54 張り替え
「あやめ、荷解きしながら、整理しなさいね」
段ボールを開きながら、母は台所の食器を出していた。おばあちゃん家に引っ越して来た初日である。
大工の叔父に床板と雨漏りを直してもらう。聚楽壁の壁の色も塗り替えて白が綺麗になっている。
おばあちゃんの部屋は着物やタンス以外の荷物は処分した。東京のあやめの部屋よりも広いので物を置いても閑散としている。
おばあちゃんは年齢の割に物を溜め込むタイプではなかったようで処分した物も少ない。
おばあちゃんの部屋は母が使う事になった。神棚にお神酒を上げてから部屋の荷物は運ばれた。
二人は東京の家を出て来たのである。父は難色を示したが母が首を振らなかった。
父と母の二人の籍は抜けてないが、家庭裁判の話では母に同情的な発言が多いようだ。養育費の一括払いと精神的慰謝料も取ると母はぼやいていた。
「今更、なにをいってるのかしらね?あの人は?」
母は大層不思議な顔をしていた。
あやめも父の執着にうんざりしている。おばあちゃんの葬式にまで現れた最悪な父の後ろ姿を思い出した。腹が立って仕方ない。
「もう少し早く動けば良かったかもね……」と母は呟く。おばあちゃんの最後に立ち会えなかったのも、少ししこりになってあるようだった。
二層式だった洗濯機は、ドラム式に代わり、水しか出ないシャワーはお湯が出る。
少しづつおばあちゃんの気配は消えていく。
「暑いわね。流石にクラー入れないと駄目だわね」
母が近くの電気屋に電話を入れている。夏が終わりを告げ秋になろうとしていた。
群馬の秋は短い。直ぐに冬である。おばあちゃんの石油ストーブがまた使われ始めるだろう。
「お疲れ様です。荷物後、どこに動かしますか?」
弥彦が台所の母に告げる。電話をしていると分かり、慌ててあやめの方へ向かう。
「あやめのお袋さん……。おっかないな……」
あやめな苦笑いをした。
確かに、母はキツイ性格をしていると思う。余り笑わず、淡々と話をする。その分、おばあちゃん譲りの情の深さがあると葬儀の時に分かった。
母は表現が苦手なのだと……。
「優しい所もあるのよ?あの性格でも……」
「初めから厳しかったけど?」
「確かに弥彦には厳しいかも……。意外よね。かあさんは男の子が欲しかったと思ってたのにね」
「そうなのか?意外すぎるだろ……」
あやめの衣装ケースの場所を押し入れに動かしている弥彦。あやめは段ボールから秋物の服を出した。箪笥に仕舞うと半袖の数を減らした。
「川村くん。丁度休む所だから、コンビニで冷たいコーヒーでも買ってきてくれる?食べたい物もお願いするわ」
弥彦が小さく返事をした。
母は弥彦には数千円を握らせる。自転車に跨って弥彦は坂道をこいで行く。
「弥彦をこき使ってない?」
あやめが聞く。
「これ位で音を上げられても困るわ。川村くんは私の一番大事な物を奪って行くんだから……」
「大事な物?」
「あんたしかいないでしょ?母親が一番大事なものっていったら……。後は自分の命かしらね?」
あやめは母が幼く見えた。弥彦と張り合っているのである。
「弥彦と付き合ってる訳じゃないわよ?」
「当たり前よ!中学生でしょ!あんたは!」
母が顔を真っ赤にした。
「でも、そうなる気がする。あやめと川村くんを見てると、どうしょうもなく、懐かしく感じる時があるのよ。これは母の感よ」
「そんなもの?」
「そんなものよ。男女の仲は……。この人って分かるものよ」
「とうさんともそうだった?」
母が遠くを見た。憂いが表れている。
「そうだと思っても別れる人もいる。多分、神様でも分からないものなのよね……。家族になったら続けて行く方が難しいのかもしれないわね」
「そっか……」
母はめかし込んで離婚調停に向かう。最後の悪る足掻きなのだろう。
「かあさんの幸せを願うわ……」
あやめは弥彦が向かったほうを向いて呟いた。




