22話
空へと立ち上っていた劫火は、やがてその矛先を前方、都市アイゼンの方角へと向けた。
荒れ狂う熱波は、俺が雨で泥濘に変えた地面を一瞬で焼き固め、乾いた進軍路へと作り替えていく。その不自然に舗装された道を、一人の男がゆったりと歩いてきた。
――爆炎の勇者。
その歩む先には後退中の剛力の勇者がいたが、彼は道を譲るどころか、怯えるように距離を取って自陣へと向かっていった。
俺は胸騒ぎを覚え、望遠鏡の倍率を上げて敵の陣地を確認する。
「……ひどいありさまだ」
爆炎の勇者の周囲にいた王国兵たちは、味方であるはずの彼の熱に焼かれ、皮膚がただれ、遠くにいる者たちも熱波に当てられて次々と倒れていた。確かに雨はやんだが、軍としての機能は麻痺し、攻めてくる気配はない。
向かってくるのは、狂気を孕んだ足取りの彼一人だけだ。
やがて、肉眼でもその歪んだ表情が確認できそうな距離まで来ると、爆炎の勇者は無造作に腕を振るった。その動きに追従するように、巨大な炎の蛇がアイゼンの城壁を襲う。
「まずい……!」
俺は咄嗟に城壁の前に水の膜を展開したが、焼け石に水だった。炎は膜を軽々と突き破り、それどころか接触した水が爆発的に蒸発。発生した高温の蒸気が城壁の上の防衛兵たちを容赦なく薙ぎ払う。
響き渡る、甲高い哄笑。
爆炎の勇者が笑っていた。
果敢にも再び城壁に登り、彼に向けて弓を放つ者もいたが、放たれた矢は彼の一振りで虚空に消える。
「死ね……、死ねっ、死ねえええ!!」
呪詛のような言葉と共に、次々と火の玉が放たれ、城壁を、そして街の入り口を焼き焦がしていく。逃げ惑う人々を見て、勇者はさらに狂ったように笑い声を上げた。
「……殺しを、楽しんでいるのか?」
そうとしか見えない。あいつにはもう、大義も救済も関係ない。ただ、与えられた力で目の前の命を蹂躙することに陶酔しているだけだ。
このままでは、街が焼き尽くされる。
俺は、最期の覚悟を決めた。
同じ世界から来た人間の命を、この手で奪う覚悟を。
俺は望遠鏡の十字を爆炎の勇者に合わせ、意識を極限まで集中させる。標的は、鎧に守られていない身体の深部。
「――『置換』」
指先を向けた先、勇者の胸の中央。
生きていくために不可欠な器官――心臓の内部を、一瞬で「ただの水」へと書き換えた。
爆発も、派手な音もない。
つい先刻まで死を振り撒いていた爆炎の勇者は、糸の切れた人形のように、崩れ落ちるようにして地面へと倒れ伏した。
狂った笑い声が消え、戦場に奇妙な静寂が訪れる。
俺は熱を帯びた空気の中で、自分の手がわずかに震えているのに気づき、それを強く握りしめた。




