貴方に祝福を
「大した、ものだが!」
氷怨の唯が立ち上がる。
「俺が……止まるとでも?」
互いに満身創痍、だが結局そこに帰り着く。
片羽唯は止まらない。その頑強なロジックが、そう簡単に瓦解する筈がないのだ。
だからこそ、唯もまた立ち上がる。気迫も覚悟も負けている。どちらが正しいのか、どちらも間違っているのか、それすら自分には分からない。
だが唯は、エイト達が諦めていないという事実のみで立ち上がった。迷い、揺れていても尚、その一点だけは変わらないからだ。
そう。迷い、揺れている。氷怨の唯が放つ言葉が、末路が、何もかも自分のそれと重なって。拳を交わせば交わすほど、頭ごなしに否定出来なくなっていく。
「お前が、止まってくれないと。悲しむ奴がいるから。だから、俺はお前を」
唯は自分に言い聞かせるように口を開く。覚悟を固める為の言葉は、しかし途切れてしまう。
エイトの言葉が脳裏に浮かぶ。命は重いという考え方を、否定したくはないなと。いつもより少しだけ優しげな目をしながら言っていた。
それはきっと。
「……きっと、正しいことだ」
そう、唯はエイトの言葉を呟く。自分の描いた途方もない道を、正しいことだろうと信じる仲間の言葉を。
「あいつ、今頃宇宙で戦ってるのかな。リン」
唯は隣を見る。リンもまた立ち上がり、唯の方を見ていた。
「はっきり分かった。俺は、凍り付いた俺に勝てない。心で負けてる。あいつの背負った時間の重さに、俺は耐えきれなかった」
奪った命は背負うべきだと自分は言った。しかし、氷怨の唯はそれを時間ごと背負っている。それらを歯牙にも掛けないように戦っているが、拳の重みがそれを悟らせるのだ。
「だけど、それでも俺は。こうして立ってる。まだ……やれると思う」
心で負け、実力にも差がある。だがやれる。荒唐無稽な発言を前に、しかしリンは頷く。
リンは一歩前に出る。小さな背中を覆う銀髪が、風に靡いている。
空を見上げ、その風を堪能してから、リンは口を開く。
「貴方の言葉、ずっと考えてた。私達みたいなのは、戦い続けることでしか自分を赦せないって。私もそう思う」
氷怨の唯が目を細める。
「だってそれ、私がずっと私に言い聞かせてる言葉だもの。破滅願望でもあるのかって、ドクターには笑われたけど」
リンの言うドクターとは、ドクター・フェイスのことだろう。もうこの世にはいない宿敵であり、リンにとっては恩人でもあり師でもある。
「少し違うと自分では思っていて。破滅したい訳ではなくて、理由が欲しかったの。自分だけ助かった私が、この世界で生きる為には。理由が必要でしょ」
唯は思うことがあるものの、口を出さない。リンを信じての傍観だ。
それでも、考えられずにはいられない。自分だけ助かったとリンは言う。プラトーの施設から、たまたまドクター・フェイスの気紛れで連れられた。施設には友達も、自分を慕う者もいたらしい。それらの関係を全て切り捨て、リンはフェイスについていった。
その友達は、きっともう生きてはいないだろう。もしかしたらアロガントになって、自分達が倒してしまったかも知れない。それらの命を、リンはずっと背負っている。
氷怨の唯もまた、何も言わない。だが、その目つきだけで何を考えているのか分かる。きっと、今の自分と同じようなことを考えているのだろう。
「貴方もそうなんだって私は思う。一人生き残って、それでも進み続けるには。理由が必要だものね」
リンは歩き出す。唯と唯を結んだ中心で、リンは立ち止まり二人の唯を交互に見る。
「私達みたいなのは、戦い続けることでしか自分を赦せない」
それが、結論なのだろうか。唯はリンを縋るような目で見る。
こちらの姿を認めたのか、リンはくすりと笑う。まるで、それが正しいのだと言い聞かせるように。
「でも、そう。貴方は私を赦してくれるでしょう?」
そう言って、リンはこちらを見て笑顔を見せる。後悔は消えない、背負った命はずっと影を落とす。だがそれでも、赦してくれる人がいると。リンは自分を見て、そう思ってくれたのだ。
唯は目を見開く。思わず目から零れた感情を前に、唯自身が困惑してしまう。嬉しい、とは少し違う。安心というほど大仰なものでもない。
ずっと一人で苦しんでいたパートナーを、ほんの少しでもいい。救えたのかも知れないと気付けた。これはきっと、そういう感情だ。
リンは氷怨の唯に視線を向ける。
「だから私も、貴方を赦したい」
言い方を変えるね、とリンは続ける。
「私達は、互いに許し合うことでしか、自分を赦せないんだよ」
氷怨の唯は目を伏せ、怒鳴る。
「止めてくれ! 俺は! 救いも赦しも、求めていやしない!」
リンは頷き、氷怨の唯に背を向ける。つまり、こちらに向き直った。
「随分と、時間が掛かっちゃったけど。私のパートナーに、もういいんだよって伝えたいの」
リンがこちらに向かって歩き出す。
「だから、唯」
リンが立ち止まり、こちらに右手を伸ばす。
「私に、貴方の手を貸して」
その堂々とした姿は、あまりにも凛として。
唯は左義手で目元を拭い、走り出す。心で負け、実力にも差がある。だが終わりではない。
元より、炎は彼女の領分なのだ。
駆け寄りながら、唯は左義手でレリクト・シェルを掴み、それを右義手型アームドレイターに装填し、フォアエンドをスライドする。
「君の、望みを叶える為に!」
唯もまた、右義手を伸ばす。
「やるべきことを、やるだけだ!」
唯とリン、二人の手が触れる。リンの姿は燐光となり、右義手型アームドレイターへと溶けていく。
『ArchiRelics......《blank》』
唯は立ち止まり、氷怨の唯を見る。彼もまた、譲れないものがある。左腕のロボットアームが動き、その無機質なアームがレリクト・シェルを握る。
互いに視線を外すことなく、唯は右義手の手の平に火球を形成し、氷怨の唯はレリクト・シェルを直上に投げる。
唯は形成した火球を、自身の胸に叩き込む。全身が燃えるも、その火は灰結晶となって全身に浸透していく。
『next,conversion......《bless》』
システムを書き換え、手繰り寄せる。レリクトはレリクトによって凌駕される……であれば、思い描いたものが作れる筈なのだ。
灰結晶が身体を包む中、唯は姿勢を正し右義手を胸の前で握り締める。
氷怨の唯はそれを見届けながら、機械の顎を開き、落下してきたレリクト・シェルを噛み砕く。
「……変身ッ!」
声は寸分違わず、同時に発せられた。
唯は右義手を右横に払うようにして突き出す。
『Turned......BlessyouDay......』
右義手を中心に、《ブランク》の外装が形成されていく。
氷怨の唯は黒い炎に包まれ、その炎さえ凍り付いていく。
「リン、君に。俺を預ける!」
「ええ、任せて」
唯の全身は《ブランク》を纏うも、それで終わりではない。灰結晶が、身体のそこかしこへと生じていた。
その灰結晶達を、右義手を一閃することで切断、加工する。
『......《BlessDays》Relics』
その姿は、軽装を纏った《ブランク》とでも言うべきだろうか。《ブランク》の外装を中心に、加工された灰結晶の装備を身に着けていた。
耳飾りが特徴的なヘルム、胸当て、肩鎧、小手に腰布、脛当てと、装飾も含め洗練されている。
その様は、今までの力強く荒削りな《ブランク》とは違い、戦乙女のような壮麗さを携えていた。
唯とリンは、そんな《ブレスデイズ》レリクスとなり、同じくして《ブラッド》レリクスとなった氷怨の唯を見遣る。
「ふうん。こんな感じなんだ」
リンはそう呟く。《ブレスデイズ》はその場で回転するように歩いてから飛び跳ね、右ストレートと回し蹴りを空に放つ。
それを見た氷怨の唯が、《ブラッド》が唸る。
「その、動きは……」
《ブレスデイズ》はデモンストレーションを止め、あらと呟く。
「さすがに分かるのね。まあそういう事だから」
《ブレスデイズ》は左手を腰に当て、右手を握り締める。
「久し振りに、本気で喧嘩するわよ」
《ブレスデイズ》は僅かな動きの中でも、確かな女性らしさを感じさせる動きをしている。
それもそうだろうと唯は内心で頷く。肉体もレリクスも、全部リンに預けた。
自分では勝てない。勝てなかった。でも、リンなら。そう考えてのことだ。
「ハンデなしの全力。加減できると思わないことね」
そうリンは言い放つ。本気の声だ。レリクスの内側で、他でもない唯はその圧に身を震わせた。




