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追放勇者とコップ一杯の水 -神様はアホなのか?-  作者: ねこ


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28話

 外に出ると、街はすでにお祭り騒ぎの様相を呈していた。

 これから城壁の補修や片付けなど山積みの仕事があるはずだが、まずは戦争が終わった今この瞬間を全力で楽しもうという、自由都市らしい底抜けの明るさが溢れている。想定していたよりも死傷者が少なかったことも、人々の心を軽くしている要因なのだろう。


 そんな喧騒の中を、俺は何度も欠伸を噛み殺しながらガストンの邸宅へと足を進めた。背後ではアカリも目をこすりながら、ふらふらと付いてきている。


 邸宅の門が見えてくると、家の前で落ち着きなくうろうろしているリナの姿が目に飛び込んできた。その後ろでは、ミラたち三人組が「サトウなら大丈夫だって言ったでしょ」と、なだめるように声をかけている。


「サトウさん!」


 俺の姿を見つけるなり、リナが駆け寄ってきて勢いよく抱きついた。


「……よかった。本当によかった……」


 細い肩が微かに震えている。俺は彼女の頭をぽんぽんとなだめるように撫でながら、静かに「ただいま」と返した。


「怪我はないですか? 何か、大変なことは……」


 リナに尋ねられ、俺は最後に自分の手で同郷の命を奪った瞬間の感触を思い出した。


「……いや。俺にできたことなんて、何もなかったよ」


 そう自嘲気味に答えると、俺の能力の正体を唯一知っている彼女は、今回の戦いの裏側にある過酷さを察したのだろう。


「……大変でしたね。お疲れ様でした、サトウさん」


 包み込むような優しい声。その一言に、張り詰めていた心の棘が少しだけ解け、救われたような気がした。


「うん、ありがとう」


 リナは俺から離れると、ようやく俺の後ろに立っていた少女の存在に気づいた。


「……ところで。そちらの、綺麗な方はどなたですか?」


 心なしか声のトーンが少し低くなった気がする。俺は周囲に他の人間がいないことを確認してから、リナの耳元に口を寄せた。


「……聖女だよ。亡命者してきたんだ」


 リナは、父から「腕のいい回復術師」としか聞かされておらず、まさか俺と共に『戦場』へ向かったのがこれほど年若い女性だとは思っていなかったようだ。

 彼女は、アカリを射抜くような鋭い視線で見つめる。


「……別に、彼女に争う意思はないんだから、そう睨まないでやってくれ」


「別に睨んでなんていません。……確認しているだけです」


 リナはそう答えるものの、視線はアカリに固定されたままだ。アカリの方は、リナのただならぬ気圧に何かを察したのか、困ったように手をあげ俺から距離をとった。


 勝利の歓喜に沸く街の中で、俺のすぐ側では別の「戦い」の火種がパチパチと音を立て始めているようだった。


 リナとの再会が一段落したのを見計らって、ミラたち3人が弾んだ足取りで駆け寄ってきた。


「サトウさん、お疲れさま! 無事でよかったよ!」


「あんたがいない間、リナがずっとソワソワしてて大変だったんだから」


 口々にかけられる労いの言葉に苦笑いしていると、リナのただならぬ視線を察して避難していたアカリが、困り顔のまま小声で尋ねてきた。


「……ねえ、サトウさん。この子たちは?」


「ああ、紹介してなかったね。ガストンさんの娘のリナと、その友達だよ」


 ついでに、彼女たち3人が今はパーティーを組んで冒険者として活動していることも付け加える。すると、リナが何かを思いついたようにパッと顔を上げた。


「……それなら! 彼女たちの冒険者仲間になってくれませんか?」


 それは、俺からアカリを引き離そうとするリナなりの牽制を含んだ提案だったのだろう。だが、その言葉が終わるか終わらないかのうちに、アカリが食い気味に身を乗り出した。


「えっ、いいの!?」


(いいの……?)


 あまりに勢いのある返答に、俺は思わず心の中で首を傾げた。提案したリナ自身も、予想外の食いつきに目を白黒させている。

 だが、アカリにしてみれば願ってもない話だったはずだ。彼女が昨夜、ガストンに対し「獣人が邪神の使徒だなんておかしい」と憤り、彼らを助けたいと熱弁していたのを思い出す。シャノはまさにその獣人の少女だ。


「そ、それじゃあ……よろしくお願いします」


 リナが毒気を抜かれたように戸惑いながらも頭を下げると、アカリは拳を握りしめて力強く応じた。


「ええ、任せて! 私が責任を持って面倒を見るわ!」


 ひとまず話がまとまったところで、全員で屋敷の中へ戻ろうと歩みを進める。ところがその直後、俺の鼓膜に聞き捨てならない音が届いた。


「ぐへへ……」


 なんだ、今の粘着質な笑い声は。

 気になって振り返ると、そこにはミラたち3人の背中を見つめながら、凄まじい闘志を燃やすアカリの姿があった。


「あの子たちの命は、何があってもこの私が絶対に守ってみせるわ……!」


 その表情は聖女らしい慈愛に満ちているようにも見えるが、どこか……こう、獲物を狙うハンターのような危うさも同居している気がする。


(……ぐへへ?)


 俺は先ほど聞こえた幻聴(だと思いたい声)に一抹の不安を覚えつつも、どっと押し寄せてきた疲れに身を任せ、活気を取り戻した屋敷の中へと入っていった。


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