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気付いたら異世界で飯作ってた  作者: ハル


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4/5

4



「せまい」


 じとりと半眼になりながら睨むと、カルロはスィーと眼をそらした。

 もともと寝相が悪いロレンツォは狭いのが嫌で大きめの寝台にしていた。一人には十分な大きさだったが、規格外に背が高く分厚い筋肉を全身にびっちり纏っているカルロが共に寝るとあって、ロレンツォは大変に遺憾ながら常にカルロに抱きかかえられている。

 寝台を買ってくると言いながらいつまでも買ってこないまま10日が過ぎた。いくらロレンツォのスルースキルが高いとはいえ、さすがに業を煮やし、こうして問い詰めているというわけである。


「……実は、一人で寝るのが嫌なんだ」


 任務の遂行中にいろいろあってトラウマなんだ、と憐れっぽく呟いたカルロに、グッと呻く。同情か、あるいは見せられた弱みを無視して己の言い分を通す事に対しての居心地の悪さか、暫し固まる。

 ……いやいや、誤魔化されてはいけない。そういう問題じゃないだろう、と頭を振った。

 ロレンツォはカルロに言い含めるようにして話した。


「……一緒に寝るのは仕方ない。我慢する。でも狭い」


「せまい方が安心しないか?」


「しない。窮屈。圧迫感。むさ苦しい」


 じと、と睨まれたカルロが子供が泣き出すような強面を眉を寄せてさらに厳めしくした。見つめ合うだけの沈黙が暫し流れ、渋々とばかりにカルロが溜め息をついた。


「……明日大きいのを買ってくる」


 こうして買ってこられた寝台は頑丈なハラ材で出来ている上に謎に彫刻まで加えられ、随分高そうだった。おまけに寝室がほぼ寝台だけで埋まった。

 ロレンツォはアイツはゼロか100しかないのかとあきれた。




***



 

 寝台の八割をしめる巨大な寝台を見下ろし、子猫のベンに「お前の飼い主は良くわからないねぇ?」と話しかけながら、リゾットもどきを木匙で与える。

 もちゃもちゃ、と舐めとるベンに複雑な心境だった気分が瞬間的に浮上する。かわいい。激しくかわいい。凄まじくかわいい。


「にゃあん、かわいいねぇ」


「先生ー?」


「はーい!」


 ベンを抱えながら店の方から聞こえた声に駆け寄る。

 ひょこっと店に顔を出すと、いつも来る少年がいた。短髪に日に焼けた肌をした少年はロレンツォに顔を向け、キョトンと眼を瞬かせた。


「また猫買ったの?」


「ううん、いま預かってるだけ。かわいいでしょ?」


「うん」


 抱えていたベンを見せてやると、少年がにこにこと笑う。ウチのチビも好きな子なので、猫が好きなのだろう。


「いつものやつ?」


「うん。……ね、撫でて良い?」


「良いよ。優しく撫でてあげてね」


「うん!」


 寝床に寝かせてやってからハーブを選ぶ。薬品とハーブを目の前に並べ、薬研に入れる。ごり、ごり、と薬研で擂り潰してから薬剤を入れ、調合を始める。

 慣れているので、さほど時間がかからず調合を終えた。内容物の割合を確かめながら瓶に移した。


「どうぞ。銅貨二枚ね」


「はぁい」


 ベンから名残惜しげに手を離し、少年は鞄からコインを出す。いつも買うおばあ様の腰痛の薬だ。

 少年が帰ってからも常連のお客さんや、風邪などの突発的な病気によって久しぶりに顔を出したお客さんでしばしば忙しくしていた。

 夕方を越えると急に暇になるのはいつもの事だ。

 こうなってくると看板を外し、カルロが大量に割ってくれた薪を竈に入れて湯を沸かす。

 基本的にはパン、スープ、あとはおかずを1、2種類作るが、足りないようならサラダや庭に生っている果物をつける。カルロは欠食児童かと思うほど食べるので、糖蜜とドライフルーツを使ったパウンドケーキやクッキーを作り置きをしておいている。

 出来るだけ腹を満たしてほしいので茶も良く淹れている。庭に茶の木があるし、ハーブもあるので金はかかっていない。


「うぅん、微妙」


 この世界での基本的な旨味成分は干し肉・干し魚などの動物性のものを干したことによって凝縮させたもの。他はチーズ、ソーセージなどの加工品だ。これにキノコや根菜の植物性の旨味だ。

 スパイスはないので、塩で味を整え、辛みをいれるかハーブで誤魔化している。

 だがこれだけではあまりにも単調で、絶妙に味気ないのだ。


「魚醤か味噌くらい作るか……?」


 味噌は小学校のときに作ったから出来そうな気がするが、魚醤が危うい。魚を塩漬け……するのか?

 とりあえず乾燥した豆を茹でながら魚醤に思いを馳せる。

 でも旨いよなぁ、絶対。


「よし、あと飯か」


 茹でた豆に塩を練り込み、揉んで味噌玉を作ってからスープを作る。

 味に飽きたのでお酢と唐辛子をぶっ込んで、酸味のあるスープを啜る。うん、これなら旨味がなくてもまあまあ旨い。

 玉子と野菜を塩で炒め、ニンニクと内臓、ハーブを煮込む。

 コーンブレッドをいくつも焼き、ジャムを供える。


「……足りるか?」


 カルロの胃袋を舐めてはいけない。

 ロレンツォだとて成人男性なのでそこそこ食べられるが、カルロは三人前くらいペロリと食べるのだ。困ったことにこれくらいで足りるだろうという予想は毎度裏切られている。

 いつもなら消費しきれずに落ちて腐り落ちるのに任せている庭の果実だって、カルロが来てからというものの庭は綺麗なものなのだ。


「ただいま」


 頭から泥を被ったような汚れを着けて、カルロは帰ってきた。

 オレンジ色の髪は暗がりを照らすランタンの灯りと汚れで燃えているようだった。


「わあ、ちょっと待って。お湯、すぐ沸かすから」


「ああ……」


 酷く疲れた声で頷いたカルロを玄関に押し留め、慌てて湯を沸かす。汚れても良い布巾を持ってきて渡し、別の布巾を濡らして絞る。

 汚れを拭き取るように濡れ布巾をあてて乾いた泥をこそぐと、泥だけではなく固まった血液だと分かる。


「怪我したの?」


「少し」


 眉をひそめたが、汚れを拭き取ることに集中する。

 傷の治療をするにも、患部を清潔に保つことを一番に考えなければならないのだから、どのみち湯は必要だ。


「お湯用意したけど、手伝おうか?」


「……手伝う?」


「怪我したんでしょ? 痛くない? 洗うの手伝うよ」


 外にある小屋にタライを置き、湯を張ってから聞けば、カルロがロレンツォを振り返ってクイッと眉を上げた。しばし考え込むように固まったカルロが、ゆっくりと頷いた。


「じゃあ、服脱いで」


「……ああ」


 動く度にパリパリと固まった泥が落ちる。鎧と服を脱ぎ、ブーツを抜き取ると均整のとれた筋肉質な肉体があらわれた。

 同じ男としてはかなり羨ましい体型と存在感のある雄の象徴に石を蹴りたいような心地になりながら、湯に入るように促した。

 腕に裂傷。脇腹に打撲痕。擦り傷多数という有り様で、患部に触れないように布巾で汚れを落としていく。無心で清めていると、カルロの尾てい骨から伸びた尾がゆるりゆらと揺れているのに気がついた。

 ちょっとかわいい。


「上向いた状態で頭出して。ああ、僕の膝に頭を乗せて良いから」


「わかった」


 片膝に頭を乗せ、濡れるのも構わずカルロの髪に湯をかけた。

 顔にかからないように気をつけながら濡らし、石鹸の葉を揉んで出たぬめりを髪に馴染ませていく。

 頭頂部にある耳に入らないように注意しながら、美容院を思い出しながら洗い、湯で流した。背中にかかりそうなほど長い髪は、癖の強さと硬さから普段はライオンの鬣を彷彿とさせるほどボリュームがある。

 しかし濡れた今は常より随分ペッタリとしていて、風呂に入れた後の猫を思わせた。


「はい。この後は軟膏塗るから、……体拭くのも手伝う?」


「……いや、良い。ありがとう。先にでてくれるか?」


「はぁい」


 濡れた服を絞ってから立ち上がり、家に戻る。 

 しかし、驚いた。

 カルロは英雄と評されるゴールド級だ。危険な仕事も多いだろう。鍛えあげられた無駄のない肢体には古いものから真新しいものまでいくつもの傷があった。

 だからこそ、わざわざ金を支払ってベンをロレンツォに預けているのだろうな、と改めてその仕事の大変さに溜め息をついた。





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