24話
このまま放置すれば、哨戒中の街の兵士に見つかるのは時間の問題だ。今の殺気立った雰囲気では、事情を聞く前に矢を射かけられる可能性が高い。俺は意を決し、彼女を確保するために城壁を下りることにした。
周囲に人がいないことを確認し、壁面に「置換」で小さな足場となるくぼみを作る。それを指がかりにして、音もなく地上へと降り立った。
そこからは隠密行動だ。物陰に身を潜め、都度、望遠鏡の暗視機能で彼女の現在地を特定する。聖女は怯えた様子で周囲を伺いながら、岩場の陰で足を止めていた。俺は気配を殺して背後に回り込み、静かに声をかけた。
「……こんばんは、聖女さん」
「ひゃっ!?」
短い悲鳴を上げて飛び上がる彼女を見て、俺は思わずため息をついた。
(「ひゃっ」て……まあ、そうなるか)
「あー、お久しぶりです。驚かせてすみません」
「だ、誰……っ? 敵……なの?」
彼女の瞳には怯えの色しかない。無理もない、召喚されたあの日、俺たちは一言も言葉を交わしていないのだから。
「サトウですよ。ほら、一緒に召喚された……『コップ一杯の水』の」
説明しながら、俺は空間に水を「追加」し、腰のコップでそれを受け止めて彼女に差し出した。
「……どうぞ、喉が渇いているでしょう」
「えっ? あ、あ、あの時の……追放された!」
「しーっ、静かに。見つかりたくないでしょう」
慌てて彼女は自分の口を両手で押さえた。差し出した水を受け取ってもらえそうになかったので、俺は自分でそれを飲み干し、本題に入った。
「どうしてこんなところに? 一人でこちらへ来るなんて自殺行為ですよ」
「……逃げてきたのよ、あんなところ」
彼女――アカリと名乗った少女は、ぽつりぽつりとこれまでの経緯を話し始めた。
召喚された直後から無理やり軍に編入されたこと。この世界には人間以外の「邪悪な亜種」がいて、彼らを打倒することこそが神の意志だと教え込まれたこと。そして今回の強引な軍行。
「ここに来た途端、変な土砂降りに降られるし……」
(……ごめん、それは俺だ)
「長旅のせいか、みんなの足がボロボロになって歩けなくなるし……」
(……すまん、それも俺の仕業だ)
「そのあと、あの火の勇者の炎で焼かれた人たちの治療に追われて……もう、うんざり!」
(……よかった、それは俺の所為じゃない)
その後もしばらく彼女の愚痴は止まらなかった。獣人が邪神の使徒だなんて嘘に決まっている、この戦争なんて最初から来たかったわけじゃない、助けられなかった兵士たちがたくさんいて悲しい……。
俺は彼女を宥めすかしながら、自分が下りてきた城壁のポイントへと誘導した。
「ひとまず……この街に保護してほしい、ということでいいんだよな?」
「……うん。でも、受け入れてもらえるかな」
「多少のツテはあるから。今は俺を信じてくれ」
見張りの兵士が視線を逸らすタイミングを計り、俺は彼女を促した。
「ほら、今だ。登って」
あらかじめ作っておいた足場を使い、彼女をサポートしながら城壁の上へと連れ戻す。最後は腕を掴んで、一気に城門の上へと引っ張り上げた。
暗闇の中、息を切らす聖女を見つめながら、俺は次の手を考える。
「勇者を殺した」という秘密を抱えたまま、この「聖女」をどうやって街に溶け込ませるか。平和なスローライフからは、また一歩遠のいた気がした。




