51 思い出
母と葬儀屋との話は続いている。
おばあちゃんの遺体の前で混乱した頭を整理していた。
あのとうさんが浮気をしている?それも子供までいる?あやめは父親の不在は仕事の為に仕方なく、忙しくしているものだと思っていた。家族の為に働いてくれてるのだと……。
小学生の頃、良く授業参観や登校班の旗振り当番をしてくれた。あれも既に罪悪感からの行動だったのか……と思った。
高校の進学もかあさんよりもとうさんが話を聞いてくれた。進学したい大学の話まで聞いてくれた。とうさんの大学生の時の生活の話もしたのに……。
だからかあさんはとうさんと話すとイライラしていたのだと分かった。私にまで隠さないといけなかった母の気持ちを慮った。
楽しそうにするあやめの姿は、母に複雑だったろう。
とうさんはどんな気持ちだったのだろうか?二つも家庭がある自分に酔いしれていたのだろうか?
「解らないよ……」
あやめは泣き出した。気持ちが悪い。父親も母親の考えも理解できない。気持ちが悪い。
あやめはおばあちゃんの手紙を握り締めた。
「あやめちゃんへ……」
手紙を読み返す。ある違和感に気付いた。
おばあちゃんはあやめを呼ぶ時は必ず名前で呼んだ。この手紙には貴方とある。
「この手紙、かあさんにも宛ててあるんだわ。生きる事を諦めるなって……。私よりも当事者だったかあさんが辛かったに決まってる……」
あやめは両親の感情を理解するのを諦めた。
父親を許せる訳がない。
言い分を聞くべきだろうか?でも、かあさんはとうさんが悪人になるようには話していなかった。ただ、真実だけを述べようと努力していた気がする。
「やすこを許して……っておばあちゃんは言ってた。多分、私に黙っていた事を許せと言う意味だわ」
あやめは頷いた。
かあさんは始めから私を蔑ろにしていた訳ではない。キツイ態度も強い言葉もとうさんに関係している時に多かった。あれは拒否反応だったのだ。女としての母親としての。
「でも……」
あやめはスマホで父に連絡をした。コール音がしてから父の声が聞こえる。
「とうさん?」
あやめは沈黙に怖さを感じた。知らない他人と対峙しているような気分だった。
「あやめ?どうした?」
かあさんも葬式にはとうさんを呼ばないと言っていた。あやめは、おばあちゃんの事は話すのを避けようと思った。
「かあさんから聞いた……。とうさんもう一つ家庭があるんだって?」
父の長い沈黙。
「私達には愛情がなかったの?」
「あるからやすこの家にも帰って来てる……。あやめも大切に育てたつもりだ……」
「でも、片方の家でも同じ事を言ってるのでしょ?」
父の沈黙。
否定はしないのだから同じだった。
「あやめが成人する迄は黙ってるつもりだった。やすこが話したのか?」
「私だけ蚊帳の外って酷くない?優しくしてたのも計算から?」
「そんな訳ないだろ……。二人とも俺の可愛い娘だ」
「どちらも選ばないのは卑怯よ。かあさんを馬鹿にしてる。私も馬鹿にしてる」
父の沈黙。
「とうさんは悪者になりたくなかっただけだわ……」
「あやめ……。すまない……」
あやめは通話ボタンを切った。
とうさんは謝る事しかしないだろう。もう、無駄な会話だった。自分が加害者なのに被害者面なのが許せなかった。
父との思い出が色褪せていく。それは、おばあちゃんの写真よるも歪んで汚れて行く。
父とはなんだったのだろう?
あやめを気に入る時だけ、可愛がって捨てられる猫のように扱う人間。
あやめは涙が出た。
とおさんに騙されていたのだ。産まれてからずっと……。それをどんな気持ちで、かあさんは見ていたのだろう?
頭の中てカンカンカンカンと音が鳴る。
もう答えは出ている。




