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追放勇者とコップ一杯の水 -神様はアホなのか?-  作者: ねこ


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27話

 外が騒がしい。


 不意に意識が浮上し、目を開けると見慣れない天井が視界に入った。一瞬、どこにいるのか分からず混乱したが、鼻をつく薬草と消毒液の匂いで思い出す。……そうだ、ここは怪我人の収容所だ。


「……戦争はどうなった?」


 昨夜の激闘と、その後の不眠不休の治療。嫌な予感がして毛布を跳ね除け、体を起こしたのと、入口の重い扉が勢いよく開け放たれたのは同時だった。


「勝ったぞ! あいつら、尻尾巻いて逃げていきやがった!」


 飛び込んできた男が、喉が裂けんばかりの声で叫ぶ。

 その一言を皮切りに、収容所内は小さなざわめきから、地鳴りのような歓喜の渦に包まれた。快復に向かっている患者も、付き添いの家族も、誰もが互いの手を握り合い、勝利を噛み締めている。


 しかし、そんな狂乱の中でもあの老女だけは冷静だった。彼女は「やれやれ」と肩をすくめると、家を震わせるほどの野太い声で一喝した。


「やかましい! まだ寝てる奴らがいるんだよ!」


 一瞬で静まり返る一同。老女は深いため息をついた後、諭すように、だが拒絶を許さない力強い声で続けた。


「怪我で寝てる奴も、治療で死ぬほど疲れてる奴もいるんだ。騒ぎたいなら外へ行きな。ここは静かにするところだ」


 追い払うように手を振ると、男たちは縮こまって外へと転がり出ていった。

 その一幕の騒ぎで、隣のベッドにいたアカリがようやく目を覚ます。


「んあ……? サトウさん、どうしたの、今の……」


「勝ったんだってさ。王国軍は撤退した」


「……あっそ。じゃあ私、もう少し寝るね」


 あまりに淡白な反応に、俺は思わず毒気を抜かれた。まあ、彼女にとってはもともと居心地の悪い場所にいたわけだし、撤退の兆候も知っていたのだから、こんなものか。


「おやすみ。じゃあ、俺はそろそろ屋敷へ帰るから」


「えっ、ちょ、ちょっと待って! 一人にしないでよ、私も帰るから! 待ってってば!」


 慌てて飛び起き、髪を振り乱して準備を始めるアカリ。俺が苦笑しながら出口へ向かおうとすると、老女がそっと近づいてきた。


「あんたのことは以前から見かけてるが、あのお嬢ちゃんは記憶にないねえ。一体、今はどこに住んでるんだい?」


「あー……彼女は訳あって王国からの亡命者でして」


「そうかい。まあ、深くは聞かんさ。この街じゃ珍しいことじゃない」


 老女はあっさりとしたものだった。この「追及しない」空気こそが、アイゼンの良さだ。


「今はガストンさんの屋敷に身を寄せています」


「あの鼻垂れ坊主のところか。あんたが頼み込んだのかい?」


 ガストンを「鼻垂れ坊主」呼ばわりするあたり、相当な古株なのだろう。老女は追いついてきたアカリに、一枚の紙切れを無造作に手渡した。


「気が向いたら、うちの診療所へ来な。人手はいくらあっても足りないからね」


 そこには走り書きで住所が記されていた。アカリが戸惑いながらもそれを受け取ると、老女は快く俺たちの背中を叩いた。


「ま、あんたらには世話になったね。今後もよろしく頼むよ」


 外へ出ると、勝利の歓喜に沸く街の空が、目に痛いほど眩しく輝いていた。

 俺が求めていたスローライフとは少し形が違うが、それでも、この光景を守れたことには確かな手応えを感じていた。

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