第16話(紅)
その少女の存在がゼン・オーディスにとって誤算だったことは、もはや語るまでもないだろう。
しかしオーディスは、以前から「紅井久玲奈」という少女の存在を把握していた。
オーディスが彼女のことを初めて見つけたのは、半年後に行う大規模な勇者召喚の為に選定する人材を、異世界観測の魔法で調査していた時のことだった。
今回チキュウという世界で見つけた勇者候補は、過去に例を見ないほどに豊作だった。
中でも彼が目を掛けていたのは、白石勇志とその妹の白石絆――紅井久玲奈の三人である。
六年周期で行われる大規模な一斉召喚で、召喚可能な最大の人数である十三人にまで絞り込んだ勇者候補の中でも、この三人は際立って高い適性を秘めていたのだ。
彼らがこのフォストルディアで魔王軍との戦いで刺激を受け続ければ、今までに見たことがない進化を成し遂げるかもしれない。過去最高の素材達をこの世界から目にした時、オーディスは言い知れぬ高揚を抱いたものだ。
しかし有望な勇者候補の一人である紅井久玲奈が突如として勇者の力に目覚め、神巫女の弟であるロア・ハーベストと出会ってしまったことは誤算だった。
地球に居ながらも地球人が勇者に目覚めるなどということは、長年召喚師として地球を観測してきたオーディスにとっても初めての出来事だった。さらに予想外だったのは彼女が目覚めた力を苦も無く最初から完璧に使いこなしていたことだ。
何より驚くべきは自分の不幸を呪い、病院で不貞腐れ続けているだけだった小娘が、まるで召喚魔法の恐ろしさをその身で経験してきたかのように鬼気迫る行動を見せたのだ。しかも会ったことのない白石兄妹に対して異常な執着心を見せているのだから、その不可解さは極まる。
そんな彼女を見て、オーディスは「紅井久玲奈はある日を境に何らかの出来事によって未来の出来事を見たのか、未来予知の能力を身に着けたのだろう」と当たりをつけていた。そうでもなければ彼女の変貌には説明がつかないのだ。
創造神ルディアの神巫女ロラ・ルディアスも彼女のことは気に掛けているようであり、実に興味深い存在である。
「嬉しそうじゃな、ゼン」
気づかない間にその頬に笑みが浮かんでいたのであろう、オーディスの表情を見て傍らの玉座に座る老人が愉快そうに呟く。
確かにオーディスがこのような笑みを最後に浮かべたのは、五年以上は前のことである。老人――このフィクス帝国の王が部下の珍しい表情に関心を示すのも、至極真っ当な反応だった。
「ええ。今までの勇者を遥かに凌ぐ逸材を見つけたのだから、嬉しくもなります」
「ほほ、今のお主の顔は、まるで新しい玩具を見つけた子供のようじゃ」
王の前で感情をコントロール出来ないとは、自分もまだまだ進化の余地を残しているようだとオーディスは思い知る。
自らの笑みが喜びの感情から来ているものだということをオーディスは肯定したが、しかしその喜びの理由は王の分析とはまた別の方向性にあった。
「お言葉ですが陛下よ、あの少女は玩具にはなり得ません。私が喜んでいるのは、彼女が私の同類だと思ったからです」
「ほお……」
今現在帝都の空では聖地ルディアの聖堂騎士団が不毛な騒ぎを起こしており、この城の地下ではロア・ハーベストらによって神巫女を奪い返されている頃だろう。しかしそのようなことも、今のオーディスには構う必要のない些事に過ぎなかった。
帝国の召喚師として神巫女を攫った表向きの理由は聖地ルディアをこのフィクス帝国に従属させる為であったが、実際のところは完成した結界破りの魔道具の性能実験と、半年後に行う大規模な勇者召喚の前に最大の懸念材料である彼女の動向を把握しておきたかっただけなのだ。
しかしその勇者召喚も、彼女――紅井久玲奈を捕らえさえすればさしたる必要も無くなる。
オーディスは魔王軍との戦いも、この国の存亡にも興味は無い。それどころかたかがフォストルディアの一つがどうなろうと、彼らからしてみれば大した問題ではなかった。
進化を止め、衰退に向かっていくだけの世界に興味は無いのだから。
この王城の中から、一瞬にして多くの気配が消え去っていく。
それは地球でもロアが使っていた人払いの結界、「封鎖結界」の発動だった。あの男――ゼン・オーディスがこれから始まる戦いの前準備として、帝都への被害を抑える為にこの町の空間を切り離したのだろうとクレナは察した。
突如として無人と化した王城の中は不気味な空間であったが、余計な雑魚の相手をする手間が省けたのは悪いことではなかった。
そうしてクレナは何の障害も無く、彼に導かれるまま王城の三階――階段を昇って彼の待つ「謁見の間」へとたどり着く。
全長六メートルもある無駄に大きな扉を、クレナは無法者のごとく豪快に蹴破ってこじ開ける。そんなクレナの入室を、コンサートホールほどもある広大な広間の中で二人の男が出迎えた。
一人はこの国の王。玉座に腰を下ろした姿は大人しそうな白髪の老人だが、その老人こそがフィクス帝国の帝王陛下その人である。
そして彼の傍らに佇んでいるもう一人の男は、もはや語るまでも無いだろう。
爬虫類めいた細く尖った眼光は、青と銀の虹彩異色。銀髪をローブのフードに隠した壮年の姿は記憶の中にある彼と相違なく、クレナの戦意をこれ以上ないほどに昂らせてくれた。
「オーディス……」
魔王よりもどす黒い心を持っていながら、聖者ぶった淀みの無い純白のローブを纏った装いはクレナの神経を悉く逆撫でする。
この壮年こそがゼン・オーディス――未来の世界で十三人の子供達を異世界召喚し、未来の勇志達の人生を狂わせた元凶なのだ。
他の者とは桁違いの魔力を宿した彼は玉座のフィクス帝王の傍らに立ちながら、この謁見の間へ立ち入ったクレナの姿を小馬鹿にした目で見下ろしていた。
王の為に着飾られた豪奢な部屋の風景には目も暮れず、クレナはただそんな彼の姿を睨みつけていた。
「会いたかったよ、ああ……会いたかった。観測魔法でも見ていたが、こうして直接目にする君の姿は実に美しい」
オッドアイの瞳で嘗め回すようにクレナの姿を映した彼の放った第一声は、全身の毛がぞわりと逆立つような不快感を与えてくれた。
似たような言葉でも、クレナの兄彗が歯の浮くような台詞を口にした時の感覚とはまるで別物の気持ち悪さである。この男が語るだけで、クレナの中ではどんな褒め言葉だろうと吐き気を催す確信があった。
『お前の姿は、思っていたよりも醜い』
「それは手厳しい」
この心に満ち溢れる怨嗟の思いを翻訳魔法に込めながら、クレナはこの時代の「紅井久玲奈」として初めて彼と対峙する。
今しがた彼は「観測魔法でも見ていた」と言ったが、やはりクレナの存在は以前から知っていたようだ。
つくづく召喚師というものは、人のプライバシーを覗き見るのが好きらしいと眉をひそめる。
『やはり見ていたのか、私のことを』
「君だけではない。いずれ召喚する勇者候補の存在は、皆把握している。白石勇志、白石絆、紫藤美夏、青木翼……今回は例年にない当たり年で、十三人の内半数以上が優れた素質を持っていた。その中でも君は、とりわけ私の想像を超えていったものだがね」
未来のクレナが辿った歴史通り、勇者召喚の計画は今も推し進められており、最悪なことに彼は既に召喚する勇者候補について調査済みのようだ。
しかし、だとすればさぞや驚いたことだろう。自分の手で召喚する筈だった地球人の一人が、自分の手に掛かる前に何の前触れも無く勇者の力に目覚めてしまったのだから。
クレナがざまあみろと侮蔑の感情を込めて哂えば、彼は気取ったように鼻を鳴らしながらその時のことを語った。
「ふふ……流石の私も驚いたよ。よもや勇者候補として目を掛けていた一人のチキュウ人が、召喚する前に覚醒してしまうとは夢にも思うまい。君は一体、何者なのだ? チキュウ人というのは仮の姿に過ぎず、本当はルディアの遣わした天使なのではあるまいな?」
何の抵抗も出来ずに異世界に拉致されていくだけだと思っていた人間が、得体の知れない力を持って自分の前に立ち塞がって来たのだ。彼が生きてきた長い人生の中でも、それは初めての経験であろう。
しかし今の彼はその状況に狼狽えるどころか愉快げな笑みを浮かべており、その様子が気に入らなかったクレナは唇をへの字に曲げると、激情の赴くままに宣戦布告を叩きつけてやった。
『紅井クレナ……異世界召喚を終わらせる女だ』
長きに渡り、このフォストルディアから地球の民へと行われ続けてきた異世界召喚。
彼らによって都合良く連れ去られ、望まぬ戦いを子供達に強い続けてきたこの世界の歪んだ歴史。
それを、ここで断ち切る。二度とあんな未来を繰り返さない為にも……地球に住むあの兄妹をこれからもずっと、笑顔で居続けさせる為にも。
――その為だけにクレナは今、口もききたくなかった筈のこの男と対峙していた。
「それは結構」
クレナの宣戦布告を聞き届けたゼン・オーディスが、その表情から笑みを消す。
桁外れの内なる魔力を静かに高ぶらせながら、彼はクレナを見下ろす。その傍らでクレナ達の言葉のやり取りを無言で傍聴していたフィクス帝王が、たった一言彼に命じる。
「ゼンよ、そ奴を捕らえよ」
「御意」
オーディスが王からの命令を承ったその瞬間が、クレナ達の開戦の合図となる。
オーディスが右手に持った杖を振り上げ、クレナがその右手に紅に揺らめく炎の剣を生成する。
オーディスが虚空に振り下ろした杖の先から光の砲弾が放たれると、クレナが薙ぎ払った剣の切っ先から灼熱の炎が噴き放たれる。
光と炎――二つの力は真っ正面からぶつかり合うと、この王城を襲う激震と共に眩い爆発が広がっていった。
『灰よりも惨めに燃やしてやる……お前だけは……!』
飛行魔法を発動し、背中に展開した紅蓮の翼を羽ばたかせながら上昇していくと、クレナは煌びやかなシャンデリアの並ぶ天井の高さから敵の姿を見下ろす。
その視線の先では、今しがた巻き起こった爆煙から王の身を守っているオーディスの姿があった。
「この炎……やはり火炎魔法の類ではないな。これが君の持つCの力か」
『この世の穢れを焼き払う浄化の炎だ。だからお前の肉片は、灰すら残らない』
「……なるほど、それは恐ろしい」
爆煙に煽られる中でも威風堂々と佇んでいたオーディスの周囲は、彼らを守る透明な障壁によって覆われている。彼がその魔力で作り出したバリアによって、自らの身と王の身を守ったのであろう。
挨拶代わりの力のぶつかり合いからこちらの力をある程度見抜いたのか、警戒心の宿った目でクレナを見上げながら彼は王に向かって手を振りかざした。
「陛下はお下がりください。あの娘は、貴方を庇いながら戦える相手ではありませんので」
「うむ、確かにお主が称えるほどの逸材のようじゃ。健闘を祈る」
瞬間、王の姿が玉座の上から消え去る。
転移魔法――その魔法で、主君の身をこの封鎖結界の外へと送り飛ばしたのであろう。
賢明な判断だ。寧ろ国の要人である王様が、わざわざ命の危険があるこの場所に居合わせていたのがおかしいのだ。
尤も、獲物が一人逃げ出そうと同じことだ。オーディスの後は、王も仕留める。それでこの国の民が大混乱に陥ろうと、クレナには知ったことではなかった。
「さて、邪魔者が居なくなったところで始めようか。我々の戦いを」
王が消え、この封鎖結界の中でクレナとオーディスが二人きりになったところで、オーディスが動く。
杖底でコンッと床を叩くと、自らの身を起点に光の魔法陣を構築したのである。
それは疑いもしない。忌々しい召喚魔法の発動風景だった。
「現れよ、私の愛しいコレクション達」
帝国最強にして、世界最高の召喚師と言われているのがゼン・オーディスという男だ。その肩書通り、彼の戦闘スタイルは膨大な魔力によって行われる召喚魔法を駆使した召喚獣の使役である。
彼の扱う召喚獣は、いずれも上級の魔物に匹敵する力を持っている。
未来のクレナの記憶から得たその知識から、次々と現れ出る召喚獣の姿に警戒心を強める。
魔方陣の中から現れた三体の召喚獣からは、やはりロアの使役していた召喚獣とは比べ物にならない大きな力を感じた。
「な、に……?」
しかしその三体の召喚獣の姿は、クレナにとって予想外なものだった。
どんな怪物が出てくるのかと身構えていたが、彼の魔法陣から現れた召喚獣は三体とも召喚「獣」ではなく……人の姿をしていたのである。
『……人間……? いや、違う……』
それぞれ黒、青、白の異なった髪色を持ち、その髪と同じ色をした衣装を纏っている人型の存在は、いずれも歳若い少年少女の姿をしていた。三人ともその手には武器を装備しており、黒い少年は大剣を持ち、青の少女は杖を片手に、白の少年は両手に短剣を携えている。
そんな三人の人型を一目見た時、クレナが彼らの身に感じたのは人の気配ではなく、幽鬼のような虚無感だった。
三人の存在からはいずれも膨大な魔力を感じるのだが、人間ならば必ずある筈の命の気配が限りなく薄いのだ。彼らが本当に人間であることすら、疑ってしまうほどに。
こちらを見つめる三人の双眸は虚ろで光を灯しておらず、整った端麗な容姿も相まって、さながら精巧に作られた人形のようだった。
そんなクレナの疑問に答えるように、オーディスが淡々とした口調で説明する。
「そう、これらは元々人間だったものだ。君と同じ、チキュウの民だった」
「……っ」
「君にはやや劣るかもしれないが、三体とも美しい姿をしているだろう? 彼らは私の最高傑作なのだ」
何気ない表情から平然と語られた事実に、クレナの表情が自分でもわかるほど憎悪に歪んでいくのがわかる。
そんなクレナの反応を楽しむように眺めながらオーディスは笑みを深めると、身の毛がよだつような実話をその口で語った。
「あれは今から五年前のことだったかな? 我々フィクス帝国の召喚師は地球から素質を持った人間を複数人召喚し、魔王軍と戦わせた。この三人は、そんな勇者達の中でも数少ない生き残りだった。しかし肉体こそ五体満足だったものの、心は脆弱なものでね。残念ながら、三年も持たずに壊れてしまったのだよ」
全く残念そうには見えないどころか愉悦の表情を浮かべながら、オーディスは「人形」と称した三人の中で手頃な距離に立っていた青髪の少女の頭を一頻り撫でた後、その頬に手を触れる。
そんな彼から行われる生理的な不快感を禁じえない行動に対して、青髪の少女は表情一つ変えずにされるがまま受け入れていた。その姿に、感情の色は存在しない。
……確かに、まるで人形のようだ。しかしオーディスが少女の頬に爪を立てれば、人間のものと何ら変わりのない血液が傷口から赤く滴り落ちていた。
その光景が彼女らが人形ではなく、れっきとした人間であることをクレナに知らしめる。
彼女らはクレナにとって言わば先輩……未来のクレナ達と同じようにかつて、この世界に召喚された地球人だったのだ。惨たらしいその事実を、オーディスは嬉々として語り続けていく。
「心が壊れてしまった彼女らは、それ以上魔王軍と戦うことが出来なくなってしまった。強大な力を持ちながら、それを生かせないほど虚しいことはあるまい。だから私はほんの親切心から、彼女らの肉体を私用の戦闘人形として調整し、再利用することにしたのだ。するとどうだろう? ドラゴンなどよりも遥かに強く、有用な召喚獣の出来上がりだ」
「なんて、ことを……!」
自分で勝手に召喚し、戦わせておきながら……心が壊れて戦えなくなったら戦闘人形として使用し続ける。彼は何の罪も無い地球の子供を、一度殺しただけでは気が済まず今も延々と殺し続けているのか。
彼女らがどんな思いで戦ってきたのか、どんな思いで心を壊すことになったのか……それさえ気に留めず、労いの言葉一つ無く利用し続ける。
――短い一生を終えた子供達に、安らかな死すら与えてやれないと言うのだ。
未来知識から、この男の腐った性根は最初から知っていたつもりだが、その狂気を自らの目で認めたクレナの胸には、未来の記憶を見た時にさえ浮かばなかった感情が湧き上がってきた。
「名前は君達の世界の神から取って、左から順に青龍、白虎、玄武と付けた。中々洒落ているとは思わんかね?」
『お前は、何様のつもりだ……!』
「君がそれを言うのかね? 私はただ無駄なものが嫌いなだけだ。使えそうなものは、骨の髄まで利用しなければ気が済まんのだよ」
使い捨てた勇者達の身体をクレナ物として利用し、あまつさえ彼女らの生きていた証である名前すら取り払った。
この男には必死に戦い続けてきた彼女らに対する情などありはしない。彼はただ、自分にとって使えるか使えないかでしか人を見てはいないのだ。
そういう男だと言うのは、わかっていた。しかしこうもクレナに不快感を与えながらそれを再確認させるのは、この男がゼン・オーディスたる所以であろう。
青髪の少女――青龍と呼ばれた美しい少女から手を離したオーディスが、次は彼女らに向けていた視線と同じものをクレナに浴びせる。
『私をここに誘い込んだのは、私を捕獲する為だと言うのは察している。これまでの道のりは、あまりにも守りが薄すぎたからな……それで今度は私の存在を、その中に加えるつもりか?』
「確かに、君を朱雀としてコレクションに加えるのも心魅かれる。だが、君ほどの力を持った肉体なら、もっと有効な使い道があるだろう。君を捕らえた後、それを考えるのが楽しみだ」
「ふざけるな……!」
彼から向けられる好色的な眼差しに、クレナは思わず日本語で啖呵を切る。
魔王よりも、魔王軍よりもクレナは彼が憎い。この世界の歪みを生んだ根源とも言えるこの男が、誰よりも憎くて殺してやりたい。
炎の剣を携えながら一瞬で彼の元へと急降下すると、クレナはその剣を袈裟斬りに振り下ろす。
しかしその一閃がオーディスの身体へと届く前に、無言で待機していた彼の戦闘人形の一体――玄武と呼ばれた黒い少年が動き、その手に持つ大剣で受け止めた。
「ふふ……美しいな。怒り、憎しみを表現した人の顔は実に美しい。それが君のように歪な人間であれば、なおのこと手に入れたくなる」
『どこまで……どこまで人を貶める! オーディス!!』
玄武がクレナの攻撃を止めている隙に、クレナの背後から白虎と呼ばれた少年が短剣を携えながら踊り掛かってくる。その気配を察知したクレナは飛行魔法として展開していた紅蓮の翼を振り回すことで、接近する彼を乱暴にはたき落とした。
「っ……」
しかし、背後の攻撃を対処した直後には正面の玄武が攻勢に出てくる。
豪快に踏み込んできた彼がその大剣を横薙ぎに払い、クレナの襟元を斬り裂いたのである。咄嗟の回避が間に合い、剣先がこの皮膚にまで到達することはなかったが……まともに受ければダメージは免れなかっただろう。
それほどの強さ――クレナを殺しうるだけの力を、彼らは持っているのだ。
その事実が、彼らが「元々地球の勇者だった」と言う話に信憑性をもたらしている。
だからこそ、クレナの心は怒りの炎に満たされた。
『こんな……こんな奴の為に、ユウシ達は!』
玄武と白虎、二人の剣撃を炎の剣で捌きながら、クレナは自らの手を下すことなく高みの見物を決め込んでいる召喚師の姿を一瞥する。
彼の為に、多くの地球人が戦わされ死んでいった。そして今もなお、こんな戦闘人形にまで成り果てて生き恥を晒され続けている者達が居る。
こんなことをする……こんなことをさせる奴らの為に、誇り高いあの兄妹の人生を狂わされていったことが何よりもクレナには許せなかった。
「そうか、やはり君は未来を見たのだな?」
クレナの憤怒の眼差しを受けながら、オーディスが何かに気づいたように問い掛ける。
二人の戦闘人形に挟まれながら戦闘しているクレナがその言葉に答えることは無かったが、彼は構わず考察を始めた。
「おそらく未来予知の能力か、私の知らない誰かから与えられた予言か……君は何らかの方法によって、今後訪れる未来を見た。そして半年後、私に召喚される勇者達の行く末を知ったのだろう」
未来の世界で死んでいったクレナ自身からそのまま記憶を受け継いだ……とまではたどり着いていないようだが、ここに居るクレナが未来の出来事を知っているという彼の考察は概ね当たっていた。
憎たらしいほどに、彼は洞察力や直感に長けているのだ。
いつだってこの男は、他人の心の中に土足で踏み込んで荒らしてくる。そう言った点ではあの神巫女ロラ・ルディアスとも似ているが、この男の場合は彼女と比べるのもおこがましい。
生かしてはおけない、灰にしてやるのすら生ぬるい男だ。
「君の目を見る限り、それは悲惨な最期だったに違いない。君は今、その勇者達の行く末と、目の前の人形達の姿を重ねている。実に興味深い……これは君を捕まえた後で、じっくり聞かせてもらいたいものだな。君の見た未来とやらを」
「オーディスッ!!」
よりにもよって大切な者達のことをその口で触れたオーディスに、クレナの怒りが限界を超えていく。
瞬間、クレナの体内から暴走していくように荒々しい炎が奔流していき、その圧力を持って斬り掛かってくる二人の人形を吹き飛ばしていった。
そしてその力の勢いのまま、クレナが炎の剣を振りかぶり、オーディスの元へと斬り掛かろうとした次の瞬間――三人目の戦闘人形がクレナの前に立ちはだかった。
「やれ、青龍」
二人の戦闘人形がクレナの相手をしている間に、その力を溜めていたのであろう。
虚ろな目でこちらを見つめる青龍と呼ばれた青の少女は、その身にクレナに匹敵するほどの魔力と……魔法とはまた別の、人知を超えた力を解放した。
それはクレナが持つ「C.HEAT」と同じ類の力――このフォストルディアに召喚された地球人だけが持つ、「勇者の力」の顕現だった。
「Cの力、「永遠の氷結」……燃え盛る炎を氷に閉じ込めるのも、面白いとは思わんかね?」
愉悦の笑みを浮かべるオーディスの声が聴こえた頃には既に、彼女の放った青い力がクレナの身体へと降り注いでいた。
その力に当てられた瞬間、この手に生成していた炎の剣が力を失いながら呆気なく消失していく。
それと同時に、手足の感覚が一気に失われていくのがわかる。これは、彼女の放った力によってクレナの身体が「凍っている」のだ。
「く……ぁ……っ……」
身体が動かない。
炎のクレナとは相反する氷属性の「C.HEAT」能力……哀れな人形と化した先輩勇者の攻撃は、怒りに燃えるクレナの思考を物理的に冷却していった。




