだっけ?」
「そうそれ」
俺は小石の側面を線状に『置換』し、一瞬で削り取ってみせた。
「え? 全然見えなかった」
「コップ一杯の水を細く、超高速で押し出して削ってるんだ。これを……」
短剣を抜き、近くの岩に向かって振り抜く。同時に、剣筋に合わせて極薄の平面状の水を『置換』で発生させた。パカリ、と音を立てて岩が滑り落ちる。
「すごっ!」
「『勇者』だってバレると面倒だから、この短剣に付与された能力ってことにして、ウォータージェットの切断を誤魔化してるんだ」
感心するアカリを見て、俺は心の中でガッツポーズをした。
(よし、上手く騙せた……!)
俺の『置換』の真の恐ろしさは、物理法則を無視して存在そのものを上書きすることだ。それに比べれば、ウォータージェットなんて可愛いものである。
「そういえば、アカリの能力はどういう能力なんだ?」
「どういう能力って、怪我を治す能力だけど」
「いやそうじゃなくてだな……、俺の能力は『コップ一杯の水を生み出す』と『コップ一杯の水を押し出す』なんだ。ウォータージェットは押し出すほうの応用だな。その点、アカリのほうはどうなんだ?」
「ああ、そういったことなら、あたしは『修復を促進する』と『元通りに治す』だったかな」
「……ほう。ちょっと違いを試してみるか」
俺は短剣で近くの木に傷をつけた。
「これ、『促進』で治せるか?」
「やってみるわ」
アカリが手をかざすと、木の傷はみるみる塞がった。だが、切った部分が少し盛り上がるように痕が残っている。細胞の分裂を加速させて無理やり塞いだ感じだ。
「なるほどな……。じゃあ今度は、こっちを『治して』くれ」
別の場所に、今度は皮を剥ぐような深い傷をつける。アカリが再び手を掲げると――驚いたことに、剥がれ落ちた皮が生き物のように吸い寄せられて元に戻り、切る前と寸分違わぬ綺麗な状態に復元された。
「……これ、時間を巻き戻してるのか?」
「そうなの? 治ればどっちでもいいかなって気にしてなかったけど」
アカリは自分の異常性に無頓着すぎる。俺の嫌な予感はさらに加速した。
「あー……アカリ。さっき俺が叩き切ったあの岩。……『治せる』か?」
「何言ってるのよ。生き物じゃないものが治るわけないじゃん」
そう言いながら、彼女が冗談半分で岩に手をかざすと――。
真っ二つになった巨岩がふわふわと浮き上がり、パズルが合わさるように完璧に接合された。切り口すら残っていない。
「…………」
「…………あ、治っちゃった」
俺は深く、深く溜息をつき、突き抜けるような青空を見上げて絶叫した。
「神サマ、設定が雑スギィィーー!!」
俺の『置換』も大概だが、彼女の『時間遡行』に近い修復能力も、間違いなくこの世界の理をぶち壊している。




