48 母
あやめがガラス戸の玄関で人影が動いたのを見た。
咄嗟にその人影が誰だか分かり、玄関に駆け寄る。
慌てて指を動かすので思うように鍵のネジが回らない。数回、回して古びた鍵を開けた。
「かあさん!おばあちゃんが!」
あやめは玄関から飛び出すと、ブザーを何度も押している母が驚いている。
「何は共あれ、おばあちゃんにお線香を上げさせて頂戴。葬儀屋から家に着いたら連絡してと言われてるから……」
母が玄関の入り口にある廊下に座り、靴を脱ぐ。既に喪服のカッコをしていた。
「あやめ……」
弥彦が玄関に出てくる。母が真っ赤な顔をした。
「あやめ!あんた!おばあちゃんがこんな時に何してるの!」
母は憤慨して怒っている。言葉を畳み掛けようとした所に弥彦が大きな声を出す。
「初めてお目に掛かります!川村弥彦と申します!あやめさんとは群馬で出会ったばかりです。偶々、家の前を通った所、おばあ様が亡くなったと知り、親御さんが来るまではと思い一緒にいました。決してやましい気持ちなどありません。親御さんが心配するのは当然です。大変申し訳ありませんでした。もう帰りますので、失礼します……」
母は憤慨した顔をしている。弥彦の言葉をのみ込み、数分してから溜息を吐いた。
「分かったわ……。あやめ、不安だったのね……。川村さんも有難う御座いました。もう、心配はいりませんから帰りなさい……」
弥彦があやめをちらっと見る。不安そうな顔をしたあやめに口角を上げた。
「大丈夫だ。あやめさん……何かあったら連絡をくれよ……」
「大丈夫。何もないわ」
母が付け足すように伝える。
母が来年受験生のあやめを色恋沙汰に巻き込みたくなかったのだ。親の心配はあやめに伝わらない。
「失礼します」
弥彦が頭を下げて玄関から出て行った。
あやめはふと弥彦とは喧嘩していたのだと思い出したが、言葉にはならなかった。もう、十分弥彦はあやめを守ってくれていたのだから……。
「一旦、おばあちゃんにお線香を上げないと……」
母はおばあちゃんの部屋へ行く。母が躊躇っているのが分かる。少し震えている。
「大丈夫。大丈夫……よ。あやめ……」
母の言い聞かせるような言葉。
おばあちゃんの顔を覗き込むと、もう白くなった顔の皮膚を触った。
「おかあさん……」
言葉は続かない。
母は愛おしいそうに顔を撫でている。
「大丈夫。大丈夫よ。私はおかあさん……」
泣きはしない。だが長い沈黙。
あやめは黙って母の後ろ姿を見ていた。ただ、只管に小さい母の背中をおばあちゃんと重ねていた。
仕事人間の母はいつも忙しそうだった。あやめの話を聞かない人だった。それで、あやめは母との関係を諦めてしまっていた。親子などこんなものだろうと……。だが、おばあちゃんは許せと言っていた。何かを指しておばあちゃんは伝えていたのだろうか?
「あやめ。葬儀屋に連絡するからおばあちゃんといなさい。直ぐにお通夜とお葬式だから……」
「分かった。その前に、おばあちゃんが残したカンカンの中身を見て欲しいの……」
「カンカン……?そんなの後で良いわよ。おばあちゃんをお墓に入れてからで……」
「お願い。おばあちゃんの想いが残ってるものなの!」
あやめは母に叫んだ。あやめの行動であった。母に大きな声を出したのは久しぶりだ。
母は不服そうな顔をした。
「遺言書も入ってる……」
母があやめの後にテレビのある居間に入った。カンカンはおコタツテーブルの上にある。
母はおばあちゃんの席に着き、足を伸ばして座った。あやめはカンカンを開くと、上に乗っている走り書きを渡した。
おばあちゃんがあやめに指示を出していた紙だった。母は黙っておばあちゃんの書いた内容を読んでいる。
「確かに分かり易いわ……。おかあさん、覚悟していたみたいね……」
「それでこれが遺言書……」
母が首を振った。
「司法書士さんがいるみたいだから開封はその時にしましょ……。その前にあやめに託したお宝とは何?」
あやめはたじろいだ。母に戦国時代のあやめの話をして信じてもらえるだろうか?戯れ言と馬鹿にされないか?弥彦に居てもらえば良かったと思った。
「かあさん、あやめの刀って知ってる?」
「おばあちゃんの上に乗ってる刀でしょ?確か家宝になってる……」
「この家の真下に掘られた防空壕の中に弥彦の鎧があるの。後、弥彦の刀とあやめの刀がある」
「長女じゃなかったから、おばあちゃんは教えてくれなかった。弥彦……の刀?それがそんなに値段が張る?」
「戦国時代の物なの」
あやめは何を決心した。母に全てを話そう。
「これからの話は嘘ではないわ……。信じて……」
「待って。葬儀屋さんに電話してからでいいかしら……」
「その前に聞いて!」
あやめはおばあちゃんが背中を押していると信じ話始めた。母は信じられないと言う表情で聞いている。
話を黙って聞いてくれるのは何年ぶりだろう。あやめが物心が着いた時期からなかったのに……。
あやめから視線を反らして聞いている母は、話を聞いてる最中頷こうとはしなかった。




