第1188話 マリナーラ
ほぼ村中の人達が集まったかと思われたピザ祭りだったが、どんなイベントにも終わりの時はやって来る。
具体的にいえば、材料が無くなった。
元々エレさんのマジックバッグに入っていたチーズだけが頼りのピザ祭りだったのだ。
シャーロットの巾着袋内で無限増殖されてると噂のコッコゥと違い、彼女のチーズは有限だった。
チーズが無くなればそこで終了となる……筈だった。
俺は群衆の心理ってのを甘く見ていた。
日が傾き始めた頃合いだし、きっとこのまま夕食の代わりに、ピザで腹を満たそうって魂胆もあったのだろう。
チーズが無いからもうピザは作れない、と言い張るご婦人方に対し、もっと食いたいと願う村人達が詰め寄り、一触即発の雰囲気になってしまったのだ。
狭い村の中で、こんな対立が起きてしまえば後々の禍根になる。
しかもご婦人方と詰め寄る村人達の間には、夫婦関係の方達も居た。
このままでは家庭内不和をも齎してしまうだろう。
ピザを通じてケチャップの良さを伝えるはずが、トラブルの火種になってしまうのはよろしくない。
マルゲリータの元となったイタリア国旗において、ケチャップ(トマト)の赤は愛国者の血を示すと聞くが、その血が流れることは望んじゃいないのだ。
「チーズが無いなら、チーズを使わないピザを作ればいい」
「えー、チーズのないピザなんて、ポケットのないドラ〇もんっスよ」
「いや、そんな事も無かったぞ。むしろチーズ無しの方が美味しかったぐらいだ」
ムニョーっと伸びるチーズはピザの醍醐味ともいえるだろうが、それが無い位でピザという料理が損なわれたりはしない。
チーズが無くても、十分美味しいピザだってあるのだ。
デザートピザなんて、チーズどころかトマトソースすら使ってないしな。
「たしか……トマトとオリーブオイルにガーリック、それと香草しか使わない『マリナーラ』ってのもあったはずだ」
「マリナーラっスか……」
ピザは結構好きなんで、色々な種類のピザを試したこともある。
和風系やチーズ系、中には揚げたピザなんて変わり種もあったな。
そんな中で出会ったのが、チーズを使わない『マリナーラ』というピザだ。
ピザ屋に行った時、『照り焼き』やら『ジェノベーゼ』やら『クワトロ・フォルマッジ』などと言ったメニューがズラズラ並ぶ中、偶々選んだのが『マリナーラ』だった。
そのピザやのメニューは文字だけで、写真とか説明が無かったんだよな。
それで、出てきた『マリナーラ』を見て、「うわ、失敗した」なんて思ったりもしたっけ。
だって、そうだろ? ピザを食べに行く理由なんて、焼けたチーズが食いたくて行くようなモンだ。
小麦粉とトマトが食いたいなら、ピザじゃなくてナポリタンでもいいワケだしな。
ところが出てきた料理はチーズのチの字も入ってない『マリナーラ』だ。
そりゃ「失敗した」って思うだろ?
甘かったね……何って、俺の中のピザの認識の甘ささ。
チーズが無くても十分美味い、むしろ無い方が良いぐらいだった。
なんていうのかな……チーズがあるとチーズの味が強くてトマトや小麦粉の味が味わえないんだなってのが良く分かったんだよ。
パンだって何もつけずに食べた方が、パン自体の甘みというか純粋な味が分かるだろ?
蕎麦だって天ぷらとか鴨南蛮とかではなく、ただのザルソバが一番蕎麦の味を堪能できるだろ?
肉だってソースとかつけずに、塩コショウだけで食べた方が肉本来の味が味わえるだろ?
あれと一緒だよ。
ウチに帰った後で調べてみたら、『マリナーラ』ってのは『マルゲリータ』と並んで、ナポリピッツァの代表格らしい。
それどころか、この二つこそがナポリピッツァと認められているぐらいだとか。
なんとなく分かる気がする。
アレはチーズを使ったピザとは別の次元の美味さだった。
「まぁとにかく、チーズが無くても美味いピザはある。幸い、ケチャップはまだまだあるしな。そっちで何とか捌こう」
「了解っス」




