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分水嶺〜群馬の片田舎〜  作者: 木村空流樹


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44 蚊取り線香

辛いシーンがあります。近しい人のご不幸がありましたら、読むのは辛いと思います。

 あやめが起きる。朝ご飯にはおばあちゃんがおこしてくれる。だが、今日はない。


 不思議に思い、布団から身を起こした。いつも明けっ放しの襖が閉じている。


「おばあちゃん?」


 テレビも付いていない。台所におばあちゃんの姿は見ない。


 おばあちゃんの部屋に足を進めた。まだ寝ている。珍しい事もあるものだ。だが、あやめな嫌な気がした。布団の中のおばあちゃんに近付いて肩を揺すった。


「おばあちゃん?」


 固い。印象が違う。おばあちゃんの口に手を当てて、直ぐに首の動脈を測った。駄目だ。動いてない。温かくない。


「おばあちゃん!?待って!どうゆうこと!」


 あやめは息を引き取っているおばあちゃんの前で浅い息を吸った。


「きゅ、救急車!スマホ!」


 あやめは慌てて、立ち上がった。家鳴りがする。カンカン、カンカンと音がする。おばあちゃんの言葉が過る。箪笥の中のカンカンに入ってると言う言葉を思い出し、慌てて箪笥を開いた。見える所にそれはあった。


 カンカンを開くと、色々紙が入ってるようでみっちりとしている。一番上のノートの切れ端が目に付いた。開いて見ると、おばあちゃんの文字だった。


『あやめちゃんへ 

 あやめちゃん、この紙を見ていると言う事は私に何かがあった時でしょうね。まず、落ち着いて……。

おばあちゃんの病院の電話〇〇〇〇〇〇〇〇に電話して〇〇先生に連絡して下さい。朝でも夜遅いでも対応してくれます。訪問介護もしてる先生だから直ぐに来てくれるよ。』


 あやめは直ぐに電話を掛けて、息をしていないおばあちゃんの状態を話した。直ぐに来てくれるようであやめを落ち着かせてくれた。


 もう一度、おばあちゃんの前に行き、指示にしたがって、息をしていないか確認を取った。看護師は先生がもう向かってるので、数分待ってれば大丈夫と何度も伝えて電話を切った。


 あやめは耳の奥のがぼーと言うのが聞こえた。


 直ぐに玄関戸を叩く音が聞こえた。


「薬玉さん!薬玉さん!」


 あやめは玄関を開けると、中年の眼鏡の厚い白衣の先生が居た。


「君が薬玉さんが言ってたあやめさんだね?」


 手慣れたようすでおばあちゃんの部屋まで来る。聴診器で心音を聞き、静脈を測り、瞳孔が開いているのを確認してから、紫斑を見た。


「お線香と鉢と、おりんと、蚊取り線香と手拭いを持ってきてくれるかな?」


 先生は優しいあやめに問うた。


 おばあちゃんの布団をはがし、体を正しい姿勢にしてから、手を組ませ形を固める。顎が下がってくるのを抑える為にタオルで顎と頭を潜らせるように結んだ。


 一通り終わると、手をアルコール消毒してから、テーブルで死亡届を書く。慣れた手つきで書き終わる。



「死亡届は原本を役所に提出、7部くらいコピーを取るんだよ。使うからね。後、お線香を一日中たかなくてはならないよ。君一人だから蚊取り線香で代用が出来る。故人が上に上がれないからね……」


 先生はおばあちゃんの前で煙草に火を付けた。


「いいかい?ここからは親御さんがくるまで誰が来ても玄関を開けてはいけないよ。知らないおじさんやおばさんが財産を狙ってくるからね……。着物も危ない」


 おばあちゃんの布団の隣には、あやめの為に繕われた着物があった。


「私、これからどうしたら……?」


「薬玉さんも酷だね。学生さんに看取らせるとは……。でも、何か手紙とかないかい?」


 あやめはノートの切れ端を出した。先生は目を通してから、頷いた。


「これなら、墓の場所まで書いてある。ならこの通りにしなさい。ご両親がくるまで頑張るんだよ」


「ありがとう御座います」


「最後の診察が昨日なだったのは良かったよ」


「昨日な……、建物を見に行った日に、病院にいったのですか?」


「昨日な家に問診に来てるんだよ。だから、入院を勧めたのに……、家で亡くなるなんて今どき珍しい」


「そんなに悪かったんですか?」


 先生は溜息を吐いた。


「薬玉さん。あんた本当に酷だよ。君が病む事じゃない。始めから薬玉さんは死期を分かっていて、君を呼んだんだよ。だから、君のせいじゃない。気に病むなと言っても直ぐに気持ちは切り替わるもんじゃないよ」


 先生は煙草をゆっくりと吸った。


「人の死に慣れるなんて当たり前じゃない。私だってこの年になっても一人一人の患者に出会っては別れている。何度も同じ死だと思っても、やり切れないないよ。薬玉さんは良いおばあちゃんだったろ?そうあろうとして努力したからだよ。辛いだろうけど乗り越えなさい。親御さんに連絡が付いてるのかい?」


 あやめが首を振った。


「なら、待ってるから、連絡だけでもしなさい……。薬玉さんが病院に運ばれたとだけ伝えなさい。流石に死んだと聞いたら慌てるだろうから……」


 先生は言葉を付け足した。


 あやめは落ち着かせて、母の電話番号に連絡した。この時間、母は通勤時間である。車に乗ってるだろう。2コールすると母は直ぐに出た。


「あやめ?」


 あやめはゆっくりと息を吐きながら、慌てないようにスマホを持ち直した。


「かあさん、落ち着かせて、聞いて……。おばあちゃんが病院に運ばれた……」


 向こう側で母の息を飲む声がする。答えは直ぐに帰って来なかった。そして、ウインカーの音とエンジンを切る音がした。


「あやめ……大丈夫だから、嘘付かなくていいわよ。お母さん死んだのね?」


 母の声が近い。スマホを車の機材から外して、手に持ち直したようだ。


 あやめは答えられない。どう答えては良いのか分からなかった。


 先生が立ち上がった。あやめの肩を叩いた。電話を変われと伝えている。あやめは何も考えられず先生にスマホを渡した。


「薬玉さんの娘さんですか?私は主治医です。今、死亡確認しました。お子さん一人では心許ないでしょうから、早く帰宅をお願いします。近くに葬儀屋が一軒しかありませんので、呼びます。クーラーがないので腐乱が早いです。薬玉さんの手紙にも心配の言葉がありますから、そこの葬儀屋で大丈夫だと思います。故人の遺志もありますし……。分かりました。あやめさんに変わります」


 先生は溜息を吐きながら、あやめにスマホを渡した。


「かあさん……。あのね……」


「あやめ、大丈夫よ。直ぐ帰るから……」


 久しぶりに聞いた母の優しい言葉だった。あやめが泣きそうになった時、玄関をダンダンと叩く音が聞こえた。先生が玄関に向かう前に、戸が開く。


「あやめ!悪かった!ごめんよ……」


 弥彦が玄関に入って叫んだ。


「川村さんところのお孫さんだね?どうしたんだい?」


 先生が不思議そうな顔をした。


「弥彦……。おばあちゃんが!」


 スマホ口であやめが叫んだ。母が知り合いがいる事に驚いたが、黙って聞いていた。


「電話を変わって……、あやめ」


 現状が理解出来ていない弥彦にあやめはスマホを渡した。


 電話口で顔が青ざめる弥彦に、先生が苦笑いしながら、ほっとした顔をした。そして、先生は煙草を吸い終わると、病院へ帰って行った。


 あやめは玄関の戸を施錠する。冷蔵庫から麦茶を出して、飲み、テレビを付けた。


 普通の日常が帰って来る。弥彦はおばあちゃんに線香を上げ、拝んだ。


 あやめは、おばあちゃんのメモを見る。


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