第十六話 危惧
「ですから、ほんの少しで良いのです。名前だけで良いのです」
「何度も言っとる。冒険者ギルドは本人が希望しない限り如何なる情報も出すことは出来ない」
カラルで最も金が集まると言われるブール商会、その一室でカラルの今後を決めかねない話がされていた。
一人はブール商会会長であり、商会筆頭と知られ代表会議に出席できるササン。若くして商会を立ち上げ、数多の大手商会を抑えて筆頭商会にまで成長させた豪腕を持つ商人。
対するは大老の子であり、冒険者ギルド副ギルドマスターであり二代目の愛称で知られる初老の男カバル。
本来はオークションについて微調整の話し合いだったはずだが、それは何ら問題なく早々に終わり、本題かのようにササンは始祖龍討伐者について情報を求めてきた。
「それは分かっています二代目さん。ですが考えてください。今回のオークションで最も儲けるのは誰ですか?
オークションは仕切る我々商会ですか、それとも仲介料などで儲けを出す冒険者ギルドですか?
いいえ違います、始祖龍を討伐し冒険者ギルドに持ち込んだ人物ではありませんか。その方はおそらくカラルで最も強く、そして最大の富豪となるでしょう。
我々商会が気になるのは仕方ないと言えるでしょう」
「気になるなら存分に気にすればいい。だが何と言われようとこちらは情報を渡す気はない」
何と言おうと教えるつもりはない、カバルの一貫した態度にやがてササンは諦めて手を振った。
「頑固ですねえ二代目さんは。分かりました。もう聞きません。ではオークションはこちらで仕切りますので、運搬と警備はお願いしますね」
「分かっている。無駄話などせずに済めば早い話なんだ」
利益の話もすでに終え、残るは現場同士での話し合い、もはや今回の件でカバルとササンが顔を合わすことはない。
他の事務仕事を多く残すカバルは早々に席を立ちその場を去ろうとした、瞬間。
「もしかして、カバルさんも大老さんから教えて貰ってないとか?」
「…………」
「冗談ですよ。まさか大老さんが二代目さんに教えてないはずないですよね。怒らないでください」
「……多忙につき失礼」
明らかに憤怒の表情を浮かべるカバルを、ササンはにこやかに笑みを浮かべて見送った。
カバルは冒険者ギルドに戻る間も始祖龍の運搬方法、人材についての資料を見たり、オークション参加者の一覧を確認したりと仕事の手を休めることは無かったが、明らかに不機嫌だった。
最後のササンの指摘は当たっていた所為だ。近いうちに引退を表明しながらも未だ全ての情報を渡さない父、大老への怒りもあったが、それ以上に指摘された際に怒りと僅かな動揺を隠せなかった自分に腹が立っていた。
何と愚かなことか、怒りを目の前の仕事にぶつけている間に冒険者ギルドまで着いた。
入ればいつにも増して賑やかなギルド。オークション参加者の護衛などをしていた冒険者も来ているのだろう。
「カバル様、ギルドマスターが呼んでおります」
「すぐに行く」
戻る途中に終えた仕事は秘書に渡して、大老の元へ赴く。
部屋に入ると大老は古そうな資料とにらみ合い、目の前には記録用の水晶が置かれていた。
「ただいま商会派と調整を終え戻りました。お呼びとのことで」
「そう堅くならんで良い。これを見てみろ」
堅くなるな、と言われてすぐになれるものではなく、カバルはぎこちない動きで大老が指差した水晶を覗き込んだ。
「これは……!」
映し出されるは今話題の始祖龍。しかも二匹が空中で戦っていた。
そして度々映るカロ山脈の魔物、それも死骸の山。
「これも例の討伐者が」
「それについて今はどうでも良い。次はこっちの資料だ」
まだ教えないつもりなのか、カバルは大声で訴えたかったが先のササンへの失態が胸にあり表には出せない。
渡された資料は非常に古く、書かれていた内容は大街カラルが誕生する切っ掛けになったとされる魔物の大暴走。
明確な周期は不明とさているが、人が開拓できず魔物の楽園となっている場所が近くにあれば起こる現象。
魔物が異常繁殖し、楽園に住めなくなった魔物が一斉に魔物の波となった人の領域に侵攻する。
カラルではこの研究が進み多少前後すると言われているが、カルの森、カロ山脈は五百年周期であると言われている。
前回魔物の大暴走が起こったのは三百年前。その時はカラルは小さく国に属していたが、カラルの救援信号を国は無視、孤軍奮闘しカラルの住人は街を守ったが、国はその後救済措置も出さずカラルの通常通り統治しようとし、カラルは反発。独立を宣言。
当然戦争が起こったが、魔物の大暴走を最前線で食いとめたカラルと後ろで震えて引き籠っていた軍、どちらが強いかは火を見るより明らか。カラルは国軍を蹴散らし独立を果たした。
しかしこの資料と水晶の記録が何の関係があるのか、魔物の大暴走まで二百年はあるはず。
繋がりが見えず大老を見ると、机から新しい報告書を二つ出してきた。書いたのはドドン、解体班の班長だ。もう一つは名前が記載されておらず、報告書と言うより殴り書きのメモの束と言うのが正しいかもしれない。
「後で見ろ。書かれていることが多いため重要なことを抜粋して言うが、解体からあの始祖龍の三百歳前後と判明した。ドドンの勘ではあるが老いているとは言い難く、されど若くもないとのことだ。
もう一つ、汚い字の方は近場にいた研究者がこちらで買い取った始祖龍を見て手早く書いたものだ。本国で調べると言って帰ってしまったが気になることが書かれている。始祖龍は生殖において雌雄は必要とせず、単体で生殖が可能の可能性がある。と書かれている」
ドドンの報告書は軽く開くが専門用語が多く、書けることを片っ端から書いた印象が強い。もう一つは字が汚い、急いで書いたためなのか知らないが読むより解読に時間が掛かりそうだ。
「ここからは推測にすぎない。魔物の大暴走は魔物の異常繁殖なのは知っているな。さすがに全ての地方の魔物の大暴走の資料はないため分からないが、異常繁殖の理由はその領域の主が何らかの事情で動けなくなるためと推測した。
それにより領域の主の縄張りは小さくなり魔物の行動は活発。繁殖を繰り返すが、領域の主の復活、縄張りが元に戻り、その反動で魔物が外に追い出されているとすれば。
今回の件で言えば始祖龍だ。始祖龍の寿命はドドンの勘が正しければ五百前後と思われる。始祖龍が寿命を迎える前に卵を産み、孵化するまで。その間に魔物は活発化し繁殖を繰り返し、始祖龍の誕生により魔物の大暴走が起こっているとすれば。
この映像。普通に見れば始祖龍が戦っているだけに見えるが、卵を産む個体を決めている可能性は? 生物なのだ、当然強い個体の卵を残すはず。
推測に推測を重ねた爺の妄想だ。始祖龍が個体を必要以上に増やさない理由も分からない。ただ気になってな。それに妄想が当たったとしてもその頃には死んでいるかもしれん。だからお前には知らせておきたかった」
どう考えるかはお前が決めろ、と大老はカバルに記録用の水晶を渡した。
妄想が当たっているとしても猶予は数年ある。その頃にはギルドマスターはカバルになっているだろう。
「分かりました。ならば情報をください。この記録を持ち込んだ者たちの。始祖龍を討伐した者の情報を!」
「今回のオークションが終われば話そう。今は話してもお前には重荷になるだけだ。お前にはササンを抑え込んでもらわらないとならん。ササンは才覚溢れる商人だ。しかし己の力を過信しすぎている。少し前ならば良かったが、今は駄目だ。意外に近くにいる物なのだ、常識外の力を持つ化物は」
ただの比喩にしては説得力が違った。
何かを憂う大老を見て、カバルはそれ以上踏み込むことは出来なかった。
オークションが無事に終われば良い、それだけの話なのだ。
「それでは、今月の妖怪はこいつだ!」
妖怪の集まるマヨイガ。
その一室で今、月一の妖怪を決める戦いが繰り広げられていた。
前回のくじ引きでは不正を働かせやすい、ということで今回はそれぞれ札に名前を書き集め山とする、その中から選ばれた札に書かれた名前が今月の妖怪となる。
札を引くのは最も現時点で公平と思われる枕返し。
ちなみに枕返しはどの札を選ぼうと、選ばれなかった妖怪に殺されることが決定しているので、公平である。
参加妖怪全員が山をシャッフルし、最後に枕返しの手元に来た。
そして枕返しが選んだ札に書かれていたのは。
『座敷童』
その瞬間、枕返しは選ばれなかった妖怪に八つ当たりで殺され、座敷童は普段からは想像も付かない超高速軌道を見せた。
しかし恨む妖怪の力は凄まじくその超高速軌道に付いて行った。
座敷童危うし、と思われた瞬間、座敷童はとある部屋に逃げ込んだ。
そこは妖怪たちに開かずの間。ある危険な妖怪が休養のため何百年と眠っている部屋。
白面金毛九尾の狐、たまもの部屋。
さすがにそこに入り込むことは出来ず、妖怪たちは枕返しに八つ当たりするだけで終わった。




