17話
アジトに戻ってからの毎日は、驚くほど充実していた。
朝の光と共に起き、「聖域」を済ませてから、能力の訓練とアジト周辺の見回り、そして生活費を稼ぐための獲物確保をこなすのが日課となった。
訓練の内容は多岐にわたる。上空に大量の水を「追加」して局地的な雨を降らせる気象干渉や、地面へ無数の小さな水の針を「生成」し、敵の機動力を奪うトラップの考案など、かつて王都で「無能」とされた力が、俺の創意工夫次第で底なしの汎用性を見せていく。
また、空いた時間には置換能力で切り出した岩や木を加工し、緻密な模様を施した椅子や机といった家具、さらには大量の獲物を運ぶための堅牢な台車まで自作してみた。
「……精密な作業は、そのまま能力の制御精度に繋がるな」
水でナノ単位の削り出しを行う作業は、俺の精神と能力をより鋭く研ぎ澄ませていった。
さらにアジトの隅には小さな畑も作った。市場で購入した野菜の種を蒔き、生成したばかりの澄んだ水を毎日撒く。
ブラック企業で時計の針と数字に追われていた頃には想像もできなかった、穏やかなスローライフ。土をいじり、命を育てる時間は、乾ききっていた俺の心を確実に潤していった。
だが、そんなゆったりとした日常の中でも、ふとした瞬間に魔法の望遠鏡で遠くの空を眺めてしまうのは、やはりあのドワーフの爺さんに言われた「天竜鳥」の存在が頭の隅にあるからだろう。
ある朝、いつものようにスカイドラゴンを探して王国の空へと視線を向けた時のことだった。
空に獲物の姿はなかったが、代わりにその下――王国の国境周辺の平原に、違和感を覚えた。
「……なんだ、あれは」
望遠鏡の倍率を最大まで引き上げる。
視界の先に映し出されたのは、朝日を浴びて鈍く光る無数の鎧。規則正しく整列した軍勢だった。
さらによく観察すると、最前列の近くには、見覚えのある制服のようなものを着た男女の姿が見えた。
「……あいつら、俺と一緒に転生してきた……」
それは間違いなく、俺と共に召喚された転生者たちだった。彼らが実戦配備されているということは、王国にとって「戦力」としての調整が整い、侵略の準備が完了したということを意味していた。
老ドワーフが危惧していたことが、ついに実行に移されようとしているのだ。
「……本当にやるのか」
軍勢が向いている先は、間違いなく自由都市アイゼンの方向だった。
このままでは、あの温かい街が、そしてリナやガストン、あの口の悪い職人やドワーフの爺さんたちが、戦火に包まれてしまう。
俺はすぐさまリュックを掴むと、アジトを飛び出した。
スローライフを中断するのは惜しいが、今はそんなことを言っている場合ではない。俺はこの危機を知らせるため、全速力でアイゼンへと駆け出した。




