20話
豪雨によって泥濘と化した平原に、俺は次の一手を打ち込む。
「形状指定、極小の針。――『置換』」
ぬかるんだ大地を踏み締める、兵士たちのその足に無数の「水の針」を置換していく。
長旅でふやけ、疲弊した彼らの足裏に、鋭い痛みが走るはずだ。だが、それは致命傷にはならない。「ひどい靴擦れでも起こしたか?」という程度の違和感。聖女の回復魔法があれば、すぐに治癒できる程度の障害だ。
今はまだ、彼ら自身に「引き返す理由」を植え付ける段階。
だが、そんな俺のささやかな抵抗を切り裂くように、雨のカーテンを割って一人の男が突出してきた。
「――あまたの邪神を崇拝する者どもよ!」
男は平原に埋まっている巨岩の傍らで立ち止まると、腹の底から響くような声を張り上げた。
あれは、共に召喚された「剛力の勇者」だ。
「悔い改め、神の軍門に降るというのであれば、我らが慈悲をもって保護してやろう! さあ、答えを聞かせろ!」
しばしの静寂。そして、城壁の上からは一斉に怒号が巻き起こった。
「何が邪神だ! 欲にまみれたお前たちこそ悪魔だ!」
「消えろ! この邪神をあがめる侵略者どもめ!」
届かないと分かっていても、民兵たちは弓を引き、石を投げつけた。
勇者はその様子を静かに見据えると、顔を怒りに染めて言い放つ。
「……それが答えか。ならば、神の鉄槌を受けるがいい!」
次の瞬間、彼は隣にあった巨岩に手をかけた。優に身長の倍はある、数トンはあろうかという岩が、まるで雑草でも引き抜くかのように地面から引き抜かれたのだ。
男はそれを軽々と頭上に掲げると、あろうことか城壁へ向かって全力で投げつけた。
「んな、アホな……。物理法則はどうなってるんだ」
呆気にとられる暇もなかった。あの速度で激突すれば、城壁は粉砕され、後ろに控える街の人々に甚大な被害が出る。
俺は咄嗟に、飛来する岩に意識を集中させた。
(岩の内部、多数の極小ポイント――『置換』!)
岩の質量を奪うため、内部に無数の水の小部屋を作り、中身をスカスカの軽石のような構造へと書き換える。
質量が激減した岩は、空気抵抗を受けて目に見えて減速した。だが、それでもなお勢いを保ったまま城壁へと直撃する。
ドゴォォォォンッ!
凄まじい衝撃音と共に、城壁の一部が砕け散る。しかし、内部を脆くされていた岩もまた、その衝撃に耐えきれず木っ端微塵に弾け飛んだ。
「ははは! どうだ、これが天罰だ!」
砕け散る石礫が派手に周囲に散ったことで、勇者は自分の攻撃が完璧に決まったと誤解したらしい。満足げに声を張り上げている。
実際には最悪の崩壊は免れた。だが、城門付近の守備隊に走った動揺は計り知れない。
「……怪物だ、化け物が来たぞ!」
恐怖が伝染し、防衛線が揺らぐ。その隙を逃さず、剛力の勇者は高笑いと共に、無防備となった城門前へと一気に攻め上がってきた。




