友の流星
エイトとゼロがまだ、《ディメンシャード》と地上で戦っているその時に。二人の唯もまた、譲れない思いを胸に戦い続けていた。
迸る感情をそのまま声にして。唯とリンの《ブランデッド》レリクスは凍り付いた自分へと拳を振るう。
「らああああッ!」
小細工なしの右ストレート……愚直なそれは、しかし愚直が故に速く鋭い。
対して、冷え固まった後悔をそのまま唸り声にして。氷怨の唯の《ブラッドリバー》レリクスは、燃え盛るだけの自分へと拳を突き立てる。
互いに防御はしない。対となった拳はそれぞれの胴を撃ち抜き、どちらも大きく後退する。
《ブランデッド》の胴から、砕けた灰結晶が零れ落ちる。同じように、《ブラッドリバー》の胴から血塗れた氷が散らばっていく。
唯は、《ブランデッド》は短く唸る。幾つかの懸念が、唯の中に渦巻いていた。
まず、《ブラッドリバー》が純粋に強いという点だ。血塗れた《ブランク》である《ブラッド》が、氷の左腕を宿した形態が《ブラッドリバー》だが。獣の速度と膂力、人間の技と業が組み合わさり、正直手に負えない。
《ブランデッド》で対抗し、何とか互角に戦えている状態だ。
そして何より、《ブラッドリバー》以上に厄介な形態が……《ブリードウィンター》が存在している。あれに対しての対抗手段が思い付かない。
氷の重装を纏った《ブリードウィンター》は、顕現しているだけで世界を凍てつかせる。あれは最早攻撃というよりも、極限まで高められた自然現象、災害の一種だ。
ただの災害なら幾らでも対抗出来るだろう。しかしあの災害は、あの冬は。レリクトによってもたらされる。
レリクトを凌駕するのはレリクトのみ。《バーンデッド》、《ブラスデッド》の炎でギリギリ互角……いや、こちらは全力で応じて互角だった。《ブリードウィンター》は何もしていない。ただ、そこに佇んでいただけ。互角とは言えない。
「……どうしてあの冬を使わない? なぜ閉じた?」
唯は小声で問いを口にする。相手に問う、というよりは。自問自答に近いだろう。
「連続稼働に問題がある、或いは。連続稼働すればするほど、世界を凍らせてしまうから。かも知れないわね」
リンが唯の疑問に答えた。その二択なら後者だろうなと唯は考える。《ブリードウィンター》に限界はない。根拠はないがそう感じた。
そんな中、《ブラッドリバー》はちらちらと遠方を見遣る。街の方向、エイト達が戦っている方向だ。
「……よそ見を」
《ブランデッド》は飛び上がり、一息に距離を詰める。
「してる場合かよ!」
即座に形成した溶岩の大斧を、《ブランデッド》は振り下ろす。
「こんなことを」
《ブラッドリバー》は避けず、その一撃を氷の左腕で受けた。
「している場合か?」
溶岩と氷がぶつかり合い、蒸気の音が響く中、怒気を孕んだ声がそう問いかけてくる。
「あいつらが、そう簡単に負ける訳がない!」
唯はそう返す。《ブランデッド》は一度大斧を引き、もう一度それを叩きつける。
「俺も、そう考えていたけどな!」
氷怨の唯はそう答え、氷の左腕でアッパーを放つ。溶岩の大斧は砕け、水蒸気となって周囲を埋め尽くす。
「全部失ってからでないと、その甘さは抜けないのか?」
氷怨の唯が放つ言葉は、そう間違ってはいない。お前は甘い、いずれ誰かが死ぬ。分かった上でその道を行くのかと、ずっと問われている。
「……俺は」
問いの答えならある。その道を行く。だが、氷怨の唯は納得しないだろう。なぜなら。
氷怨の唯は、《ブラッドリバー》は右足で地面を踏み締める。
「であれば俺の道は変わらない。非日常を殺し、日常を守る!」
水蒸気が凍り付く。氷の花弁のように広がるそれを、《ブランデッド》は跳躍することで躱す。
「……命は重いものだって、俺は信じたい!」
跳躍した《ブランデッド》は右手を突き出す。そこに生じた灰結晶は、一振りのブラスターを形成した。狙いは花弁の中心、即座に極光のレリクトを照射する。
氷に囲まれた《ブラッドリバー》は動けない。撃ち下ろされた極光を前に、氷の左腕で防御することしか出来ない。
「……命が重かろうと、木っ端のように消えることを。俺は知っている!」
《ブラッドリバー》の左腕、氷のそれが融解する前に、《ブラッドリバー》は腕の角度を変え極光を逸らす。それらは周囲の花弁に広がり、熱を受け崩れていく。
「俺の……邪魔をするな!」
《ブラッドリバー》が飛びかかる。未だ空中にいる《ブランデッド》は、それを受け入れるしかない。
《ブランデッド》はブラスターを捨て騎槍を形成する。それを振るうも、《ブラッドリバー》はすり抜けるようにして接近、こちらに掴み掛かる。
「俺の戦いを終わらせる? 俺の苦しみをどうにかすると?」
空中でもつれ合いながら、《ブランデッド》と《ブラッドリバー》は落ちていく。拘束を解こうと《ブランデッド》は抵抗するも、《ブラッドリバー》は巧みにそれをすり抜け、顔面に拳を叩き込んでくる。
「ぐ……!」
「俺はとっくに納得してる! 一人生き残った俺が、生かされた俺が! 出来ることがあるなら!」
《ブラッドリバー》はこちらの顔面を殴打し続ける。手で払おうとして逆に手を払われ、蹴り飛ばそうとして足蹴にされる。
「やれることを、やるしかないんだ!」
やがて二騎は地面に辿り着く。《ブランデッド》は背中から落ち、その顔面には《ブラッドリバー》の拳が突き立てられている。
灰結晶が砕け、《ブランデッド》レリクスは《ブランク》レリクスとなってしまった。
「……ちくしょう」
唯は呟く。最後の、そして最大の懸念が。唯の中で渦巻く。
みんなは、リンは氷怨の唯を助けたいと思っている。永遠に続く戦いの運命から、解き放ちたいと思っている。それがたとえ死別に至る道だとしても、永遠の戦いよりは救いになってくれると信じての答えだった。
自分もそう思う。未来永劫戦い続けるなんて御免だ。
野放しにしてはいけない理由だってある。氷怨の唯は殺しすぎる。あの冬は、世界を殺すことだけを覚えた。自分の道とは相容れない。
だから倒してでも止める。分かっている、納得した。覚悟だって決めた。
だというのに。
《ブラッドリバー》が拳を引き、立ち上がる。無機質なツインアイの氷が溶け、血の筋が外装に伝っている。
「俺がやれることは、もう。それだけなんだ」
氷怨の唯が、《ブラッドリバー》がそう告げる。それだけ。だから、それをやるしかない。
唯が思う最大の懸念……それは、他でもない自分が。一番氷怨の唯を分かってしまうことだった。
永遠に戦い続けるなんて御免だ。でも、もし同じ立場だったら?
やれることをやるしかない。守れなかった分だけ、いやそれ以上に守らなければ嘘になるし、自分の力が足りないのなら。それでも守れるように、殺し尽くすしかない。
否定しなければいけない自分を、誰よりも自分が肯定してしまっている。
その感情が、ずっと決意を揺さぶってくるのだ。
「……ちくしょう、俺は!」
言葉を吐こうとした瞬間、閃光が空を支配する。《ブランク》も《ブラッドリバー》も、思わずそれを見据えた。
一条の閃光……見知った光を携えたそれは、真っ直ぐに空を駆け上がっていく。
「あれは」
氷怨の唯が呟く。ああ、と唯も頷く。
「エイトの光だ」
唯は短く笑う。エイト達は負けていない。今も尚戦い続けている。
「俺が……とやかく言ってる場合じゃない。応えないと!」
《ブランク》は跳ね起きる。《ブラッドリバー》が拳を振るうも、それを後方に跳ね飛ぶことで躱す。
「リン!」
「一撃だけ!」
簡潔なやり取り、それだけでよい。《ブラッドリバー》が氷の左腕を振るい、その動きに合わせて氷槍が地面を埋め尽くすように迫る。
《ブランク》は更に飛び退きながら氷槍を避け、右義手型アームドレイターにレリクト・シェルを装填しスライドする。
そして、《ブランク》は胸を開くように仰け反りながら雄叫びを上げる。それに応えるように、全身から陽炎が立ち昇る。
《ブレイド》、《ブラスト》、《ブリンク》の形態を疑似的に再現するミラージュフェイザー……それを起動したのだ。
しかし、選んだのはそのどれでもなかった。否、その全てを選んだ。
陽炎は踊り、幻覚の鎧を組み上げる。
「その、姿は」
氷怨の唯が呟く。かつての彼も、この姿になったことがあるのかも知れない。
《ブレイド》の両腕、《ブラスト》のバイザーと胴、《ブリンク》の両足……それら全てを纏った、付け焼き刃の姿を。
「《アブレイズ》レリクス……!」
氷怨の唯が答えを言う。と同時に、《ブラッドリバー》は両腕をクロスさせて身構えた。自分自身だからこそ、次にどうなるのか分かったのだろう。
《ブランク》はミラージュフェイザーで《アブレイズ》を再現し、右の拳を引く。陽炎の外装は背中に突き立てられ、レリクトが拳と背中に集約していく。
あっという間に、《ブランク》の背中に簡易ブースターが完成した。それらは陽炎、幻に過ぎない模造品だ。
しかし、この一瞬だけは本物となる。背中のブースターがレリクトのジェット噴射を吐き出し、脚部ヒールバンカーが地面を爆ぜさせる。
二つの加速を全身に受け、《アブレイズ》の陽炎を纏った《ブランク》は猛進する。
「らああああッ!」
氷槍の壁を難なくぶち破り、《ブランク》は《ブラッドリバー》へと辿り着く。
防御態勢を取る《ブラッドリバー》へ、《ブランク》は渾身の右ストレートを放った。
右の拳とクロスした両腕がぶつかり合い、高められたレリクトは炸裂し、二騎を区別なく吹き飛ばす。
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二騎はかち合った勢い以上に跳ね飛ばされる。爆発が世界を揺さぶる中、転がっていく《ブランク》は外装を維持できずに二人の姿に戻る。
氷怨の唯もまた、左腕のロボットアームで地面にひっかき傷を残しながら吹き飛ばされ、止まる頃には外装は崩れ落ちていた。
互いに生身になりながらも、唯と唯は視線を絡め、決まりきった事実を確認する。
どちらもまだ、諦めてはいなかった。




