18話
アイゼンの門を潜った瞬間、いつもと少し違う雰囲気にに足が止まる。
この都市特有の何か大きなエネルギーを感じるのは変わらない。しかしその質が違っている。
子供たちが遊びまわる明るい声、市場の威勢のいい声、買い物を終えた夫人が帰り道に噂話に花を咲かせている和やかな声。そういった喧騒はない。
しかし兵や物資を運ぶ人たちが何かに追われるように、何かをやり遂げるために、慌ただしく作業をしている。
俺は作業する人たちの邪魔にならないよう、人波を縫うようにしてガストンの屋敷へと急いだ。門の前まで来ると、馬車から降りたばかりの、ひどく疲れ切った顔のガストンと鉢合わせる。
「ガストンさん!」
「……おお、サトウ殿か。すまないが、今はゆっくり話を聞ける状況ではなくてな」
「王国が……!」
「……ああ。先ほど、王国の使者がここへ来た」
ガストンは重く頷き、苦々しげに言葉を継いだ。
「正式な宣戦布告だ。つい先日まで互いに利益を分かち合う交易相手だったというのに、何ということだ……」
ガストンの話によれば、使者が掲げた開戦の理由は呆れるほどに独善的なものだった。
先日、俺が実験で起こしたあの爆発――それを彼らは「多数の邪悪な存在を信仰する者たちへの神の怒り」であると断定したのだという。神の教えに背く不浄な地を正し、救済の名の下に管理する。それが彼らの大義名分だった。
「爆発の件は、ただのきっかけに過ぎんだろうな。あちらは前々から、この自由な交易都市を我が物にしたがっていた」
ガストンは吐き捨てるように言ったが、俺の心臓は冷たい手で掴まれたように収縮した。
(俺の……せいか。あそこで力を試したりしなければ、少なくとも『神の怒り』なんて口実は与えずに済んだはずだ)
自分の行動の甘さが、この街を戦禍に巻き込む引き金になった。その罪悪感が胃の奥を焼く。
「サトウ殿、顔を上げなさい」
沈み込む俺の肩を、ガストンの分厚い手が強く叩いた。
「もしもの時は、君は逃げなさい。君は旅人だ。この街の人間でもなければ、戦いに殉じる義理もない」
そして、ガストンは声を潜め、父親としての悲痛な願いを口にした。
「その時は……リナを、娘を一緒に連れて行ってほしい。あの子だけでも、どうか安全な場所へ」
「……もしもの時は、必ず」
俺はそう答えるしかなかった。だが、返事をした口の中が苦い。
守るべきはリナだけか?
共に森を駆け抜けたミラ、ルル、シャノ。
不器用ながらに俺を気遣ってくれた市場の職人。
そして「腕一本で生きていけ」と笑ってくれたドワーフの爺さん。
俺を暖かく向かい入れてくれたこの街全体が……。
一人で生きる自由を求めてこの街に来たはずなのに、いつの間にか捨てられないものが増えすぎていた。
ブラック企業の使い捨ての歯車だった俺に、初めて「居場所」をくれたこの街を、あの王国、そして教会のエゴによって焼き払われてたまるか。
(俺に、何ができる……?)
俺は、震える拳を強く握りしめた。




