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分水嶺〜群馬の片田舎〜  作者: 木村空流樹


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42/47

42 器

 おばあちゃんは着物を縫っていた。


 ミシンのような早さで運針をしている。一日で縫い上げるつもりのようだ。


 老眼鏡を鼻先までずらし、着物と対峙している。


「ただいま〜」


 玄関をあやめが入って来たら、おばあちゃんは針を針山に刺す。


「おや、おや、早いかったべね。食事ばしてくると思ったべ」


「そんな気になりゃしないわよ。」


 おばあちゃんはあやめの顔色を見た。直ぐに微笑み、冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぎ、煎餅を茶うけとしてこたつテーブルに出した。


「どうしたんだべ?」


「あのね……」


 あやめはおばあちゃんに弥彦との一連の流れを説明した。あやめはバックから水筒を出して、残りを飲んでから、コップの麦茶を飲んだ。


 あやめは苦々しく言葉を選ぼうとして、選べずに話していた。


「弥彦さんは、多分あやめちゃんに甘えてるんだべな」


「いい迷惑よ。彼女でもないのにゴミ溜め状態」


「あやめちゃんは優しいべ。だから、人の言う事をそのまま受け取る。正しい言葉とは限らないべ。まだ、青二才の言葉など子供と変わらん」


 おばあちゃんは隣の部屋へ移動してから、着物を持って来た。あやめの隣のいつもの席に着く。言葉を発しながら、針を進めた。


「もう、そんなに進んでいるの?凄いね」


「ああ、昔よりは進みが遅いだべが……、でも、まだ縫えるみたいだべな……。ささ、そんな事より、弥彦さんの話をするべ。どう感じたか言ってみるだべよ」


 あやめは又弥彦の話をし始めた。おばあちゃんは着物から視線を変えず、あやめの話を頷いた。


「おばあちゃんは話を聞きながら、着物が縫えて凄いね」


「ばっちゃんの縫い事は体に染み付いてるから話しながら縫った方が楽しいだべ。あやめちゃんは集中したら話が聞けない人だべか?」


 あやめは少し黙った。


「弥彦の話、聞いてなかったかも……」


「じゃあ、弥彦さんが怒るのも仕方ないべ。あやめちゃんも悪い所があったんだべよ。話を聞くとは難しいもんで、一方通行では喋りにならないだべよ。」


「おばあちゃんの言う通りかもしれない……少し悪い事したかも……」


「でも、女、子供を怒るのは心が狭い漢だべ」


 おばあちゃんは笑いながら、針を進める。


「人にはそれぞれの器があるべ。子供時代と言う器。結婚と言う器。子供を産むと言う器。幸せと言う器。人、それぞれが持っている秤で測っているものだべ。不格好でも、美しくても、その器の持ち味だべ。だがな、その時、その時、で器の形は変わるもんだべ。だから、自分の分水嶺という物があるだべ。道のわかれ道が分水嶺の事だべ。分水嶺のように人は水にはなれない。だから、自分の分水嶺を間違わないように、その時の器で、水を見定めて進むしかないだべ。器も時代によって変わり、水の流れも時代によって変わるだべよ。その中心にある自分が分水嶺だと気付いた時

が別れ道だべよ。大切に決めるんだべよ。ちゃんと気付けたんだから……」


 あやめが頷いた。


「器……、分水嶺……」


 あやめは不安になりスマホで分水嶺を調べた。

 群馬県にも分水嶺があるのをホームページで見掛けた。




(山に降った雨は沢を下って川に流れ込み、やがては海に注ぎますが、日本ではおおざっぱにいって太平洋か日本海のどちらかに流れ込みます。


 この境界が「中央分水界」で、北海道・宗谷岬から津軽海峡を渡って本州を縦断し、関門海峡を飛び越えて九州・佐多岬まで約5,000kmが連なっています。


 高山村の群馬県境はちょうど分水界となっており、高山村側に降った雨や雪は松川から千曲川に流れ込み、新潟県に入って信濃川と名前を変えて日本海に注ぎます【信濃川水系】。


 これに対して群馬県側に降った雨や雪は、吾妻川から利根川に流入し、関東平野を横切って太平洋に流れて行きます【利根川水系】。


高山村の分水界


 写真  )


okadanoen.comより

 山が連なっている写真を見ながらあやめは、溜息を吐いた。


「おばあちゃん、私には分水嶺は難しすぎるわ。弥彦は東京に行く事が分水嶺だと言ったわ」


「なら、弥彦さんの夢は東京にあるんだべな。自分で決めて行くなら本望だべな」


「あやめちゃんにはないだべか?」


「まだ、私にはその時はないわ」


「なら、必ず来るべ。あやめちゃんの分水嶺が……。その時までゆっくりしとれば良いべ……」


 おばあちゃんは笑った。


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