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分水嶺〜群馬の片田舎〜  作者: 木村空流樹


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53 戦国時代について

 おばあちゃんの葬儀と納骨も終え、四十九日が過ぎ、相続になった。


 司法書士の話によれば家と山があるのだが、余りお金にはならないので、相続税も安いと言う事。


 あやめのお宝は美術品としては価値があるが、売却の時に税金がかかる。なので、あやめは宝を沼田市歴史資料館に貸し出す事にした。


 資料館の担当者がおばあちゃんの家に来た。小柄な女性が玄関から上がってくる。手早く名刺を母に渡して挨拶をした。おばあちゃんが言っていた人と同じだった。


「薬玉様から言付けされています。こちらの美術品は娘さんに渡すとの事ですが……。よろしいですか?まだ、未成年なので親御さんの同意が必要ですが……」


 母は小さく頷いた。


「薬玉様からは売却での依頼でしたが、間違えありませんか?」


「いいえ、このまま私の次の代に継がせたいと思っています。ですが、あの暗い穴から誰でも見られる形にしたいです。」


「そうですが……。あの鎧や刀は沼田にとっては掛替えの無いものです。仕方ありませんね。確かに、コレクターに売れば、良い値段で買われる物ですから……。では、寄託となりますので、こちらにサインと契約書の一読をお願いします。大切に保管、管理、展示させて頂きます。鎧一式。刀二刀でよろしいですか?」


 あやめは考えた。


「刀は家で保管したいです」


 あやめと弥彦が最後に寄り添っていた場所に残したいのだ。


「分かりました。確かに、このご自宅も歴史的に古い物になります。お寺を移築した物と聞いていますが……。」


「確かに聞いた事があります。祖父が生前羽振りがよい時に気に入って移したって……。だから、お寺の縁側があります。」


 母が首を捻った。


 歴史資料館の女性が頷く。


「しかし、直さなければならないと思います。シロアリの被害もありますし……」


「床の穴はシロアリですか?」


「多分……。」


「薬玉の叔父様が大工をしていますので、回復は出来ると思います」


 資料館の女性は咳払いをした。


「話を戻しますが、家の下の穴を掘ったのは戦国時代の頃と思われます。炭素年代測定の結果です。想像ですが、あの穴は人を守っていたものと思われます」


「どう言う意味ですか?」


「人を匿っていたと思われます。お年寄りや産前の女性でしょうか?薬玉様の話では戦前までお産は穴の中で行い、産後一ヶ月は生活をしていたそうです。自炊出来る釜や煙突としての竪穴も発掘されています。」


「知りませんでした……」


「戦国時代の骨董品もあります。行李(こうり)の中に茶碗や唐物の皿。日常生活の物から着物や帯も残ってるのが驚きです。普通なら腐敗してしまう筈ですが、状態が良い物ばかりです。そちらも、寄託で宜しいです?」


 あやめが頷いた。


「よろしくお願いします」


「品目が増えましたので、リストを作らさせて頂きます。」


 資料館の女性はノートを取り出し、品物の名前を書いている。あやめがふと外を見ると、庭の木々が揺れていた。


「あの……薬玉弥彦という人物はどんな人だったんですか?」


 女性は顔を向ける事なく答える。


「武田勝頼の手紙に一文だけ出てくる人物です。勝頼から名字と褒美を貰っています。雑兵の一人なのですが、沼田の戦の時、勝頼と真田と上杉の伝令役として活躍しました。ですが……、薬玉の名前は歴史に残っていません。農民が名字を持っている時代ではありませんね。しかし、掛け軸を見るとあやめと言う女性が名を名乗っていたようですね。そこからの祖先と思われます」


「弥彦とあやめの間には子がありませんが……、祖先になるのでしょうか?」


「掛け軸に書いたと言う事に意味があります。あやめから派生する家族であると言う事だと思います。女に名前が残っているのが不思議です。何々の子で終わりですから……。弥彦氏があやめを重視していたのが分かります。後妻として迎えたさよりにも薬玉の姓を名乗らせていますから、大きかったのでしょう……。これは予測ですが、お産で亡くなったと考えられます。」


 あやめはゆっくりと夢の話を女性に伝えた。


 弥彦との出会い、矢沢との出会い、真田との出会い、城攻めの話、婚礼の話と話をした。母は夢の話なのに遮ろうとはしなかった。だが、母が訝しそうに目を細めた。


 女性は手を止めて聞いている。


「薬玉様からもあやめの幽霊の話は聞いています。もしかしたら、弥彦氏を待っていたのかもしれませんね。それ程、甲冑や刀、着物、全てに置いて状態がよいのです。まるで息づいてるように……。明治に修復はされていますが、それ以上に何かある感じはします。あやめの幽霊も代々あるのがかもしれません。」


 女性は否定しなかった。


「弥彦があやめから直ぐにさよりと結婚しても、あやめは幸せだったのでしょうか?」


 女性は首を捻った。


「あやめはお産で亡くなった可能性が高いと申しました。初産で亡くなる女性が多かった時代です。さよりはあやめのお産を手伝っていのではないでしょうか?あやめが亡くなり後妻に親族が入るのは普通な時代です。それに掛け軸に名前があるので、あやめの存在は絶対に大切だったのだと思います。個人的な見解ですが皆に愛されていたと思いますよ。」


 あやめはほっとした顔をした。


「でも夫としては弥彦は嫌だわ……」


 母がつけ足すように言う。


「価値観が違います。戦国時代は村で血を守っていたのです。戦国時代にいつ息絶えるかわからない時代です。尚更、死んでしまった妻を追える程、弱くはないのでしょう。だから、掛け軸に残したのだと思います」


 おばあちゃんの器の話を思い出した。時代は流れているのだ。戦国時代のあやめと現代の私では考え方が違う。


 肩に振れただけで幸せだと言うあやめに悲しみが残った。


「あな、幸せ……ってどう言う意味ですか?」


「極楽浄土にいるような心地とでもいいましょうか?本当に幸せですっていう感じでもありますね」


 あやめは遠くの空を見た。


 戦国時代のあやめは幸せだったのだ。弥彦の顔を見られて、弥彦の子供たちを見つめながら待ったのには意味があったのだと思った。

 


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