第十七話 座敷童
「今月はこいつでお願いするんよ」
「現れて口頭一番にそれを言うか。まあ良い、見せてもらいたい」
まるで当たり前のように現れたぬえに、大老はもう慣れた様子で淡々と古文書を受け取り内容を聞いていく。
何の反応もないことに不満げなぬえだが、やることはやっておかなければならない。
「……家を栄えさせる? こんな妖怪もいるのか。しかしいるだけで栄えるものなのか。念のために聞くが何処からか金を盗み家に落とすなどと言う類ではないよな」
「そんな方法ではないんよ。運が向いて来たり必ず努力が実ったり、そんな感じで栄えるんよ。詳しいことは座敷童に聞くんよ。そろそろ来るから」
そう言った直後、扉が開き小さな子供が入ってきた。
「ぬえ! 置いて行きおったな!」
「当たり前なんよ、たまもの部屋は俺が入れないようになってるんよ? 狐の頃から可愛がっていたのに、いつのまにか毛嫌いされて悲しいんよ」
およよ、とわざとらしく泣き崩れるぬえに座敷童は容赦なく蹴りかかる。体格の所為か効いているようには見えないが。
「おどれが! 阿呆みたいに構った所為であろうが! 酔って絡まれていた身にもなってみい!」
「やれやれ、口が悪いんよ。見てみるんよ、大老が驚いてるんよ」
座敷童の猛蹴をあっさりと跳ね除けてぬえは立ち上がった。
「……あ、ああ。その、ぬえと同じでやはり妖怪なんだな」
大老の言葉を聞いた座敷童はその場に泣き崩れた。
最初大老は子供が入って来たのかと勘違いしたほどだった。しかしぬえへの扱いを見て容姿と行動の差に驚き、ぬえと同じ妖怪と理解してからすぐに落ち着けた。
ただ座敷童の心に大きな傷を遺して。
「……ぬえと同じ。妖怪は良いわよ、でもぬえと同じは駄目でしょう。今すぐこのギルドに憑りついて出て行ってやるわ。こんな所潰れてしまえば……」
「そういうのは禁止なんよ。 前回の一件で懲りてないと見るんよ? またビンさん向かわせるんよ?」
「い、嫌よ……」
トラウマを再発でもしたのか、座敷童はガタガタと震えだす。
これなら大丈夫とぬえは安心したように頷くが、大老はどこか心配そうな顔で見ていた。
何故か、と考えれば単純な話。大老から見れば座敷童の容姿は孫か曾孫。それが怖がるように震えていたが心配になるのがおじいちゃん。
ぬえはその心情をすぐに理解した。だから教える。
「大老、念のために言っておくんよ。座敷童は名や容姿が童でも実際は違うんよ。言うならばいつまでも少年やキッズを名乗るアイド――」
ぬえの言葉を遮ったのは座敷童による渾身のひじ打ち。狙いは脛。体格差など関係なくぬえは沈んだ。
邪魔者は黙らせた。座敷童は身なりを整え大老へと振り向く。
「初めまして大老。私は座敷童と申します。詳細については手元にある伝承をご覧ください」
まるで今までのことなど無かったかのような振る舞い。そして有無を言わさず理解しろと恫喝するような輝く笑顔。
付き合う理由もないが、わざわざ蒸し返す理由もない。それにぬえが黙っていた方が大老的にもやりやすかった。
「初めまして。それでは伝承の確認といくつか質問をさせてもらいます」
念のために大老は最初にした家を栄えさせる方法を含めて質問をしていく。
栄えさせるとは最大どの辺りまで、衰退させるとはどの程度なのか。
人を直接害することはあるのか。
伝承への質問から妖怪としての質問まで前回できなかった細かな質問を終え、最後に好奇心から出た質問で終わらせようとした。
「栄えさせようとする家を選ぶ基準はあるかね?」
「顔よ」
言葉足らずの短い言葉。それでも大老は理解できた。
顔、それはすなわちその家の評判、これまでの行いを全て含めたことを指しているのだと。
「主人の顔よ」
全然違った。
「一応カラルを見て回っているんだけど中々良い所が見つからないのよ。評判とかそう言うのは合格なんていくらでもあるのよ。でも顔がねえ。若すぎるのは好きじゃないのよ、だからと言って歳を取ればってものでもない。青年から中年の間くらい? それでいて計算高くて勘が良くて危機察知に優れていれば一番ね。知らない?」
恐ろしく具体的で私心しかない判断基準だった。
とりあえず自分が老人で良かったと、大老は年を取る喜びを人生で初めて感謝した。
こんな異常に理想が高い妖怪に憑りつかれなくて良かったと安堵した。
そしてその理想から思い出せる人物が一人いた。
「ブール商会会長は見たかい? ササンと言うが商会筆頭でありその手腕はかなりのもの。私から見れば若い部類だが、もし見てないなら確認してみると良い」
「そういえばそんな大きな商会があったわね。大きいから会長も相応に年を取っていると思っていたわ。ありがと、大老。さっそく行ってくるわ」
言うや否や、座敷童はあっという間に姿を消した。気が付けば声も出せず脛を抱えていたぬえの姿もない。
「やはりぬえと同じ妖怪か」
妖怪は見た目で判断してはならないと今更ながら心に戒める大老だった。




