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分水嶺〜群馬の片田舎〜  作者: 木村空流樹


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48/53

48 母

 あやめがガラス戸の玄関で人影が動いたのを見た。


 咄嗟にその人影が誰だか分かり、玄関に駆け寄る。


 慌てて指を動かすので思うように鍵のネジが回らない。数回、回して古びた鍵を開けた。


「かあさん!おばあちゃんが!」


 あやめは玄関から飛び出すと、ブザーを何度も押している母が驚いている。


「何は共あれ、おばあちゃんにお線香を上げさせて頂戴。葬儀屋から家に着いたら連絡してと言われてるから……」


 母が玄関の入り口にある廊下に座り、靴を脱ぐ。既に喪服のカッコをしていた。


「あやめ……」


 弥彦が玄関に出てくる。母が真っ赤な顔をした。


「あやめ!あんた!おばあちゃんがこんな時に何してるの!」


 母は憤慨して怒っている。言葉を畳み掛けようとした所に弥彦が大きな声を出す。


「初めてお目に掛かります!川村弥彦と申します!あやめさんとは群馬で出会ったばかりです。偶々、家の前を通った所、おばあ様が亡くなったと知り、親御さんが来るまではと思い一緒にいました。決してやましい気持ちなどありません。親御さんが心配するのは当然です。大変申し訳ありませんでした。もう帰りますので、失礼します……」


 母は憤慨した顔をしている。弥彦の言葉をのみ込み、数分してから溜息を吐いた。


「分かったわ……。あやめ、不安だったのね……。川村さんも有難う御座いました。もう、心配はいりませんから帰りなさい……」


 弥彦があやめをちらっと見る。不安そうな顔をしたあやめに口角を上げた。


「大丈夫だ。あやめさん……何かあったら連絡をくれよ……」


「大丈夫。何もないわ」


 母が付け足すように伝える。


 母が来年受験生のあやめを色恋沙汰に巻き込みたくなかったのだ。親の心配はあやめに伝わらない。


「失礼します」


 弥彦が頭を下げて玄関から出て行った。


 あやめはふと弥彦とは喧嘩していたのだと思い出したが、言葉にはならなかった。もう、十分弥彦はあやめを守ってくれていたのだから……。


「一旦、おばあちゃんにお線香を上げないと……」


 母はおばあちゃんの部屋へ行く。母が躊躇っているのが分かる。少し震えている。


「大丈夫。大丈夫……よ。あやめ……」


 母の言い聞かせるような言葉。


 おばあちゃんの顔を覗き込むと、もう白くなった顔の皮膚を触った。


「おかあさん……」


 言葉は続かない。


 母は愛おしいそうに顔を撫でている。


「大丈夫。大丈夫よ。私はおかあさん……」


 泣きはしない。だが長い沈黙。


 あやめは黙って母の後ろ姿を見ていた。ただ、只管に小さい母の背中をおばあちゃんと重ねていた。


 仕事人間の母はいつも忙しそうだった。あやめの話を聞かない人だった。それで、あやめは母との関係を諦めてしまっていた。親子などこんなものだろうと……。だが、おばあちゃんは許せと言っていた。何かを指しておばあちゃんは伝えていたのだろうか?


「あやめ。葬儀屋に連絡するからおばあちゃんといなさい。直ぐにお通夜とお葬式だから……」


「分かった。その前に、おばあちゃんが残したカンカンの中身を見て欲しいの……」


「カンカン……?そんなの後で良いわよ。おばあちゃんをお墓に入れてからで……」


「お願い。おばあちゃんの想いが残ってるものなの!」


 あやめは母に叫んだ。あやめの行動であった。母に大きな声を出したのは久しぶりだ。


 母は不服そうな顔をした。


「遺言書も入ってる……」


 母があやめの後にテレビのある居間に入った。カンカンはおコタツテーブルの上にある。


 母はおばあちゃんの席に着き、足を伸ばして座った。あやめはカンカンを開くと、上に乗っている走り書きを渡した。


 おばあちゃんがあやめに指示を出していた紙だった。母は黙っておばあちゃんの書いた内容を読んでいる。


「確かに分かり易いわ……。おかあさん、覚悟していたみたいね……」


「それでこれが遺言書……」


 母が首を振った。


「司法書士さんがいるみたいだから開封はその時にしましょ……。その前にあやめに託したお宝とは何?」


 あやめはたじろいだ。母に戦国時代のあやめの話をして信じてもらえるだろうか?戯れ言と馬鹿にされないか?弥彦に居てもらえば良かったと思った。


「かあさん、あやめの刀って知ってる?」


「おばあちゃんの上に乗ってる刀でしょ?確か家宝になってる……」


「この家の真下に掘られた防空壕の中に弥彦の鎧があるの。後、弥彦の刀とあやめの刀がある」


「長女じゃなかったから、おばあちゃんは教えてくれなかった。弥彦……の刀?それがそんなに値段が張る?」


「戦国時代の物なの」


 あやめは何を決心した。母に全てを話そう。


「これからの話は嘘ではないわ……。信じて……」


「待って。葬儀屋さんに電話してからでいいかしら……」


「その前に聞いて!」


 あやめはおばあちゃんが背中を押していると信じ話始めた。母は信じられないと言う表情で聞いている。


 話を黙って聞いてくれるのは何年ぶりだろう。あやめが物心が着いた時期からなかったのに……。


 あやめから視線を反らして聞いている母は、話を聞いてる最中頷こうとはしなかった。

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