第十八話 ブール商会
「今度は座敷童ですか。そうですか、大老さんも随分と手を打ち続ける」
ブール商会会長室、その主であるササンは先日冒険者ギルドが古文書の一部を解読したとして妖怪、座敷童について書かれている紙を見て笑う。
紙の上半分はその妖怪と思われる曖昧な絵が描かれ、下半分は所業について書かれている。
座敷童については端的に言えば住めば富をもたらし、出て行けば富を持っていくということ。
一月前のササンだったら鼻で笑っていただろう。自らの腕で今の地位を築き上げたササンにとって富は来るのではなく作るか、奪うかでしかない。誰かが運んでくるなど断じてない。
しかし今のササンはこの情報を信じられる。理由は先日公表された枕返しの所為だ。
枕を返すだけの妖怪。公表されたときは皆信じていなかった。
昔に妖怪と呼ばれる人とも魔物とも違う者がいた。一体誰がそんなことをいきなり言われ信じるのか。
だが実際に体験してしまえば否定できなくなる。ササンは枕と自分の位置を交換され、枕の枕になっていると言う寝相では片付けられない経験をした。
一般人であれば驚き、周りに言って同意や否定を貰い騒げばいい。しかしササンは違った。
恐怖した。妖怪と言う存在に。ササンは決して善人とは言えず恨まれていることを承知している。そのため警備には相応の金を支払い厳重にしている。それを枕返しはあっさりとすり抜け、寝ている本人すら気づかせない技量で動かして見せた。
これがもし暗殺者なら、盗人ならどうなっていた。
初めてササンは恐怖を抱いた。
それからササンは妖怪について調べ始めた。公開された妖怪は一体だけだが古文書にはまだまだ書かれているはず。解読を手伝うことも可能だろうと。
そして気づいた。妖怪は枕返しが公表されるよりも早くこの街に来ていたことを。
そう、カロ山脈の魔物がカルの森に降りてきた。そのため緊急で代表者会議が開かれた日。
おかしなことが起きていた。枕返しと同じように、影が独りでに動いただの、でかい生首が現れただの。あれも妖怪ではないのか。
調べれば大老から薬屋のセルミナに大量の金が流れていた。
冒険者ギルドに伺えば、セルミナの薬屋は重要でありすぐに営業を再開してほしく援助しただけと。セルミナの商会派閥はブール商会とは異なるが圧力を掛ければすぐに答えてくれた。しかしそれは冒険者ギルドと同じ見解であり、妖怪ついて聞いても冒険者ギルドが公表していることしか知らないと。
口裏を合わせている。ササンはすぐにその商人としての恐るべき嗅覚で見破る。しかし証拠がない以上追及は不可能。
他に怪しいのは上位冒険者であるガランとクラー。しかし彼らはしばらく前に護衛の依頼を受けカラルを離れていて話を聞けなかった。
手詰まりと思っていた時にこの妖怪情報の公開。
攻めるなら今だと商人の勘が言っていた。守るべきだと生物としての勘が言っていた。
今まで商人と生物の勘が合わなかったのは二度だけ。どちらも一歩間違えれば命を失う状況で、生きて勝った時には富が倍になった。
今回も同じなのだろう。そして今まで以上に危うい賭けになる。それでもササンは躊躇うことも知らない。
コンコン
「失礼いたします。会長、注文されていた複数の檻が届いております。どこに運びましょうか」
「それは私の寝室に運んでおいてください」
まさに合わせるかのように届いたこちらの武器。ササンの口角が自然と上がる。
「し、寝室にでしょうか?」
「はい、早くしてください。それともあなたの疑問にお答えしなければならないのですか? そんな義務がどこにあるんです?」
「し、失礼しました! それではすぐにお運びします」
部下は逃げるように退室する。一人になったササンはもう一度手元に紙を見つめ。
「そうですね、枕返しよりこの座敷童の方が嬉しいですね」
その夜、枕返しはブール商会近くまでやってきた。
理由は簡単、会長の枕をひっくり返すため。
数多の家屋に忍び込み、枕を引っ繰り返してきた枕返しはここが最も難易度が高い場所と設定した。
逆に大老などは防ぎようがないと諦めているのか警備も何もなかった。
そして今、腕を磨くために再度攻略しようと枕返しはブール商会に戻ってきた。
どのように侵入し、どんな形で枕を引っ繰り返すのか、脳内で念入りに練習を重ね、ついに出来ると確信したとき。
ぷいっと枕返しは踵を返した。
いうなれば妖怪の勘。あそこに入ってはただでは済まないと、陰陽師にやられた過去を思い出して枕返しは目標を変えた。
しかしその勘は危機を知っている者だけ察知できる勘。危機を知らなかったり、襲われたことがない妖怪は気づかない。
例えば、座敷童とか。