32話
城壁の補修を手伝って三日が過ぎ、街の混乱もようやく一段落した。俺は「そろそろ猟に出てくる」とリナやガストンに告げ、懐かしき我が家――山のアジトへと戻ることにした。
道中、撤退し遅れた王国兵と鉢合わせる可能性を考慮して慎重に進んだが、皮肉なことに大軍が通り過ぎた後の森は魔物の気配が薄く、驚くほどあっさりと到着できた。
「……ふぅ、やっぱりここが落ち着く」
久しぶりに専用の容器で用を足し、帰還の味を噛み締める。
さて、放置せざるを得なかった作物はどうなっているか。俺は畑に向かい、水を生成して与えようとして――ふと、その手を止めた。
(生成して与える? ……俺、もしかして無駄な心配をしてたんじゃないか?)
検証のため、腰に下げたコップを畑の脇に置く。
そのまま、能力の検証も兼ね……望遠鏡越しに「王国側」の様子を確認しに行った。
王国の城門前には、疲弊しきった兵士たちが続々と到着し始めている。隊列は乱れ、敗戦の重い空気が遠目にも伝わってきた。ひとまずは完全に引いたと確信し、安堵の息をつく。
そして、俺はイメージした。山の裏手にあるアジト、その畑の脇に置いた「コップの上」を。
「……『追加』」
アジトへ戻り、畑のコップを確認する。予想通り、中には「コップ一杯の水」が満たされていた。
「……わざわざ帰ってこなくても、あの街からこうすればよかったのか」
あまりに単純で明快な利用方法。なぜ今まで思いつかなかったのかと呆れる一方で、この能力にはまだ計り知れない発展性があることを確信する。
そして、その「発展」の真骨頂は、これから行う実験にあった。
五メートルほど前方。俺は空間を連続で『置換』し、水の壁を作り出す。
『置換』された水はさらに『置換』され、漏れた水が滝のように地面を濡らす。その壁を維持しながら、俺は手近な木の枝を槍のように全力で投げ込んだ。
木の棒は水の壁に吸い込まれるように消えた。
置換を解除しても、棒が貫通した形跡はない。すべてが「水」へと置き換わったのだ。
「防御としては十分すぎる。だが、問題は『動く自分』をどう守るかだ」
今度は自分の周囲に、極めて薄く細かな「格子状」の水を置換展開する。
その不可視の檻を維持したまま、俺は転がっている岩へと歩み寄った。岩は展開された領域に触れた瞬間、湿った砂のようにザラリと崩れ去る。そのまま大木へ突進すると、木の幹はおが屑のようにボロボロになり、自重で倒れ込んできた上部も、俺の頭上の領域に触れた瞬間に粉砕された。
「よし。予想通り、実験は成功だ」
これなら狙撃中、不意に飛んできた矢や背後からの奇襲も、領域に触れた瞬間に分解される。
だが、成功と同時に思わぬ欠点も見つかった。頭上の格子に触れて粉々になった木の残骸や、霧散した水が、容赦なく俺の頭に降りかかってきたのだ。
「……雨具が必要だな。フード付きの丈夫なやつを、あの職人に作ってもらうか」
成果に満足しつつも、びしょ濡れになった頭を拭いながら、俺は冷えた体を温めるべく、足早に風呂場へと向かった。




