49 おばあちゃんの思い
母が長い溜息を吐いた。
あやめは必死で戦国時代の夢と先祖の弥彦とさよりの事を話した。悲しくも儚い祖先の恋愛事情だった。
「あやめ……、もう良い?葬儀屋に連絡しないと……」
母は辛そうに顔に手を当てて息をしている。
「おばあちゃんがこんなになって不安定なのはわかるけど……、夢の話よね?まずは、葬儀が先でしょ?」
「信じてくれないの……?」
あやめは浅く息をした。心臓がバクバクいっている。失敗したのだ私は……、母は全て思春期の戯れ言だと思われている。
「不安定なのよ。こんな時じゃ仕方ないわ」
母が立ち上がって、台所で携帯、片手に話をし始めた。相手は葬儀屋だろう。
あやめの頭の中からカンカンと音がなっている。
私は失敗したのだ。おばあちゃんごめんなさい。あやめは何度も謝った。私は母親を許す事が出来ない。
あやめはグワングワンする視界をまっすぐにしょうと両手で顔を覆った。
「カバンから制服を出しなさい。お通夜にはあやめが着ないといけないから……」
あやめは母の声が遠くで聞こえる。
「分かった……」
玄関に置いてあったスーツケースを持ち上げて、廊下に置いた。
重い。あやめの気持ちと同じくらい重い。
あやめが寝ている部屋に置きに行き、テレビのある部屋へ戻る。
「少し火葬場と時間を合わせるみたいだから、少し時間があるわ。こんな時だけどお弁当買ってきたから、食べましょう……」
コタツテーブルの上に達磨弁当が置かれた。赤い達磨の形の弁当箱で群馬の名物だった。小さい時あやめと電車の乗り継ぎの駅で食べたものだ。
「いただきます」
箸を割ると、あやめは気持ち悪さが勝った。
だが、母の手前、食べないといけない。
おばあちゃんのカンカンが視線の先に見えた。あやめは箸を置き、カンカンの蓋を開いた。
「早く食べちゃいなさい……」
母の言葉を無視してあやめは、おばあちゃんの手紙を出した。母宛ての手紙もテーブルに載せた。
指で茶封筒を開く。あやめの手紙には枚数がある。便箋を出して見る。端正な文体の文字が書かれている。
『あやめちゃんへ』
語り掛けられてる文字。おばあちゃんの声が聞こえる。
『この手紙を読んでいると言う事は、おばあちゃんはもうこの世にはいないのでしょう。
伝えたい言葉はいっぱいあるけれど、貴方が思っている以上に、この世の中で一番愛おしいと感じるのは貴方だけです。いつも態度に表す事も出来ず、伝える事も出来ず、申し訳なく思っています。
思い出は語り尽くせず、出てくるばかりですが、おばあちゃんのいない未来に向けて生きて行かなければならない事を申し訳なく思っています。
おばあちゃんがいなくなった日々を悔やまず、嘆かず、生きて行って欲しいです。
貴方は手の掛からない子でした。一言伝えればおばあちゃんが嫌がる事はしない子でした。
その時は気付いてあげられなくて申し訳なかったです。
貴方が初めて歩いた時の事を覚えています。恐る恐る立ち上がり一歩一歩歩みを進めました。一生懸命に生きて諦めず生き続ける事を望みます。
しかし、苦しくなったら逃げても良いのです。生きる事を諦める事を望んでいないのです。だから、友達や家族、全ての人に頼って生きて良いのです。貴方が思っている程自分に価値のない人間ではありません。貴方は若さ以外に学ぶ力がある人間なのです。
疲れたら休んで下さい。人生を楽しめる余裕を持って下さい。
おばあちゃんは良い家族ではありませんでした。返せる物なら生きてる間に返したかった。努力はしましたが、ひとりよがりだったかもしれません。』
便箋を一枚挟んで色褪せた写真が出てくる。
あやめは驚いた。
写真には赤子を抱く母と満面の笑みのおばあちゃんがフレームに収まっている。
何度も何度も見たのか端は擦り切れている。
あやめは嗚咽が止まらなくなった。
「おばあちゃん……!」
涙が止めどなく流れてくる。綺麗な文章ではない。ただ、想いを綴っている手紙。
「かあさん!おばあちゃん死んじゃった!」
あやめは母の方を向いた。
母は静かに涙を流している。手紙を握りしめて静かに……。あやめは母に自分の手紙を渡した。
「おばあちゃん、こんな事言ってる……」
母は自分に宛てられた手紙を握り締めたまま呟いた。
「おかあさん……おかあさんは知っていたなんて……!」
あやめは母の手から母宛ての手紙をゆっくりと託された。
『やすこへ あやめちゃんを信じなさい。早く群馬に帰りなさい』
母宛ての手紙は二文だけだった。だが母は言葉の意味を理解していた。
「そんな……、あやめはまだ幼いのよ……。私だってもっと時間が掛かったのに!なんで!」
「かあさん。私は大丈夫。話して……私を信じて……」
母はハンカチで涙を拭いながら、あやめにポッポッと話しだした。その言葉は選んでいるようにあやめは感じた。




