30話
翌朝、まだ夜明けの余韻が残る時間に、部屋のドアが勢いよく叩かれた。
「ねえ、サトウさん! ちょっと街を案内してよ」
アカリの声だ。朝早くから元気なことだと思ったが、俺自身も街の補修を手伝うついでに様子を見て回るつもりだったので、ちょうどいい。
「ああ、今起きる。ロビーで待っててくれ」
手早く準備を済ませてロビーへ向かうと、そこにはすでにアカリとリナが楽しげに会話していた。
「サトウさん、アカリさんの案内、よろしくお願いしますね。私はこれからお店のほうが忙しくなるので……」
リナの言う通り、戦後の混乱と特需で商会は目の回る忙しさだろう。俺は「了解した」と頷き、アカリに向き直る。
「で、目的地はどこだっけ?」
「ここよ、これ」
アカリから渡された紙を覗き込む。昨夜、あの治療所の老女から受け取った住所だ。俺はその場所に検討をつけ、彼女を連れて屋敷を出た。
街は戦勝祝いの余韻で、昨日にも増して活気づいていた。瓦礫撤去や清掃が進む傍らで、炊き出しの香ばしい匂いが漂っている。
ギルドや市場を通り過ぎる際、折を見てアカリに街の施設を説明しながら歩を進める。やがて賑やかな中心街を抜け、緑が豊かな地区へとやってきた。家々がまばらになり、静かで安全な憩いの場といった雰囲気の場所に、その丸太小屋はあった。
重厚な木の扉に取り付けられた鉄のノッカーを、二回、三回と叩く。
やがて、ゆっくりと扉が開き、中からあの老女が顔を出した。
「来たね、『聖女』ちゃん。……ちょうどいい、『勇者』君も入っとくれ。街の連中に休めと言われて今日は暇なんだ。茶くらいは出してやるよ」
さらりと言い放たれた衝撃的な言葉に、俺とアカリは顔を見合わせた。
この人は、昨夜のあの短時間で、俺たちの正体を見抜いていたというのか。呆気にとられる俺たちをよそに、老女は背中を見せて奥へと引っ込み、俺たちを招き入れた。
* * *
丸太小屋の中は、木の温もりと薬草の微かな香りに包まれた、驚くほど落ち着いた空間だった。石造りの暖炉の前にある、使い込まれた低い机とソファ。そこに促されるまま俺とアカリは腰を下ろした。
「はいよ。何の変哲もない普通の緑茶さ。毒は入ってないよ」
老女は茶目っ気たっぷりに笑いながら、湯気の立つ湯呑みを配り、対面の椅子に深く腰掛けた。
「おおっと、自己紹介がまだだったね」
そう言って、彼女は自分がエルフであること、そしてこの街の移り変わりを長く見てきたことなどを淡々と語った。
「さて、あんたたち……」
彼女が本題に入ろうとしたところで、俺はたまらず確認を入れる。
「……俺たちの正体、わかりますか?」
「そりゃあ、わかるよ。あんな異常な回復、魔法でそう簡単にできるもんじゃない。なら、近頃噂の隣の王国産だって想像がつく。で、一緒にいるあんたも関係者なら『勇者』ってことだろ」
「ええ、まあ……否定はしません」
白旗を上げる俺に、老女は鋭い視線を向けたまま言葉を継いだ。
「それに、三人娘から聞いたよ。その腰についてる短刀。確かに業物だが、そんなもんであらゆるものを切るなんて芸当、本来はできやしないよ」
「えっ!?」
隣でアカリが素っ頓狂な声を上げた。俺の能力が単なるコップ一杯の水だけではないことに気づいたらしい。
「ははは、なんででしょうねえ……?」
無理のある誤魔化しを笑って流すと、老女はそれ以上追及せず、話をアカリへと戻した。
「まあいいさ。で、聖女ちゃん。ここに来たってことは、手伝ってくれるってことでいいのかい?」
「あ、はい。私にできることなら」
「そりゃあよかった。あたしも年でね、ちょうど助手が欲しかったんだ。部屋は空いてるから、今日からでも勝手に使っておくれ」
「えっ、いいんですか!?」
住む場所をガストンの屋敷からどこへ移すべきか悩んでいたアカリは、あまりに呆気なく決まった新生活の拠点に目を丸くした。
「あんたみたいな訳ありは、あたしのところに置いとくのが一番街の面倒が少なくなるからね」
「ありがとうございます! ……ただ、その」
「なんだい、問題があるなら聞くよ?」
アカリは少し言い淀んだ後、リナとの約束を口にした。
「先ほどお話しで出た三人娘の冒険の手伝いもしたいと思っていて……」
「なんだ、そんなことかい。もちろん賛成だ。あの子たちは危なっかしいからね、あんたがついていけば安心だよ。それに、外に出るのはこの街に溶け込むいい機会さ。あんたはまだ子供なんだ、遠慮なんかしなくていい。手伝える時に手伝ってくれるだけで十分だよ」
「……いいんですか? 本当にありがとうございます!」
アカリの顔に、心からの安堵の笑みが浮かんだ。
「決まったね。じゃあ家の中を案内してやるが……勇者君、あんたはどうする?」
アカリの身の振りが決まった以上、俺が長居する理由もない。
「俺はこれから、街の補修の手伝いに行ってきます。そのあとは猟のついでに、王国軍の動向を確認してくるつもりです」
「働きもんだねえ。まあ、機会があればまたおいで。あんたの話も面白そうだ」
「機会があれば。……それでは」
俺は二人に別れを告げ、家を出た。外の空気は清々しく、戦後二日目の朝の匂いがした。俺はそのまま、昨日の戦闘で大きく破壊された城門へと向かって、力強く足を進めた。




