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気付いたら異世界で飯作ってた  作者: ハル


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2


 ギルド職員に連れられて対面した西の獅子カルロは、一言でいうならデカくて分厚かった。

 丸太のような腕に太い首、盛り上がった大胸筋。整った顔立ちではあるが、どちらかというと男臭いといえるだろう。

 流石はゴールド級と呼ばれるだけあると思っていると、西の獅子カルロはロレンツォに眼を向け、まじまじと全身を見定めた。


「……ロレンツォ・ヴァシーノ。錬金術師です。といっても、アイアンなんだけど」


 ゴールド級相手に名乗るのは気がひけたが、苦笑まじりにそう言うと、カルロは立ち上がった三角耳をピクリと動かした。

 獣人らしく耳と尾を揺らしながら近づくと、分厚い手のひらを差し出して名乗る。


「カルロ・テレシズだ。依頼したいことがあって呼び立てたが、内容は聞いたか?」


「子猫の数ヶ月の保護・育成だと聞いたよ」


「その通り」


 ライオンの鬣のように豊かな髪を下ろし、顔を下に向ける。ロレンツォを手招きして、自らの腹に吊り下げられた袋から、犬サイズの子猫をロレンツォに見せる。

 目が開いたばかりの子猫に、途端にロレンツォは形相を崩した。


「……か、かわいい」


 へにゃりと笑い、もぞもぞと動く子猫を覗き込むと、カルロは溜め息まじりに口を開いた。あまりの可愛さに脳がスパークし、面倒な外聞や敬語など早々になくしてしまった。


「知っているかもしれないが、俺は忙しい。だが、数日前に保護したこの子猫を誰もいない場所に置いておくのも心配で、貴方に依頼した。貴方は猫の錬金術師として有名だから」


「たしかに、そう呼ばれていますね」


「俺は基本的に宿暮らしだ。国を跨ぐこともあるからな。依頼によっては数日留守にすることもあるから……」


「なるほど」


 それは心配だろう。

 このくらいの子猫は食事や排泄にもまだ気を遣うし、宿によっては傷を恐れて子猫などを入れるのを断ることもある。

 子猫に指を近づけると、鼻がひくひくと動いている。匂いを覚えて貰っている間もひどく胸がわくわくして、思わず撫でてしまった。

 嫌がる素振りも見せずにすり寄る子猫に、ロレンツォはビビビッと電流が走ったかのように震え、ますます顔を溶かした。


「食費や雑費のほかに一定の金額を支払う予定でーー、ーーだ。そのため俺も住むのだが……」


「うん、うん」


「報酬はーーだが、ーーで、ーーなのだが……」


「うん、うん」


「ロレンツォ?」


「うん、良いよ。わかった。かわいいねぇ」


 細かい内容を右から左に受け流し、抱っこして良い?と聞く。

 困った顔をしたカルロだが、子猫をロレンツォに預けた。日本人としてはやたら大きく感じるが、チビが子猫の時もこのくらいだったので驚きはない。

 腕に抱いた命に痺れような歓喜に溺れながら、よちよち、と呟く。指を差し出すと乳かと思ったのかパクリと食いついて吸うので、これまた随喜に満ちた顔をした。


「いつからウチに来るの?」


「差し支えなければ、きょ、今日からでも」


「わぁ、嬉しいな。この子のお名前は?」


「ベンだ」


「ベンかあ、男の子なんだね。かわいい。よちよち、よろしくね。ロレンツォだよ。よちよち」


「……では、さっそくサインを」


 カルロの言葉に、ロレンツォは大して考えもせずにペンを走らせた。

 ロレンツォ・ヴァシーノと流れるような筆記体で名を記入し、顔をベンに埋めた。ふわふわのパヤパヤの毛並みにうっとりとして、ロレンツォは跳ねるように子猫を連れてチビに見せてやった。

 チビはベンの匂いを嗅いではスンスンと鼻を鳴らしていたが、賢く心も豊かなチビは警戒することはなかった。むしろ慈愛に満ちた顔でペロペロと子猫を舐めていて、やっぱりうちのチビは天才だと大きく頷いた。


「では、ロレンツォの家に向かおう。荷物もあるから苦労をかけるが、出来るだけ早く済ませたい」


「うんうん、そうだね」


 チビに乗り、ロレンツォはわくわくウキウキと家に帰った。

 カルロが後ろについていることなど、殆ど気にせず、代わりに子猫のベンに夢中だった。


「どーぞ」


 ヴァシーノの家から出るにあたって貰った金で作った煉瓦作りのかわいらしい家を、カルロはキョロキョロと見ていた。

 庭や井戸、外にあるトイレを確かめ、騎獣を家の近くの木に繋いでから荷物を持ち上げて家に入れる。ロレンツォの家は2LDKにロフトがある。

 寝室に、調剤薬品や素材を詰め込んだ雑多な部屋、ロフトはほぼ倉庫で、リビングはちょろちょろと訪れる客のために店として使われている。

 テレビやアニメで見るような魔女の家のような家に、カルロが荷物を持ち込む。


「どこに置けば良い?」


「うーん、とりあえずロフトに置こうか。僕はベンの寝床を作るね」


「ああ」


 竈に火をつけ、湯を沸かして、湯を瓶にうつして布を巻き付ける。 使っていない布やクッションをかき集めて、リビングの角に場所を作り、そこを寝床とした。

 即席の湯タンポをベンと共に寝床に置いてやると、チビがベンを包むようにしてごろりと寝そべった。


「えすせれんとびゅーてぃふぉー…」


 女神像やマリア像みたいな神々しい光景に手を合わせていると、カルロが「え、えくせ、……なんだって?」と呟いた。なんでもないと誤魔化した。なんでもない、なんでもないのである。ただかわいいの暴力に頭がやられているだけである。


「荷物をほどきたいが、指定はあるか?」


「ああ、手伝うよ。ロフトはごちゃごちゃしてるけど、寄せたら結構スペースあるだろうし」


 ハッと我に返ってロフトを上がる。

 麻袋から衣服や武具が飛び出したので、なんでこれ?と思いつつもロフトを片付けていく。ロフトの半分は薬草を乾燥させているので、それらをズラし、纏められるものは纏めて調剤部屋に移した。

 資料や本も重ね、いくつか使わないものは売りに出そうと玄関付近に纏めて置いた。


「寝室は一つか。新しい大きめの寝台を入れよう」


「ん?」


「一緒に寝るのは嫌か?」


「んん?」


 キョトンと見上げると、カルロの燃えるようなオレンジ色の髪がふわりと揺れた。


「俺の寝る場所がないからな。さすがにロフトは狭いようだし、あっちの部屋は仕事部屋だろう? 店に寝るのもなぁ……」


「……」


 ロレンツォはソッと懐から依頼書類を取り出した。

 冷や汗をかきながら文字を必死に追う。金額、オーケー。子猫の保護、オーケー。失敗した、あるいは契約を違えた場合の違約金、なるほど、まあ、わかる。

 しかし、そこにロレンツォの家にカルロまで一緒に住むと記入されていて、ロレンツォは依頼書から顔を上げた。ぶっとくて分厚いカルロを見上げ、依頼書を見て、また見上げ、……ロレンツォはまあ、良いかと思った。

 ロレンツォの特技は見ない振りである。


「これからよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしく」


 でっかでっか手と握手し、ロレンツォはとりあえず飯を作ることにした。

 同居人くらいどうとでもなる。なんせ、今日から我が家には子猫さまが来たのだから!






 

 


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